第十章 送り出したその背中

詰め寄りたい日もあるさ



「佳奈姉ぇ!ちゃんと宿題やってるの!?」

「やってるにゃ〜〜」

「ホントに!?ホントのホント!?去年みたいな修羅場嫌だよ私!!」

「ダイジョブにゃ〜〜」





 妹、珠美の小言に、佳奈美が携帯ゲームを弄りながら……鼻をほじりながら、で応答していた。



 丁度その時ーー。





「来てくれてありがとう……。君がエクスレイガの……?」



 新たな岐路を選んだ律、カウナ、そして正文と別れ……。


 文子の案内で通された平沢庵の特別客室で、時緒はシェーレと三度目の邂逅を果たす。


 一度目はエクスレイガとレガーラでの戦闘……。


 二度目は記憶を失っていた時……。



「は、はい……!椎名 時緒です……!」



 少し緊張をはらんだ声色で時緒が返事をすると、シェーレは真っ直ぐな……澄んだ瞳で時緒を見つめ、やがて……笑みを浮かべた。



「そうか……!」



 その、凛としたシェーレの姿に、記憶を失っていた頃の弱々しさを微塵も感じられないシェーレに、時緒は静かに驚いた。


 先程の、律と正文の言動を思い出す。




 このひとが……正文を射止めた……。




「トキオ、客の私が言うのも何だが、座って楽にしてくれ。」



 シェーレは笑みを少し恥ずかしげなものに変えて座布団を指差す。


 時緒は「失礼します」と頭を垂れ、座布団の上で胡座をかく。



「……そちらの貴女も」



 シェーレの視線は時緒から、先程まで時緒の影に隠れるようにいた芽依子へ移行する。


 シェーレと、伏し目がちな芽依子の視線が交錯。


 シェーレは何処か……懐かしそうな面持ちで、芽依子に頭を下げる。



「……この間は……本当に失礼した」



「え?」芽依子は驚いて顔を上げる。



「貴女が、私の知人に似ている……気がして……」

「そう……ですか」



 芽依子は歯切れの悪そうな口調で応えると、時緒の隣の座布団へ正座した。


 心なしか、芽依子の硬い表情が和らいだように、時緒には見て取れた……。



「改めて謝罪する……二人とも……」



 シェーレは茶菓子の笹団子が乗ったちゃぶ台を挟んで、時緒と芽依子に向き直る。



「トキオ、君は……エクスレイガは正々堂々と勝負を挑んできたのに、私は……」

「シェーレさん……」

「私は……私欲で君の騎士道精神を踏みにじり、このイナワシロを……精錬であった戦場を汚してしまった……!」



「自分が恥ずかしい……!」と、シェーレはちゃぶ台に頭を擦り付ける。



 その姿は生真面目さを通り越していささか滑稽であり、時緒は何やら親近感を覚え、声を掛けずにはいられなかった。



「そうやって、自分の非をちゃんと認められるって……凄いことですよ!」

「え……?」



 自信満々に言う時緒に、シェーレは素っ頓狂な声を出して顔を上げた。


 時緒の傍らでは、芽依子が口元を押さえて笑いを堪えていた。



「過ちなんて誰にもあることです!シェーレさんはあんなに強かったのに、そうやって自分の反省も出来るんですね……!僕は時々頑固になってしまうので中々……!」

「いや……私は……君に嫌な思いを……?」

「確かに少々おっかなかったですが、貴重な経験になったのも事実です!巨大なマシン相手の対処法や心構えとか!あ!あとシェーレさんのマシンカッコ良かったですよ!!」



 血色の良い顔でシェーレをフォローする時緒に、当のシェーレは気恥ずかしくなってしまって……



「……君はポジティブだなぁ……」

「シェーレさん?僕のエクスレイガはどうでした!?」

「……強かったよ。だから私も頭に血が昇ってしまったのさ」



 苦笑しながら、シェーレはつい芽依子を見る。


 ……矢張り、に似ていて、少し緊張する。



「…………」



 シェーレの視線に気付いた芽依子は、ふっと呆れ気味に、肩を竦ませながら微笑んで見せた。





「……それよりも!」



 突如、時緒はずいとちゃぶ台の上に身を乗り出して、目を見開いて驚くシェーレを見つめた。


 時緒は決意して、今思っていることを口にして、尋ねてみる。



「……正文のこと、どう思ってるんですか!?」

「マサフミッ!?」



 途端にシェーレの顔が紅潮した。尾鰭の赤い鱗が更に色鮮やかになり、勝ち気な瞳はあちらこちらに泳ぎ出す。



「マ、ママ、マサフミは……!わた、私の!い、命の恩人で……」

「僕が聞きたいのはそういうことではなく!正文のことが好きかどうかと!?」

「す!?すすす……好きッ!?!?」



 シェーレの唇がわなわな震える。


 彼女が動揺しているのは明らかなのだが、好奇心が勝る時緒は、正文の愛に対するシェーレの真意が聞きたい時緒は、まるでタチの悪い取材記者パパラッチのように「さぁ!答えてください!さぁさぁさぁ!」と執拗に詰め寄る。


 だが……!



「っ……!時緒くん!しつこいっ!!」



 芽依子渾身の水平チョップが時緒の延髄部に直撃!身体機能を狂わされた時緒は「ふひゅ……っ!?」と口から空気を漏らし、卒倒した。



「貴方はまたそうやって他人の恋路にばかり!たまには自分への好意くらい気付きなさいな!」



 畳の上で痙攣する時緒を小突きながら、芽依子は頬を赤らめ非難を浴びせる。



「…………」



 シェーレはそんな二人を唖然とした表情で眺めながら、思う。


 もう、今のシェーレに、地球人を下賤と思う気持ちは微塵も無い。


 彼女の心にあるのは、自分を癒してくれた猪苗代への感謝の言葉。


 そして……。


 時緒の口から名が出た途端に、瞬く間に湧きだす……シェーレのなかを満たしていく……正文への想いだった。




「うゅ〜ん!うゅぅ〜〜ん!!」




 切なく火照るシェーレの視界の端。


 縁側から見える庭園で、ティセリアはまだ転がっていた……。





 ****




「小腹が減ったな?ラーメンでも食って行くか?」



 平沢庵を出た律は、やや早足で、中ノ沢の温泉街を闊歩する。


 そして、その後を、カウナは黙りこくったまま、ついて行く……。



「やぁ律ちゃん!久しぶり!」

「ご無沙汰です!」

「律ちゃん!今度お参りに行くね!」

「お待ちしてますよ!」

「よぉ律ちゃん!後ろのハンサムは彼氏かい!?」

「は・は・は!嫌だなぁおじさん!呪いますよ!?」



 旅館の主人や定食屋の客と、律は笑顔で手を振る。


 その姿は、まさに爛漫。


 だが……。



「リツ……待て!リツッ!」



 いても立ってもいられず、カウナは律の腕を掴み、引き止めた。



「…………」



 律は止まってはくれたが、振り向かず、カウナに背を向けたまま……。



「リツ……我は……!」

「…………」

「我は……代替かわりに……なれないか……!?」



 もう正文は止められない。正文の愛は本物、止めることなど出来ない!


 だから……正文の代わりに、お前を愛し続ける。


 それはカウナが出来得る限り考えた、至極真面目な、愛の告白だったが……。




「馬鹿がっ!」



 律は乱暴に、カウナの腕を振り払う。



「正文の代わりなんていない!」

「リツ……」

「カウナモ……!お前の代わりもいない!それと同じだ!」

「…………!」

「良いかバカウナモ!?二度と正文の代替かわりになりたいなんて言うな!」

「…………」

「言ったら……もう耳かきしてやらん!」

「わ……分かった」



 未だに……涙の乾かない瞳で、律はカウナを睨んだ後、再び背を向けて、ずんずんとラーメン屋へ向けて歩き出す。


 焦りのあまり、正文を送り出した律の気持ちを考えなかったカウナは、至極、己を恥じた。


 彼はもう何も言わず、たた、律の背後にピタリと付いて寄り添う。




 決して……決して離さないように……。





「ぐすっ……しばらく……しばらく恋なんざ考えられるか……ばかやろぉ!」





 鼻を啜りながらの律のその言葉が、カウナの耳朶に、甘くこびり付いて離れないーー。





 続く

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