謝罪出来るヤツと謝罪出来ないヤツら



「先ずは、ご自分の氏名……言って貰えますか?」



 平沢庵の特別客室。


 やや冷ややかな表情のラヴィーとリースンを傍に従えたシーヴァンの丁寧な質問にーー



「ああ……」



 座布団の上で尾鰭をS字に折り曲げ『正座』の姿勢をとったシェーレは、静かに頷いた。



「シェーレ・ラ・ヴィース……。メイアリア騎士団所属……。惑星アビリス出身……ルーリア帝暦1227年誕生……」



 シェーレの淡々とした……だが正確な返答に、シーヴァンは納得の首肯を二度繰り返す。



「私の名前は覚えてますか?」

「シーヴァン・ワゥン・ドーグス……。ティセリア騎士団筆頭騎士……。ティセリア様の乳母殿の長男……」

「こちらの騎士は?」

「ラヴィー・ヒィ・カロト……。ティセリア騎士団所属……。カロト社の御曹司……」

「こちらの侍女は?」

「リースン・リン・リグンド……。ティセリア様の侍女長……」



 するとシェーレは、何処か懐かしい顔でーー



「訓騎院の騎士科で……同期だった……」



 途端にリースンは『何バラしてんだ』風のしかめ顔で天井を仰いだ。


 リースンが、騎士科?


 知らない情報にシーヴァンとラヴィーは互いの顔を見合わせたのち、驚きの表情で二人とも同タイミングでリースンを凝視する。



「リースン…!?お前……騎士科だったのか……!?」



 いつもの生真面目さを台無しにする、素っ頓狂な表情をしたシーヴァンに、リースンはうんざりした顔で頷いた。



「たった一年だけです。鍛錬に付いて行けなくなり体調崩して従士科に転向しました」



 地球的に言えば、それはリースンの黒歴史だった……。


 シーヴァンとラヴィーが阿呆面のまま二度頷き、納得したことを確認すると、リースンはあまり友好的ではない視線でシェーレを一瞥した。


 本当に……余計なことしか言わないな……この女……。そう思いながら。



「シーヴァンさん、記憶…戻ってますよ。良かったですね?シェーレさん……」



 リースンの抑揚の無い言葉を……真意を……何となく理解したシェーレは「……ありがとう」と、長い睫毛を伏せて頭を下げた……。



「…………」



 これが……?この目の前のしおらしい少女が、あの気性難なシェーレ・ラ・ヴィースなのか……?


 リースンの知るシェーレは、もっと高慢で……。


 ……何だか、弱い者イジメをしているようで、リースンは心底気分が悪かった……。



「……ドーグス」



 ふと、シェーレは顔を上げて、人畜無害の瞳でシーヴァンを真っ直ぐに見た。



「いつぞやは……本当に済まなかった」

「…………いつぞや?」



 いつぞや?いつぞやとは、いつだ?


 思い当たりの無いシーヴァンは、懸命に考えたが……。


 だが……思い出せない。


 ガラス館で芽依子や真琴と一緒にガラス細工に勤しんだり……。


 ティセリアと早朝ラジオ体操に参加したり……。


 佳奈美や伊織とサイクリングをしたり……。


 時緒とプチ出家をして、座禅を組んだり……。


 最近新鮮なこと、楽しい思い出が多過ぎて、地球の……猪苗代の夏を思い切り満喫していたシーヴァンは、シェーレに何をされたか皆目思い出せなかった。



「何かされたか……?俺……?」

「……ホラ、シーヴァンがイナワシロから初めて帰還した時だよ」



 呆れた顔のラヴィーに肘で小突かれて、シーヴァンはやっと、過去にシェーレから嫌がらせを受けたことを思い出した……。



「そんなことも……あったか……」



 もう四ヶ月も前のこと。今となってはとっくに済んだことだ。


 ただ、あの時シェーレが投げ棄てたケーキの作者である真琴にだけは、謝って欲しいが……。



「……シェーレ卿」



 そしてもう一つ、シーヴァンにはシェーレにどうしても確認しておきたいことがある……。



「イナワシロ……良い所でしょう?」



 シーヴァンの問いが意外だったか……。


 シェーレはしばらく呆気に取られた顔でシーヴァンを見たのちーー



「……ああ」



 柔らかく苦笑して頷いて……開けた障子窓から聞こえる沢のせせらぎに耳を傾けた。



「優しいところだ。こんな私を……優しく癒してくれた。森も水も……花も……マサフミひとも……」



 その答えだけで、取り敢えずシーヴァンは満足だった……。


 後の問題は……。



「正文とカウナか……」



 本当の所、シーヴァンにとってはシェーレよりも、正文とカウナあの二人のしでかした喧嘩の方が、悩みが大きかったのだ。




 ****





「時緒くん!やっぱり私行くのやめます!」

中ノ沢温泉ここまで来といてそりゃ無いよ姉さん!」

「ダメ!あっ!あっ!お腹痛い!帰る!私帰ります!」

「さっき特盛山塩ラーメン8杯食べたじゃないの!?」

「腹痛じゃなくて生理痛です!あ〜痛い!!」

「嘘だッ!?」



 同時刻、蝉時雨が響き渡る平沢庵付近のバス停では、時緒と芽依子が揉めていた。



「ほらっ!行くよ姉さんっ!」

「あ〜〜ん!」



 唇を尖らせて嫌がる芽依子の手を掴んで、時緒は四苦八苦しながら芽依子を平沢庵へと引き摺って行く。



「仲良いわねぇ」と、和菓子屋の女将が時緒を囃し立てたが……。


 抗う芽依子の力は、そんな生易しいものではない。


 だからと言って芽依子に圧される気は、時緒にはさらさら無いが……!


 全筋力を総動員して、時緒は芽依子を引き摺り続ける……!



「と、時緒くんの意地悪っ!」

「修二から連絡来た時は『行きますっ』って言ってたじゃん!」

「時緒くんに意地悪されました!真琴に告げ口してやります〜っ!もう今度から真琴としかデート行きませんっ!!」

「明日天神さま(会津若松のお菓子)奢るから!」

「……………………」



 激しく駄々を捏ねる芽依子を、どうにかこうにか……時緒は食べ物で釣って落ち着かせることに成功する。


 必要以上にカロリーを消費した時緒は、やっとのことで平沢庵に到着。



「はぁ……気が乗りません……また怖がられますんですよ私は……どうせ……」



 ぶつくさ文句を垂れる芽依子を伴い、汗を拭いながらーー



「ごめんください!時緒です!!」



 勢い良く平沢庵の戸を開ける。


 時緒の、その視線の先には……。



「「……………………」」



 ラウンジの椅子に深々と座り、絆創膏だらけの顔を俯かせ、黙りこくった正文とカウナ。


 そして……。



「二人とも……いい加減何があったか話して欲しいな……」



 ラウンジのカウンターから、そんな二人を見て呆れた溜め息を吐く正直まさなおの姿があった……。



「「俺様は(我は)悪くない」」



 正文とカウナは同時に宣って、互いに悔しげな顔を作って睨み合った。



 正直まさなおは再び溜め息を吐いたのち、時緒と芽依子の姿を確認し、苦笑して見せた。



「二人とも、ちょっと手伝って欲しいな……!」





 続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る