第六章 淋しい熱帯魚……

復活までの何ヶ月?






(助けて……誰か……誰か…………)




 は、助けを求めた。



 日陰の冷たいみずにその身を沈めながら……。



 此処が何処かも、何の為に来たのかも。


 そして……自分が何者なのかも、彼女の脳から抜け落ちて、分からなくなっていて……。



(誰でも良い……誰か………………)



 孤独の心細さを、ルリアリウムの精神波に変換して……彼女は助けを求め続けた。



 しかし……。


 彼女の精神波は、彼女の意識が混濁している所為で、ルリアリウムのエネルギーの大半が彼女自身の生命活動維持に使われているため非常に弱く、例えルーリア人をもってしても彼女の反応をキャッチすることは非常に難しかった。



 ごく稀にいる、を除いてはーー。









(…………を呼んだか?)







 ****




『イナワシロ特防隊本部へ、シーヴァン。現在地球人へ擬態したままシェーレ卿を捜索中。イナワシロ駅周辺にシェーレ卿らしき姿も……ルリアリウム反応もありません』


『こちらカウナ。こちらも同様……川桁カワケタ駅周辺まで捜索範囲拡大してみます……』


『こちらラヴィー。翁島オキナシマ近辺まで来てみましたが……こちらにもシェーレ卿の反応……無いです』



 イナワシロ特防隊基地、会議室。


 シーヴァン、カウナ、ラヴィーによる立体ウインドー越しの報告に、麻生は困り顔を浮かべて頷いた。



「分かった。君たちは基地へ…………いや、今日はもう疲れたろう、そのままペンションへ直帰してくれ。進展があったら連絡する」

『『『分かりました……』』』



 その後ちょっとした世間話を交え、シーヴァン達との通信を終えると、麻生は背後の卦院に首を振って見せた。



「見つからんそうだ……」

「猪苗代に落っこったことは……確かなんですよね?」

「ああ……のを律が見たそうだ」



 律が見たなら間違いないと、卦院は納得がいった。


 弓道で研ぎ澄まされた律の視力は、両目共にマサイ族を凌駕する。これも猪苗代の大自然の中で遊び育った賜物だ。



「この後患者の往診があるんで、その帰りに俺も怪しい箇所見回ってみます」

「すまんな卦院。真理子ものついでで探しているらしいが……時間は掛かりそうだ……」

「……随分頭に血がのぼってたらしいですしね……



 新しい捕虜お客様の診断のために広げていた血圧計を愛用のアタッシュケースにしまい込み、卦院は、「どうしたものか……」と唸りながら会議室を出ていく麻生の後を付いていった。


 階段を降りて、一回外に出て、守衛の大迫に挨拶して、見た目は古ぼけた倉庫前としたエクスレイガ格納庫へと入ると……。



「「「………………………………」」」



 素人目でも分かる。スクラップ寸前の車めいたボロボロのエクスレイガを、茂人を筆頭とした整備班員たちが茫然自失の暗い瞳で見上げていた。



「すいませんすいませんすいません!今回はすっごいヤバかったんです!ほんっとーーにすいません!!」



 時緒が必死に謝るのは、もう戦闘後の日常茶飯事だ。



「………………時緒の………………アホォォォォ………………」

「「イカロスまで……ぶっ壊しやがって〜〜……」」



 哀しい声そう呻いて、茂人たちは半泣き顔で睨んだ。


 折角整備したエクスレイガが、毎度のことながら手酷く傷付いて帰って来て……今回に至ってはイカロス・ユニット爆発四散のオマケ付き。


 泣きたくもなってくるものだ。


 本当は時緒を追いかけ回して罵詈雑言をぶつけたいところだが……。



「………………大変だったな……馬鹿」


「「よく頑張ったな…………馬鹿」」



 エクスレイガとレガーラの激闘を観測ドローンで観ていた茂人たちは、時緒が一生懸命に戦っていたことを十二分に理解していた訳で……。


 よって……涙目での恨み節一言のみが、時緒に対して茂人たちが精一杯忖度した仕置きであった……。





 ****





 エクスレイガに手を合わせる時緒と茂人たちを傍目に、麻生と卦院はキャットウォークの階段を昇る。


 キャットウォーク上では、牧がタブレットをーータブレットが投影するエクスレイガの現状データを見つめていた。


 何時も呑気な牧が、この時ばかりは厳しい表情を浮かべていて、エクスレイガの状態が芳しくないことが麻生や卦院にも見て取れた。



「どうだ?森一郎?」



 麻生の問いに牧は振り向き、苦笑を浮かべて見せた。



「電装系は6割が破損……ルリアリウムコンバーター8割破損……リンクナーヴは総取り替えですね……。原型は留めてますが、エクスレイガはほぼ大破に近い状態です」



 牧による手痛い報告の羅列に、麻生は渋い顔で天井を仰いだ。



「そして……背部から腰部のフレームに想定以上の外圧による歪曲が見受けられました」

「時緒とティセリアが聞いた異音はそれが原因か!?」



 麻生の質問に牧は重々しく頷き、「いっそ斬り落とされて胴体泣き別れしてくれた方が直し易かったよ……」と呟いた。



「フレームイカれたら流石にもうお手上げアウトです。一回全解体バラして……総修理オーバーホールするしかないですね……」

総修理オーバーホールとなると……《アイズ=ネクスト》か?」

内部工廠ファクトリー設備じゃないとエクスの完全修理は無理ですからね。イナワシロ特防隊本部の本質はアッチですから」



 真理子が来ないと詳しいことは……と言い足して、牧は宙に投影したエクスレイガ修理の報告書に指先で『里帰りを推奨!』と書いて真理子のタブレット宛に送信する。


 この基地の設備での修理が無理と分かれば、割り切るしかない。


 最近エクスレイガの修理漬けだった茂人たちに休暇が与えられると思えば、それはそれで良いことだ。牧はそう思うことにした。


 ただ……。



「なぁ?森兄さんよ?」



 エクスレイガの装甲のヒビを指でなぞりながら、卦院が牧に問うた。



「エクスレイガの修理完了まで、どのくらい掛かる?」



 フレームの鋳造し直し、装甲やリンクナーヴ、コンバーターの製造、装着、試験運転……。


 牧は脳内で、それら込み込みの時間をざっと計算して。



「……ざっと、2ヶ月かな?」

「2ヶ月……10月か……」



 卦院は常時不機嫌そうな鋭い瞳を、格納庫の天窓から溢れる陽射しーー夏風に外の木々が揺れる度明滅する陽光に遣った。



「アイス買ってきたヨーー!!」

「「やったーーーー!!」」



 買い出しから帰ってきたキャスリンの甲高い声と時緒たちの歓声に紛れながら、卦院はボソリと一言……。





「2ヶ月間……何も起きねぇと……良いんだが……」





 続く

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