時緒とメイアリア



 エクスレイガを圧壊寸前まで追い込んだレガーラは……その本体であるレガーラ・キスルは……スファルツァンドの一刀に両断されて、大爆散。


 青空一面が眩い桜色の閃光に染まり、暖かい粒子光が少し強めの風となって、猪苗代湖周囲の森林を揺らしたーー。





「……………………」



 その一部始終を、時緒はエクスレイガの背中ーーコクピットハッチ上に棒立ちの状態で眺めていた。



 眺めることしか……出来なかった……。



 なんという迫力。なんという凄まじい闘いだ……!


 握り締めたルリアリウムを通じて伝わる、あのスファルツァンド羽付きの鬼気迫る闘志。決して介入する隙の無い研ぎ澄まされた闘いに、時緒はすっかり気圧されてしまった。



 しかし……?



 時緒はふと違和感を持ってもいた。


 あのスファルツァンド羽付きから感じる気迫……何処か別の場所で感じた……ような……?もやもやとした既視感……。



「あの……羽が付いた騎体は……?」

うゅ……」



 時緒が足下を見遣ると、装甲が歪んだ所為で半分しか開かなかったコクピットハッチの隙間から、ティセリアが顔を覗かせていた。


 ティセリアは眉をハの字に曲げて、若干緊張した面持ちで空と時緒を交互に見ながら応答する。



「あれはしゅファルツァちゃンド……。メイアリアお姉ちゃまの専用騎せんよーきなのョ」

「ティセリアちゃんの……お姉さん……!」



 時緒は慌ててパイロットスーツを正し、汗まみれの乱れた髪を整えた。


 ティセリアの姉ということは、つまるところ皇族。礼を欠く訳にはいかない。



 粒子光ひかりが消えて、青い夏空が戻ってくる……。


 なんて事は無い。時緒には毎年見慣れた、猪苗代の夏の、美しい風景だ。


 そんな空の青の中に、スファルツァンドはポツンとたった一騎で浮かんでいた……。


 レガーラの姿はもう、影も形も無い。


 レガーラのパイロットはどうなってしまったのか……?時緒がそんなことを考えていた、その時。


 スファルツァンドは淑やかな動作で身を翻し、エクスレイガを見据えた。



「…………!」



 鋭い双眸と視線が克ち合って、時緒の緊張を煽り立てる。


 スファルツァンドはゆっくりと降下して、エクスレイガの上空およそ十メートル辺りの宙でピタリと停まった。


 その姿は、まさに機械の天使……。


 空一面を覆うほどの爆発の中心地点にいたというのに、美しく純白に輝く装甲と羽には傷一つ、煤一つ見受けられない。それほど、スファルツァンドのシールドと成り得るパイロットの精神力が……ルリアリウムのエネルギー源が強靭な証拠……!



『……聞こえますか?エクスレイガの操主さま?』



 声が、聞こえた。


 凛としていながら柔らかな雰囲気。そんな少女の声が突然に耳をくすぐり、時緒は条件反射的に起立した。



「…………!」



 緊張のあまり阿呆面を浮かべた時緒の視線の先で、スファルツァンドの頭部が展開。


 内部の操縦席から人影が現れて、スファルツァンドの胸部装甲の上に立った。


 夏風に、銀色の長い髪と尻尾が……清楚なドレスと共になびいていた。


 人影の頭にはティセリアとよく似た狐耳があったが……左耳の端が欠けて、痛々しく折れ曲がっていた……。



『私はメイアリア……。ルーリア第一皇女メイアリア・コゥン・ルーリアと申します』



 メイアリアが先に頭を垂れたので、時緒も慌てて腰を直角に折り曲げ、滑稽なお辞儀をして見せた。


 残念ながら、逆光の所為で時緒にはメイアリアの素顔が見えなかった。



「お、!椎名 時緒です!好きなラーメンはネギ味噌チャーシューメンです!」

『ええ、昨日も食べてましたね?』

「え……?なんで知ってるんです?」



 メイアリアは一瞬たじろぎ、何やらバツの悪そうな咳払いを一つした。



『こ、こほん!何か仰りましたか?翻訳機の調子が悪くて……!』

「あ、そうですか……」



 時緒は少しだけ、拍子抜けした。


 この育ちの良さそうな、淑やかな人がメイアリア……。


 あそこまで凄まじい戦いをしたのだから、時緒はてっきり母真理子みたいな人だと思っていたからだ。



『先程のトキオ様の戦い……気を衒った戦法……実に見事でした……』

「いや……そんな……。終始気圧されっぱなしで……」

『それに引き換え……私の騎士シェーレの……何とも見苦しい始末……!彼女に変わって……深く深くお詫び申し上げます……!」



 言葉を怒りで震わせながら、メイアリアは再び頭を下げた……。



「メイアリアさん……いや、そこまでは……」

『シェーレの捕虜として処遇は……トキオ様たちに全てお任せ致します……!』

「は……はい……」



 頷いて返事をしたが……。


 ……時緒は疑問でしょうがなかった。


 確かに……レガーラの戦闘は、ルーリアの闘い方としては若干乱暴だったが……。


 何故、そこまでこのメイアリアという人は怒っているのだろうか?


 無作法とはいえ、仲間に対してあそこまで徹底的に……。


 何がメイアリアを突き動かしたのか?


 ルーリアとしての矜持なのか?


 それとも……。





 ****





「トキオ様、すみません。シェーレのことについて皇帝……父と話をしなければなりません。誠に勝手ながら……私は此処で失礼させて頂きます」



 三度目の礼、ドレスを翻し、メイアリアはスファルツァンドの操縦席へと戻っていく。


 もう少し話をしたかった時緒は、慌ててメイアリアに尋ねてみる。



「……また、会えますか?」

『ええ多分。次は……剣を交えることになるかもしれませんが……』



 望むところだ。時緒は思った……。


 強いから?ティセリアの姉だから?理由は時緒自身にもよく分からない。


 ただ、また会って……戦って……。



 どうする……?



『あ、そうそう……』



 ふと、メイアリアは立ち止まる。



『……?』

「うぎっ……!お姉ちゃま!」



 今の今までコクピットハッチに隠れ、気配を隠していた(つもりだった)ティセリアが、面白くなさそうにハッチ裏から顔を出した。



『捕虜生活中だからと言って羽目を外し過ぎないように。あまり地球の方々に迷惑を掛けては駄目よ?』

「め、めーわくなんかかけてないのョ〜〜ゥ!ちゃんとマリコおばちゃまたちのおてつだいとかしてるもんね!ねっ?トキオ!?」



 パイロットスーツの袖を強く引っ張りながら同意を求めるティセリアに、時緒は半ば上の空で「うん」と頷いた。




 ****





 再び鳥の形バードモードへ変形して、スファルツァンドは飛び去っていく。


 時緒はしばらくの間、その軌跡を見つめていた。





 メイアリア。


 メイアリア・コゥン・ルーリア。


 欠けた狐耳の、ルーリアのお姫様。


 あの声、あの仕草、何処かで……?



 ……懐かしい?



 形容し難い気持ちが、時緒のなかを満たして……。

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