悪夢




「うわっ!?」

「うゅびゃんっ!?」



 唐突な落下の衝撃が、時緒とティセリアを襲った。絶叫マシンが苦手な時緒には少々心臓に悪い。


 どうやら、猪苗代の地表に落ちたようだが……。


 エクスレイガのカメラが全損しているらしく、コクピットのスクリーンが一面砂嵐で外がどうなっているのか全く分からない。


 何が起きた……?


 一太刀浴びせた後の隙を突かれ、あの、巨大なクローで捕まって……握り潰されるかと思ったが……。



「ティセリアちゃん、無事っ!?」

「う、うゅぃ〜〜……」



 時緒が背後ーー座席の後ろに目を遣る。


 ティセリアは見たところ怪我こそ無いものの、身体は上下逆にひっくり返り、目を回していた。



「うゅ〜〜ん……トキオがさかさまなのョ……」

「逆さまなのはティセリアちゃんだよ」

「なるほョ……おひるゴハンまだ食べてなくてよかったゅ〜〜……」



 ティセリアの言う通りだと、時緒は心底思った。


 もし食べた後だったら……。想像しただけで胃液が込み上げてくる。


 何はともあれ、このままコクピットに居座ったままでは何も確認出来ない。


 ラヴィーが開発した試作型省エネルギー駆動システムのお陰で、未だ時緒にルリアリウム酔い目眩や倦怠感は来ていないので、時緒は試しにエクスレイガを再起動させようとしたが……。



 バキバキミシギギギギガゴゴゴッッ!!



「こ、怖いっ!?」



 途端、エクスレイガの躯体中から尋常ではない振動と異音が響き、時緒は慌てて再起動シークェンスをやめた。



「駄目だ……骨格フレームが歪んだかも……」

「エクしゅレイガ……うごけないうゅ?」

「そうかもしれない……」



 シートベルトを外し、ティセリアを抱き上げて体勢を元に戻すと、時緒はコクピットハッチのロックを解除した。


 スクリーンが映らない以上、外に出て確かめるしかない。



「一体何が……?」



 ハッチを開けた途端、微かな熱を帯びた風が時緒の髪を撫でーー



 ッッッッ!!



 閃光が疾った。


 背中に翼を携えた、見たことの無い純白のマシーンが翔んでいた。


 猪苗代の空、時緒の視界一面に、そのマシーンは桜色に輝くルリアリウム・エネルギーの軌跡を縦横無尽に描いてーー。



「あぁ……っ!?」



 レガーラを……。


 今の今までエクスレイガが苦戦していた巨体を……その装甲を……。


 桜色の光刃で、いとも容易に斬り裂いていた……。





 ****





「何故だ……!?何故だ!?メイーーーーッ!?」



 シェーレは恐怖した。


 スファルツァンドの刃に、レガーラが斬り刻まれていく。


 メイアリアに銘付けられた、シェーレにとって大事な大事なレガーラが……よりにもよって……メイアリア自身によって斬り刻まれていく……!


 何故……何故……!?



「メイッ!?何故私を攻撃……あぁっ!?」



 真下からスファルツァンドの疾い突き上げに、レガーラの機首装甲が木っ端微塵に吹き飛び、その衝撃にほんの一瞬……シェーレの意識が飛んだ。


 スクリーンに映るメイアリアは何も答えず、ただシェーレを軽蔑の瞳で睨んだまま……。



「メ……イィ……!?」



 こんなメイアリアの表情を見るのは、シェーレにとっては初めてだった。


 シェーレのなかではメイアリアは、いつも優しくて……温かくて……柔らかくて……。力強い慈悲に溢れた微笑を向けてくれたというのに……!


 それなのに……それなのに……!



「私が……私が何をしたんだ……!?メイィ……ッ!?」



 まるで悲劇のヒロインめいたシェーレの悲痛な言葉に、メイアリアの眉根がピクリと震えた。



『貴女は……今まで何を観てきたの……?』

「え……?」

『エクスレイガと……シーヴァン卿たちの闘いに……地球人と心通わせた闘いに何も感じなかったの……!?』



 怒りを押し殺したメイアリアの声に、シェーレは慄く。



「わ……私は……メイを……お前を……地球から一刻も早く帰還させる為に……」

『私を帰還させる……?』

「あ……ぁ……!」

『そんなことの為に……あんな……不作法極まりない闘いをしたの……!?』



 スファルツァンドの攻撃が激しさを増す。


 斬り裂かれたレガーラの装甲が、ボロボロと猪苗代へと虚しく堕ちていった……。



「あああやめろ……!やめてくれ……!やめてくれメイィィィィ……!」



 レガーラが壊れていく。愛しいメイアリアとの思い出が壊れていく!


 耐え難い現実にシェーレの理性は悲鳴をあげ、思い出の中の微笑むメイアリアに救いを求めた……。


 だが……。



『シェーレ・ラ・ヴィース……貴女には失望しました……」



 現実のメイアリアは、光刃の切っ先を掲げて、シェーレにとって残酷な命令を言い渡す。



「シェーレ……騎士道不覚悟……!…………!」





 ****




「な……に……を……言っ……て……?」



 シェーレの頬を、涙が伝った。


 メイアリアが何を言ったのか、理解したくはなかった。


 私が……地球の捕虜になる……?


 この野蛮な……地球人の世話になる……?


 地球に……!?私が……!?



「い、嫌だァァァーーーーッッ!!」



 理性が決壊したシェーレは我武者羅に操縦桿を振り回す。


 下賤な地球の捕虜になる、それをメイアリアが命じた。


 違う、メイアリアがそんなことを言う訳がない。


 シェーレは混乱し、現実を見ることを放棄した。



「あ、あぁぁぁぁーーーーッッ!!」



 レガーラの機首のドーム状装甲が割れ、内部から半人半魚型をした標準サイズの騎甲士ナイアルドが現れて、空中に飛び出した。


 この騎体のは《レガーラ・キスル》。ルーリア語の『キスル』を冠するこの騎体こそがレガーラの中枢ユニット、本体である。



「ああああああッッ!メイッ!メイッ!私のメイアリアァァァァァッッ!!!!」



 メイアリア愛する者の名を叫びながら……。


 シェーレレガーラ・キスルは両手に携えた光の鞭を振り回し、メイアリアスファルツァンド目掛けて斬り掛かる……。



 もうシェーレは正気ではなかった。



 愛するメイアリアからの攻撃も、地球での捕虜生活も、全て無かったことにしたいが故の……現実逃避の狂った行為だった。



『シェーレ……哀れな



 メイアリアは、そんなシェーレの無謀な攻撃を難無く受け流しーー。



『私の愛する……私を愛してくれた猪苗代を不粋な戦争で汚した罪は……重いわ』

「ァーーーー…………!?」



 ザン……ッッ!



 スファルツァンドの流麗な一刀が……レガーラ・キスルを縦一文字に容易く両断する。



「……こんな現実もの……夢だ……」



 メイアリアとの出逢い、語らい、彼女と育んでいった……愛おしい記憶が斬り砕けていく様を味わいながら……シェーレは慟哭する……。



 こんな結末、現実である筈がない……!



「夢だ……!夢だ夢だ夢だ……!夢だ夢だ夢だ夢だッ!悪夢ユメだァァァァァァーーーーッッ!!!!」



 ルリアリウム・エネルギーの奔流に呑み込まれて、シェーレの現実逃避の狂った意識は白く灼けながら、霧散していった……。



 最後の最後まで、愛しいメイアリアから受けた刃の恐怖を現実として味わわずに済んだのは、シェーレにとってはせめてもの幸福であった。




 続く

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