冷めた瞳のロンリネス
K・M・Xのテストパイロットに会う為、大竹と久富は軍服の裾を翻しながら即座に管制塔を退室、地下の格納庫に向かって歩を進めた。
事前に青木から直々に貰った資料によれば……。
今現在函館基地に向かっている士官二人、件のテストパイロット、そして久富の計四人が、これから大竹の指揮する実験部隊の隊員になる……予定である。
「………………」
歩きながら大竹は考えるーー。
テストパイロット……どんな人物なのだろうか?
男か……?女か……?
先程の戦闘挙動、そしてあの無茶苦茶な帰投を見る限り、かなり気性に難があるようだが……。
酒は飲めるのか?もし飲めるのなら、今後の親睦を深める為の飲み会でも……。
「如何だったかな?ボクが設計したK・M・Xの戦闘能力は!?」
親睦飲み会のことを考えていた大竹の進路を、一人の男が現れて遮った。
膨よかな男だった。歳は大竹と同じ位か?
脂で光沢を放つ丸々とした顔は
昔、ハロウィンにハンプティダンプティの仮装をして、まだ幼かった娘の優花に
「ボクは〈
「本日転向して来ました大竹一尉です。こちらは久富三尉。宜しくお願いします」
白鷺のじっとりと脂ぎった手と握手をしながら、大竹は白鷺のことを考える。
この男が、あのロボットの開発者。
ぼさぼさ髪で、口髭を蓄えていて、片目に眼帯をしている
大竹は些かがっかりした。
「で、どうかな?ボクのK・M・Xは?」
「……素晴らしい出来栄えです。あの様な機体に乗れると思うと心が踊ります」
大竹の、出来る限りの忖度を満載した応答に、白鷺は大層気を良くして、その真ん丸な腹を弾ませる。
見事な肥えっ腹だ。しゃがめるのだろうか……?
大竹と久富はこの白鷺とかいう技術顧問の健康状態が少し心配になった。どうでも良いことだが……。
****
「…………という訳でねぇ」
エレベーターが格納庫へ向かって下降する間、大竹と久富は白鷺によるK・M・Xの機体解説を聞かされる羽目になった。
この白鷺という男、よく口が回る男である。
基本的な機体スペックではなく、やれ頭部のデザインには苦労しただの、コクピットブロックの設置場所には白鷺本人の哲学美学が十二分に反映されただの……。
べらべらと、相槌打つ間も無く捲し立てる白鷺の饒舌っぷりに、大竹と久富は心底げんなりした。勿論、表情には表さない。
だが、興味を引かれる情報も少しばかりはあった。
例えばーー。
「K・M・Xの動力炉には、破壊された〈パープル・ファイター〉のルリアリウムを回収して再利用されている」
パープル・ファイター。
その名の通り、紫色の装甲を纏ったルーリアのヒト型機動兵器に防衛軍が付けたコードネームだ。
大竹はよく覚えている。
ルーリアのヒト型では一番最初にエクスレイガに倒された機体だからーー。
K・M・X、その先行生産された五機は、そのパープル・ファイターの使われていたルリアリウムを五分割にして、動力炉として使われている……らしい。
もし、大竹達のK・M・Xが実戦配備され、ルーリアの機体を破壊すればーー。
ルーリアの動力炉は回収され、また新たに量産されるK・M・Xの心臓となって生まれ変わる。
防衛軍極東支部の上層部。少なくとも青木はそう計画しているらしいーー。
「実は、先程のテストパイロットは、元は工兵でね?」
「工兵……?」
首を傾げる大竹に、白鷺はふうふう言いながら小刻みに頷いた。どうやら大柄の大竹に歩調を合わせて息切れをしてしまったようだ。
「猪苗代で残骸を回収していた時に、彼はルーリア機に搭載されていたルリアリウムも回収に成功したのさ」
白鷺曰く、その工兵はルリアリウム回収の成功を功績に直談判、転属を願ったのだという。
このルリアリウムを元に開発されるだろう、新型兵器のパイロットにーー。
「先見の明があるし、良いデータを残してくれる優秀なパイロットなのだが……その……」
額の汗をハンカチで拭きながら、白鷺は眉をハの字にして、段々と言葉を濁らせる。
やはりそうかと、大竹は思った。
やはり、
少しばかり気が重くなった大竹の目の前で、エレベーターのドアが開く。
格納庫の頼りない照明が照らす、キャットウォークの先ーー。
装甲各所から排熱のため、イオン臭を含んだ湯気を燻らせながら、一仕事を終えたK・M・Xがメンテナンス・ハンガーに身を預けていた。
「ほら、彼だ」
白鷺が指差す先で……。
K・M・Xの股間部に配置されたコクピットブロックのハッチが開き、中からSFチックな、コバルトブルーのパイロットスーツを着た青年士官がのそりと立ち上がった。
乱雑な髪型、厭世的な冷え切った鋭い目付きの青年だった。大竹の見立てでは、久富とそんなに歳は変わらないだろう。
パイロットスーツに包まれた引き締まったその肉体は、彼の身体能力の高さを存分に物語っている。
何事も最初が肝心。そう考えた大竹は早速、テストパイロットのもとへと歩み寄った。
ジロリと、テストパイロットが気怠げな瞳で、近付いた大竹を睨む。
「先程の機動、素晴らしかった。大竹一尉だ」
大竹はパイロットに向かって握手を求めたが……。
「………………」
パイロットは、その氷柱のような眼差しで大竹を睨んだまま、なんの応対も示さなかった。
「何を黙っている!?隊長に挨拶をしろ!」
パイロットの態度が気に入らない久富が、大竹の背後から身を乗り出してパイロットの無礼を責めた。
パイロットの小さな舌打ちが、大竹の鼓膜を叩く。
「……
唐突に、パイロットが口を開く。
その名乗りには、弱冠の鬱屈と嘲弄の響きがあった。
「……アンタが俺の上官か……?」
「そうなる予定だ」
「……あっそ。ま……適当によろしく……」
急に興味を無くした猫の如く、樋田 凱と名乗った青年は、微かに香水の香りを漂わせ、大竹の横をのそりと通り過ぎていく。
途中、握手の為に差し出された大竹の手を、邪魔そうに払い除けながらーー。
「貴様!隊長に向かってその態度はなん、」
「止めろ、整備士の邪魔になる」
怒り心頭の形相で樋田に摑みかかろうとしていた久富を片手で抑えて、大竹は静かに、K・M・Xが放つ湯気の彼方へと消えていく樋田の背を眺めた。
視界の端で白鷺が、ほらご覧と言わんばかりの苦笑を浮かべていた……。
確かに、あの態度は一人の軍人として褒められたものではない。
褒められたものではない……のだが……。
何故だろうか……。
大竹は、そんな樋田のことを、心底憎む気持ちにはなれなかった……。
****
数時間後ーー。
「遅れまして、渡辺です。御指導御鞭撻……どうぞ宜しくお願い致します」
「く…くく……熊谷ですっ!よよ……宜しくお願いしましゅっ!」
乱気流の影響で函館基地への到着が遅れていた〈
特佐へと昇進をはたした大竹 裕二の指揮するK・M・X実験部隊は、晴れて活動を開始する。
兵器実験特装部隊、【ブラック・バスター隊】の誕生、であるーー。
続く
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