バスターズ・イヴ
「あひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
激しく揺れる輸送機の中。
『ただ今当機は乱気流の中を飛行しております、激しい揺れが予想されますがーー、』
「そういう事はもっと早く言ってええええ!!」
機内アナウンスに無意味な泣き言をぶつけ、熊谷は身を屈めて恐怖にがたがた震えた。
がくん!ずんぐりした旧式の輸送機がまた揺れる。一気に百メートルは下降した感覚だ。
「ひぃっ!!」
生まれついてのネガティヴ思考が、熊谷の脳内に最悪の結末を映し出す。
気流に揉まれ、津軽海峡に墜落して爆発する輸送機。恐怖と苦痛。焼かれ、砕け散り、魚の餌になる熊谷の肉片ーー!
「超怖いいいい!!おおおおおおおお!!!!」
怖くて涙が止まらない。
熊谷が函館基地への転属命令を受けたのは、およそ二週間前だ。
いきなりの転属、何かしら碌でもない事が起こるかもと予想した端から、この有り様である。
熊谷は己の運命を嘆く。矢張り、軍に入るべきではなかった!
帰りたい。除隊して家に帰りたい。一年は無職で暮らしたいーー!
「やあ、凄い揺れですね」
すると、恐怖に白目を剥いて泡を噴いていた熊谷に、後ろから誰かが明るい声を掛けた。
こんな事態に声を掛けるなんてどんな神経してるんだ。
熊谷が振り返るとーー。
「初めまして、私は〈
座席と座席の間から。
この凄まじい揺れなぞ何ともないといった風体で、白磁めいた肌の青年が、柔らかいーー観音の微笑を浮かべていた。
****
大竹の視線の先ーー函館の空を、灰色の巨人が翔んでいく。
あの《K・M・X》とかいう機体、ずんぐりとした重そう外見に反して機動は繊細で、高空飛行だけでなく基地の滑走路ぎりぎりの低空飛行も、そのままジグザグ飛行も、滑るようなホバリングもやってのけた。
認めたくなかったが……そうやって巨大ロボが動いて飛行する様は、大竹の奥底に未だ残る児戯心を大いに刺激して止まなかった。
「……………」
側で立っていた久富が、K・M・Xの飛行軌道を無邪気な目で追う大竹を見て、苦笑していた。
「ターゲットドローン全機射出。T-1、戦闘行動へ移行せよ」
『………………』
現在、大竹達がいる函館基地の管制塔の管制官がT-1ーーK・M・Xのテストパイロットに指示する。
パイロット側からの返答は無い。
しかし、パイロットは命令そのものは受諾したようだ。
上昇していたK・M・Xは空中で体勢を変えると、一気に急降下する。
甲冑の仮面めいた三本ラインの
ーーK・M・Xの両肩装甲が展開して、露出した鈍色の砲口から白い光弾が迸った。
砲口から吐き出された無数の光弾は、蒼穹を背に天気雨の如く降り注ぎ、次々にドローンの銀色の装甲を穿っていく。
光の暴力。エネルギーの
大竹の視界が、蜂の巣にされた哀れなドローンの成れの果てである爆炎に染まる。
横から久富が息を呑む音が、ぐびりと聞こえた。
K・M・Xは止まらない。
錐揉み飛行で飛翔しながら爆炎を突き切り、大腿部装甲から取り出した柄ーー更にそこから発振された光のナイフで四体のドローンを立て続けに斬り、突き刺す。
「上手い!」久富が興奮気味に叫んだ。
大竹も同様に思った。
あのパイロット、素晴らしい操縦技術を持っている。乗っているのは一体誰なのか……。
思考する大竹の視線の彼方で、灰色の巨人による無人機蹂躙ショーは次の局面に移る。
K・M・Xは背部に備わっていたサーフボードに似たパーツを取り外し、両腕で構えた。
サーフボードの端が伸び、回転し、開いて、文字通り変形していく。
斧だ。
瞬く間にサーフボードは、巨大な斧へと形を変えた。
K・M・Xが斧を無慈悲に振り回す。刃先から白い光刃が発振し、光の軌跡が残りのドローン全てを水平に斬り裂いた。
一拍置いて、斬り裂かれたドローンが思い出したかのように、オレンジ色の爆炎に変わった……。
****
K・M・Xがドローンを全機破壊した事を確認すると、大竹と久富はほぼ同時に其々のタブレットを起動させる。
投影されるのは、K・M・Xのデータだ。
「成る程、基本兵装は肩のバルカン、大腿部内に格納された
「
「背部に取り付けたままでも高速飛行時の
これから、K.M.Xのデータを頭に叩き込まねばならない。
あまりの情報量の多さに、大竹と久富は重苦しい溜め息を吐いた。
先刻の、青木の言葉を思い出す。
(貴方方には、このK・M・Xの実験戦闘部隊を務めて貰います)
青木の蛇みたいな嫌な笑顔を思い出しながら、大竹は宙に佇む巨人を見遣る。
「
久富の言うことも尤もだと、大竹は思った。
ついこの間まで、防衛軍は戦闘機や戦車、ミサイルやメーサーで戦っていたというのに、ルーリアやエクスレイガと同じルリアリウム搭載機を実戦投入しようとしている。
不自然な気がする。一体技術部にどんな進捗があったのか?
考えられるのは、地球側……大竹にとってヒーローであるエクスレイガを擁する《イナワシロ特防隊》とかいう正体不明の組織から技術提供でもあったのか?
いやーー。
技術提供というより……寧ろ……もしかしたら……盗……。
「T-1、状況終了。帰投されたし」
『………………』
管制官の指示に、矢張りテストパイロットは応答しない。
それどころか。
「ティ、T-1!?何をしている!?」
突如、K・M・Xは大竹達のいる管制塔目掛け飛翔した。どんどん加速し、迫って来る!
パイロットは気でも狂ったのか!?このままでは、管制塔に激突してしまう!
管制塔にいた者全てに、戦慄が奔る!
「隊長ッッ!?」
「…………」
上擦った声を上げる久富を庇うように仁王立ちながら、大竹は迫り来るK・M・Xを見据えた。
塔にぶつかるかぶつからないか、寸での所でK・M・Xは急上昇し、光粒子を振り撒きながら飛び去っていく。
一瞬、K・M・Xの貌があざけ笑っているように、大竹には見えた。
ぎしぎしと、巨人が置いて行った
「あの馬鹿野郎ッ!またやりやがった!!」
管制官の一人がインカムを放り投げ、うんざりとした悪態を吐き散らす。他の者達もブーイングの声を方々からあげ始めた。
どうやら、あのテストパイロットの粗相は今に始まったことではないらしい。
大竹はK・M・Xが飛び去っていった方向を、どっしりとした大股で、雄々しく腕を組みながら見据える。
「隊長……っ!」
激突の危機と恐怖の中、大竹のそんな恐れを知らない威風堂々した姿は、長年敬っている久富だけでなく、その場にいた兵士の皆々も、畏敬の念を抱かずにはいられないものだった。
だがーー。
(ああ怖かった……。びびって動けなかった……。ちょっぴり
人知れずやや内股気味になっている大竹の真意を、久富達が知り得ることは無かったーー。
続く
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