大人げない大人たち


 相克ッッ!!!!



 エクスレイガとエムレイガのブレードがぶつかり合う。二騎の巨人の鍔迫り合いの衝撃が、生じるエネルギーが、震える周囲の空気に陽炎を発生させる!



『師匠ぉーーーーっ!』

「ん……っ!?」



 毎秒、約十数回にも及ぶ、超高速の打ち合いの果てーー。


 エクスレイガの刃が、エムレイガを僅かに押した。


 師を退けられたことに、時緒は喜んだ。喜んで、しまったーー。



「ふふ……は・は・は!」



 しかし、それは正直まさなおの策……!



 ッッ!!


 喜び故に、僅かに生まれた、生まれてしまった時緒の隙を突き、エムレイガの素早い回し蹴りがエクスレイガの脇腹へと炸裂する!



「あぐ…………っ!?」



 衝撃を躱すこと不可避。エクスレイガは豪快な炸裂音を置き去りに、大きく真横へと吹き飛んだ。


 その白い巨体は浄土平の大地をスピンしながら派手に転がり飛び、岩塊へと叩き付けられた。


 巨人を受け止めた火山由来の岩塊は身代わりとばかりに粉微塵に粉砕され、ぱらぱらと小石の雨となってエクスレイガの装甲を叩く。



『そこまでれとは言ってねぇ……』



 コクピットの通信機から聞こえる真理子の苦言を、正直まさなおは敢えて無視をした。真理子の声の他に、愛妻文子の馬鹿笑いも混じって聞こえる。



「どうしたい時緒?もう限界かな?」

『ま、まだまだ……まだまだですよ……っ!』



 背中をしならせて、エクスレイガは砂塵を巻き上げ素早く跳躍、そして着地。緩やかなカーブを描く磐梯吾妻スカイラインを挟んで、エムレイガを睨みつけた。


 エクスレイガ白い巨体から放たれる時緒元・愛弟子の闘志は、未だに燃え盛っているのが分かる。


 若く、熱い、澄み切った綺麗な闘志だった。



「ふ、ははっ……!」



 正直まさなおは笑った。


 時緒と相対している、この時間が楽しくて、楽しくて、つい笑ってしまった。



 よくぞここまで成長したものだ……!


 喜びの正直まさなおは思い出してしまう。


 真理子に連れられて来た幼い時緒に、剣の術を教えた日々。


 最初は上手く出来なくて、大粒の涙を流し泣きべそをかきながら、それでも竹刀を振り続けた、あの子がーー。


 こうして、自分の前に立っている。


 嬉しい。何て嬉しいひとときなのだろう……!



 正直まさなおは興奮に喜ぶ。


 滾る、滾る!血が滾る!


 ただが模擬戦、最後は簡単な小突きで締めてやろう。そんな甘ちょろい、大人らしい考えは、正直まさなおの脳内ではとうに霧散していた。



「……良いだろう」



 正直まさなおは、掛けていた眼鏡を外す……。



「頑張り屋さんの時緒キミに……僕からの……ちょっとしたサプライズだ……!」



 普段の、温和な、虫も殺せないような正直まさなおの瞳は一転。


 血肉に飢えた狼の如き群青の眼光を、捕食者の気迫を露わにした。



『し……っ!?』



 スピーカーから、正直まさなおの気に蝕まれた時緒の慄きの声が聞こえる。


 大人げないと、嗤いたくば嗤え。


 今の時緒になら、見せても良い。


 否、今の時緒だからこそ、見せなくてはならない。


 自分の、全開。自分の、奥義きりふだ


 全ては、時緒を更に昇華させるためーー。


 時緒を、まごうことなき侍にさせるためーー!



「避けても良いから、確と見てくれ。僕の…………っ!」



 正直まさなおは、真に楽しかった。


 まるで、真理子達と無茶苦茶やんちゃなことをし続けたあの日のようだ。


 二十年前の少年時代に、あの日の凄春せいしゅんに、戻ったような気分だった!





 ****




「ーーーー!?!?」



 時緒は慄えた。




 恐怖。



 鋭く、重く、冷たい、止め処の無い恐怖!




『頑張り屋さんの時緒キミに……僕からの……ちょっとしたサプライズだ』



 優しくも、異様な迫力をはらむ正直まさなおの声音に、時緒の股間が縮こまる。


 エムレイガの、正直まさなおの存在自体に、時緒の細胞一つ一つが身の危険を報せる警鐘を発令する。


 知らない。こんな師匠、見たことが無い。


 エムレイガの騎体から放出される正直まさなおの気迫。その何と凄まじく、荒々しい事かーー!



『避けても良いから見てくれ。僕の…………!』



 何と言った。何と言った!?


 時緒は耳を疑った。


 奥義!?正直師匠の、本気!?



 呼吸をすることすらはばかられる、正直まさなお荒れ狂う気迫が練り上げられ、研ぎ澄まされ、エムレイガが水平に携えたゴムブレードに凝縮集束されていく……!


 分かる。否が応でも時緒は理解してしまう!


 そんなモノ食らったら、タダでは済まない!



「っ……!」



 逃げろ。


 エムレイガに背を向けて、情けなく、子どもガキらしく這い蹲って逃げろ。


 こんな規格外の気迫を放つ師匠おとなに敵う訳が無い!


 時緒の心の弱い箇所が、金切り声めいた悲鳴をあげる。


 しかし……。



「…っ!面白い……ですよ……っ!やる……!やってやる……!」



 時緒は逃げない。逃げたくない。


 恐怖よりも、正直まさなおの奥義が見れる、その好奇心のほうが勝ってしまう。


 それに、ここで逃げたら、今の今まで応援してくれた芽依子に、真琴に、皆に二度と良い格好出来なくなってしまう!


 そんな事、もう御免だ……!そうなるなら、もういっそ死んだ方がマシだ……!


 決死覚悟の痩せ我慢、汗まみれの引き攣った笑顔で、時緒は刃を構える。



「師匠!推して参ります!!」

『は・は・は!そう来なくちゃ!』



 臍下丹田に力を込め、時緒は澄んだ瞳で、真正面のエムレイガを見据えた。


 大丈夫!自分がどうにかなっても、芽依子達が必ず骨を拾ってくれる!


 そう時緒は考える。すると、幾分か気が楽になった。



「どうにでもなれ!師匠ぉぉっ!!」



 一意専心。鋼のエクスレイガが、真っ向から、突貫するーー!


 八相の構えーー!




「我流剣式!磐越道・十文字ぎ……、」



 エクスレイガが……時緒が斬り掛かろうとした、が……。


 先に、エムレイガの刃の閃きーー正直まさなおの気迫が、一気圧壊に開放されたーー。



『我流剣式……奥義……【會津・刀幻郷あいづ・とうげんきょう】……!』



 ーーーーーーーー!!


 それは……斬撃と呼ぶにはあまりに速過ぎて……。


 最早、研ぎ澄まされた時緒の目をもってしても、眩ゆい一瞬の雷光と認識するしか出来かったーー。



「師匠ーーーー…………」



 刹那の衝撃に、時緒の意識は跡形も無く刈り取られる。


 やっと、やっと恐れを棄てることが出来た時緒の総てをーー。



 正直まさなおは容赦無く、己が放ったその全身全霊の斬光の中へーー。





 いとも容易く、呑み込んでいったーー。






 ****






 模擬戦から数時間後……。



「だからもうアレは模擬戦じゃねんだよ。もう師弟っつーか、男の子同士のガチ喧嘩なんだよ」



 イナワシロ特防隊専用ヘリの機内、ぶちぶち止まらない真理子の愚痴を、後部座席の文子はうんざりしながら聞いていた。



「もう正直ナオさんを時緒ちゃんにぶつけた時点でこうなる筈だって私思ってたからさぁ!諦めなさいっつってんのよ!」

「時緒如きに本気出すこたねぇって言ってんだ!」

「私じゃなくて正直ナオさん本人に言いなさいよソレ!」

「怖えんだよ!!」

「それよりも野ザル、協力の報酬は!?あと私の専用騎スペシャルは!?造ってるんでしょうね!?」

「造ってるわきゃねえだろ!エクスとエムレイガでカツカツだァ!正文みたいなコト言うんじゃねえよ!」

「ハァァ!?うちの長男バカとこの私を一緒にしないでくれますーー!?」



 とうとう真理子と文子はヘリの狭い機内で喧嘩を始める。


 この二十年相変わらず、二人の女のキャットファイトに、ヘリがぐらぐら揺れた。



「真理子、浄土平天文台からイナワシロ特防隊本部へメッセージが来ているぞ?」

「「はひぇ?」」



 ヘリを制御しながら、牧が何食わぬ顔で報告をする。文子に頬を抓られた真理子と、真理子に指を鼻の穴に突き込まれた文子が揃って牧を見て首を傾げた。



「読むぞ?『よくもメチャクチャにしやがったな!もう二度と来るんじゃあねえ!!』…………以上」



 くつくつと笑いを堪えている牧とは裏腹に。



「………………」



 文子を押し退けた真理子は、至極塩っぱい表情で、ヘリの窓から下界を見下ろした。




 ヘリが旋回する、その下ーー。


 浄土平の大地には、直径約二〇〇メートルは下らない、巨大なクレーターが形成されていて……。


 更にその中心部には、大の字状に手脚を広げたエクスレイガの跡が、それはもうくっきりと刻まれていた……。



【巨人の寝床】



 何処か間抜けに見える、このエクスレイガの敗け跡が、浄土平の新たな観光スポットになったのは、暫く経ってからのことである……。



 続く

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