大人げない大人たち
エクスレイガとエムレイガのブレードがぶつかり合う。二騎の巨人の鍔迫り合いの衝撃が、生じる
『師匠ぉーーーーっ!』
「ん……っ!?」
毎秒、約十数回にも及ぶ、超高速の打ち合いの果てーー。
エクスレイガの刃が、エムレイガを僅かに押した。
師を退けられたことに、時緒は喜んだ。喜んで、しまったーー。
「ふふ……は・は・は!」
しかし、それは
喜び故に、僅かに生まれた、生まれてしまった時緒の隙を突き、エムレイガの素早い回し蹴りがエクスレイガの脇腹へと炸裂する!
「あぐ…………っ!?」
衝撃を躱すこと不可避。エクスレイガは豪快な炸裂音を置き去りに、大きく真横へと吹き飛んだ。
その白い巨体は浄土平の大地をスピンしながら派手に転がり飛び、岩塊へと叩き付けられた。
巨人を受け止めた火山由来の岩塊は身代わりとばかりに粉微塵に粉砕され、ぱらぱらと小石の雨となってエクスレイガの装甲を叩く。
『そこまで
コクピットの通信機から聞こえる真理子の苦言を、
「どうしたい時緒?もう限界かな?」
『ま、まだまだ……まだまだですよ……っ!』
背中をしならせて、エクスレイガは砂塵を巻き上げ素早く跳躍、そして着地。緩やかなカーブを描く磐梯吾妻スカイラインを挟んで、エムレイガを睨みつけた。
若く、熱い、澄み切った綺麗な闘志だった。
「ふ、ははっ……!」
時緒と相対している、この時間が楽しくて、楽しくて、つい笑ってしまった。
よくぞここまで成長したものだ……!
喜びの
真理子に連れられて来た幼い時緒に、剣の術を教えた日々。
最初は上手く出来なくて、大粒の涙を流し泣きべそをかきながら、それでも竹刀を振り続けた、あの子がーー。
こうして、自分の前に立っている。
嬉しい。何て嬉しいひとときなのだろう……!
滾る、滾る!血が滾る!
ただが模擬戦、最後は簡単な小突きで締めてやろう。そんな甘ちょろい、大人らしい考えは、
「……良いだろう」
「頑張り屋さんの
普段の、温和な、虫も殺せないような
血肉に飢えた狼の如き群青の眼光を、捕食者の気迫を露わにした。
『し……っ!?』
スピーカーから、
大人げないと、嗤いたくば嗤え。
今の時緒になら、見せても良い。
否、今の時緒だからこそ、見せなくてはならない。
自分の、全開。自分の、
全ては、時緒を更に昇華させるためーー。
時緒を、まごうことなき侍にさせるためーー!
「避けても良いから、確と見てくれ。僕の……全力全開……っ!」
まるで、真理子達と
二十年前の少年時代に、あの日の
****
「ーーーー!?!?」
時緒は慄えた。
恐怖。
鋭く、重く、冷たい、止め処の無い恐怖!
『頑張り屋さんの
優しくも、異様な迫力をはらむ
エムレイガの、
知らない。こんな師匠、見たことが無い。
エムレイガの騎体から放出される
『避けても良いから見てくれ。僕の……全力全開……!』
何と言った。何と言った!?
時緒は耳を疑った。
奥義!?
呼吸をすることすら
分かる。否が応でも時緒は理解してしまう!
そんな
「っ……!」
逃げろ。
エムレイガに背を向けて、情けなく、
こんな規格外の気迫を放つ
時緒の心の弱い箇所が、金切り声めいた悲鳴をあげる。
しかし……。
「…っ!面白い……ですよ……っ!やる……!やってやる……!」
時緒は逃げない。逃げたくない。
恐怖よりも、
それに、ここで逃げたら、今の今まで応援してくれた芽依子に、真琴に、皆に二度と良い格好出来なくなってしまう!
そんな事、もう御免だ……!そうなるなら、もういっそ死んだ方がマシだ……!
決死覚悟の痩せ我慢、汗まみれの引き攣った笑顔で、時緒は刃を構える。
「師匠!推して参ります!!」
『は・は・は!そう来なくちゃ!』
臍下丹田に力を込め、時緒は澄んだ瞳で、真正面のエムレイガを見据えた。
大丈夫!自分がどうにかなっても、芽依子達が必ず骨を拾ってくれる!
そう時緒は考える。すると、幾分か気が楽になった。
「どうにでもなれ!師匠ぉぉっ!!」
一意専心。鋼のエクスレイガが、真っ向から、突貫するーー!
八相の構えーー!
「我流剣式!磐越道・十文字ぎ……、」
エクスレイガが……時緒が斬り掛かろうとした、が……。
先に、エムレイガの刃の閃きーー
『我流剣式……奥義……【
ーーーーーーーー!!
それは……斬撃と呼ぶにはあまりに速過ぎて……。
最早、研ぎ澄まされた時緒の目をもってしても、眩ゆい一瞬の雷光と認識するしか出来かったーー。
「師匠ーーーー…………」
刹那の衝撃に、時緒の意識は跡形も無く刈り取られる。
やっと、やっと恐れを棄てることが出来た時緒の総てをーー。
いとも容易く、呑み込んでいったーー。
****
模擬戦から数時間後……。
「だからもうアレは模擬戦じゃねんだよ。もう師弟っつーか、男の子同士のガチ喧嘩なんだよ」
イナワシロ特防隊専用ヘリの機内、ぶちぶち止まらない真理子の愚痴を、後部座席の文子はうんざりしながら聞いていた。
「もう
「時緒如きに本気出すこたねぇって言ってんだ!」
「私じゃなくて
「怖えんだよ!!」
「それよりも野ザル、協力の報酬は!?あと私の
「造ってる
「ハァァ!?うちの
とうとう真理子と文子はヘリの狭い機内で喧嘩を始める。
この二十年相変わらず、二人の女のキャットファイトに、ヘリがぐらぐら揺れた。
「真理子、浄土平天文台からイナワシロ特防隊本部へメッセージが来ているぞ?」
「「はひぇ?」」
ヘリを制御しながら、牧が何食わぬ顔で報告をする。文子に頬を抓られた真理子と、真理子に指を鼻の穴に突き込まれた文子が揃って牧を見て首を傾げた。
「読むぞ?『よくもメチャクチャにしやがったな!もう二度と来るんじゃあねえ!!』…………以上」
くつくつと笑いを堪えている牧とは裏腹に。
「………………」
文子を押し退けた真理子は、至極塩っぱい表情で、ヘリの窓から下界を見下ろした。
ヘリが旋回する、その下ーー。
浄土平の大地には、直径約二〇〇メートルは下らない、巨大なクレーターが形成されていて……。
更にその中心部には、大の字状に手脚を広げたエクスレイガの跡が、それはもうくっきりと刻まれていた……。
【巨人の寝床】
何処か間抜けに見える、このエクスレイガの敗け跡が、浄土平の新たな観光スポットになったのは、暫く経ってからのことである……。
続く
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