手応えアリ……?
「と、いうわけで……」
真理子により、
早朝の涼しさを高く昇った太陽が綺麗さっぱり取り払い、またうだるような暑さが戻ってきた頃のことだった。
「考えてみれば……変だなと思ったんですよ……」
格納庫のキャットウォーク上、不機嫌面でパイロットスーツに消臭スプレーを掛けながら、時緒は己の背後に佇む人影を睨む。
「師匠達と母さんは二十年以上の友達……。イナワシロ特防隊のこと……エクスレイガのこと……知らない訳無いですもんね……!」
「御明察……。こそこそしてる君や正文たちを見てるのは結構楽しかったよ」
キャットウォークの頑強な柵に身を預けながら、
その余裕綽々な師匠の態度が、時緒の仏頂面を更に険しいものにした。
エクスレイガのパイロットになったこと。
折角、今まで律儀に秘密にしていた自分が馬鹿のようで、時緒は非常に、非常に面白くなかった。
「……ま、僕と
「正文や修二くんは……師匠達がイナ特だったこと……?」
「二人も知らないよ。今夜にでも言っておこうか……」
正文達も知らなかったか。
ほんの少し、時緒は気が楽になった。
「あの……?
かつんかつん、キャットウォークの床を上品に鳴らして、タブレットを携えた芽依子がやって来た。
「真理子おばさまから言付けです。エムレイガのデータと操作性のご感想が欲しいと……」
「ああそうだった。直ぐに向かうよ」
「あ、そうそう」
キャットウォークを降りるその途中、
「約束どおり、何か好きな物を買ってあげよう……」
「へ……?」
時緒は仏頂面を阿呆面に変えた。
それは、エクスレイガとキャットウォークを挟んで背中合わせになるように駐騎された、エムレイガの……。
「あ…………」
ーーその右肩装甲の側面に、黒く擦れた跡があった。
「ブレードに取り付けたセンサーの反応を確認しました。間違い無く、時緒くんの
タブレットを操作しながら、芽依子が微笑んだ。
「全部避けたつもりだったのに、悔しいね……」
そう
「そんな…………」
時緒は、今ひとつ実感が湧かない。
当てた?師匠に……攻撃が当たった?
芽依子が言っていることは本当なのだろう。
しかし、
……気がついたらエクスレイガは浄土平の地面に、それはもう見事にめり込んでいた訳で……。
極限状態の我武者羅が、偶々まぐれ当たっただけだろうと時緒は結論づける……。
そうだ……まぐれだ……。
「時緒くんはよく頑張ったと思いますよ。当たりは当たりです!旅行中の真琴にも報告しなくちゃ!」
「あ……ありがとう、姉さん……」
芽依子の賞賛に、今にも泣きそうな苦笑で応えて、時緒はキャットウォーク上で胡座をかき、うんうん唸る。
この感覚……。
「ラヴィーのおバカーッ!!なんで起こしてくれなかったうゅーーっ!?」
「ちゃんと起こしましたよ!二回も!!」
「もうちょっとしつこく起こしてもいいじゃんなのョーーーーッ!トキオのバトルみたかったゅーー!!」
「どうでも良いって言ってたじゃないですか!!録画したからそれ観てくださいよ!!」
「ナマでみたかったゅーー!!ガブーーッ!!」
「痛えーーーーーーーー!!ティセリア様に尻尾噛まれたーーーーーーっ!!」
階下から響くティセリアとラヴィーの喧騒を、時緒は右から左へと受け流す。
全力の師匠と戦った、この衝撃の感覚を、忘れないように。
神経を研ぎ澄まし、無理矢理脳髄へと刻み込む……。
矢張り、矢張り。時緒は改めて痛感した。
時緒にとって
****
「団体様来るの、何時だっけ……?」
「十六時よ。アニメ会社の人達」
大丈夫、時間には間に合う。
ローレックス製の腕時計で確認しながら、
「
助手席でシートベルトを締めながら問う文子に、
「……想像以上だった」
興奮を思い出し、
「想像以上に時緒は強くなっていた……っ!」
猛々しいな武人の笑みを浮かべる
夫は、二十年前の
「どうするおつもり?このまま優しく温かく見守る……?」
ほんの、悪戯心で夫を煽ってみた文子だが……ほんの少し後悔した。
「さぁ……どうしてやろうかね……?」
こんなどす黒い笑顔の夫、客の前には出せない、絶対……。
****
「………………」
自らの奥義が炸裂する、その……ほんの一瞬……。
エクスレイガは、虹色に輝いた。
【思念虹】
そしてーー。
その光の中に……
まさか、この感覚は……。
(マサナオ…………!)
懐かしい波動に、
まさか、そんな筈は……。
彼女は……もう……。
(フミコと一緒に……マリィを支えてくれて……ありがとう……)
あの日……空からやって来た親友。
もう会えないと思っていた、親友。
彼女が、虹の光の中で、エクスレイガのシルエットに重なるように、微笑んでいたーー。
「サナちゃん……もうすぐだよ」
そうだ。
今、この地球で繰り広げられている
地球を、猪苗代を愛した、一人の少女の願いを叶えるためだけのーー。
****
「姉さん?今日の夕飯僕が当番なんだけど、何食べたい?」
「そうですねぇ……暑いからこそ逆に時緒くん特製の激辛カレーが…………あら?」
夕方。
格納庫で時緒と芽依子が帰る支度をしていると、エンジン音と共に一台のバイクが、格納庫へと乗り入れて来た。
乗っていたのは、焦燥顔の正文と、顔面蒼白のシーヴァンだった。
「「なんだなんだ?」」
エンジン音に吊られて、真理子や嘉男、ラヴィーにティセリアにリースン、整備員達が集まる。
「シーヴァンさん?どうしました?顔色がデスラー総統みたいですよ?」
「御機嫌ようヤマトのしょ……じゃない……!」
真っ先に尋ねてきた時緒の肩をがしりと掴んで、シーヴァンは切羽詰まった尋ねる。
「カウナが此処に戻って来ていないか……!?」
「カブト虫採りに行く途中……山の中ではぐれたんだ……!」
「「え…………………………!?」」
カウナが、遭難!?
シーヴァンと正文の言葉に、時緒達は皆、シーヴァンと同じ顔色になった……。
……………………。
………………。
…………。
もう夕食の献立なぞ、考えている暇は時緒たちには無かった。
直ぐさま、イナワシロ特防隊全員ーー実家の仕事をしていた律や伊織、宿題そっちのけで昼寝をしていた佳奈美、正文の弟修二やゆきえも呼び出され、カウナ捜索隊が緊急結成された。
「何やってんだカウナモあいつ!心配かけやがって」とは律の弁である。
「カウナさーーーーん!」
「カウナさん何処ですかーー!」
「カウナ〜〜!出てきてゅーー!!」
「カウナ君ーー!いたら返事しろ!いなくても返事してくれたら助かるんだがーー!」
「カウナちん出て来てにゃーー!」
「律……!お前の股の匂いでカウナモを誘き寄せるのだ……!」
「ふざけんな
沼尻山を中心としたカウナの捜索は、およそ四時間以上にも及びーー。
「カウナにいちゃん居たよーー!ゆきえちゃんが見つけたってーー!!」
携帯端末を使った修二の報告通り、自称座敷童子のゆきえによってカウナが無事発見されたのは、午後八時を回った頃だった。
正文とシーヴァンがカウナを見失った沼尻山の、沢へと続く斜面で、カウナは木の枝に引っかかって失神していた。足場の悪い獣道で踊って、足を滑らせたのだ。
「…………」
「ぐすっ…………もう帰れないかと…………思った…………うっ……うっ……」
「…………」
疲労困憊の時緒達が目撃したのは、仏頂面の
その様は凄まじく、滑稽な光景だった……。
「リツ……今だけは……我を強く抱き締めて……!」
虫刺されだらけの腕でひしと抱き付いて跪くカウナを、律は呆れと安堵が入り混じった、引き攣った苦笑で見下ろした……。
「…………お前は今日からバカウナモだ…………!」
続く
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