手応えアリ……?




「と、いうわけで……」



 真理子により、平沢 正直ひらさわ まさなお文子ふみこ夫妻がイナワシロ特防隊メンバーに加入した事を時緒が知ったのは、正午前のこと……。


 早朝の涼しさを高く昇った太陽が綺麗さっぱり取り払い、またうだるような暑さが戻ってきた頃のことだった。



「考えてみれば……変だなと思ったんですよ……」



 格納庫のキャットウォーク上、不機嫌面でパイロットスーツに消臭スプレーを掛けながら、時緒は己の背後に佇む人影を睨む。



「師匠達と母さんは二十年以上の友達……。イナワシロ特防隊のこと……エクスレイガのこと……知らない訳無いですもんね……!」

「御明察……。こそこそしてる君や正文たちを見てるのは結構楽しかったよ」



 キャットウォークの頑強な柵に身を預けながら、正直まさなおは元弟子に向かってしたりと笑って見せる。


 その余裕綽々な師匠の態度が、時緒の仏頂面を更に険しいものにした。


 エクスレイガのパイロットになったこと。


 折角、今まで律儀に秘密にしていた自分が馬鹿のようで、時緒は非常に、非常に面白くなかった。



「……ま、僕と文子フミちゃんは外部オブザーバーと言った存在……かな?旅館の仕事が僕たちにとっちゃ一番だし」

「正文や修二くんは……師匠達がイナ特だったこと……?」

「二人も知らないよ。今夜にでも言っておこうか……」



 正文達も知らなかったか。


 ほんの少し、時緒は気が楽になった。



「あの……?正直まさなおおじさま?」



 かつんかつん、キャットウォークの床を上品に鳴らして、タブレットを携えた芽依子がやって来た。



「真理子おばさまから言付けです。エムレイガのデータと操作性のご感想が欲しいと……」

「ああそうだった。直ぐに向かうよ」



 正直まさなおは微笑みながら頷く。口元の白い歯がきらりと輝いて、芽依子の目を眩ませた。



「あ、そうそう」



 キャットウォークを降りるその途中、正直まさなおは時緒を愉快げに見つめて言った。



「約束どおり、何か好きな物を買ってあげよう……」

「へ……?」



 時緒は仏頂面を阿呆面に変えた。


 正直まさなおは武骨な指で、ある一方向を示した。


 それは、エクスレイガとキャットウォークを挟んで背中合わせになるように駐騎された、エムレイガの……。



「あ…………」




 ーーその右肩装甲の側面に、黒く擦れた跡があった。



「ブレードに取り付けたセンサーの反応を確認しました。間違い無く、時緒くんの攻撃ヒットです」



 タブレットを操作しながら、芽依子が微笑んだ。



「全部避けたつもりだったのに、悔しいね……」



 そう正直まさなおは苦笑をするが……。



「そんな…………」



 時緒は、今ひとつ実感が湧かない。


 当てた?師匠に……攻撃が当たった?


 芽依子が言っていることは本当なのだろう。


 しかし、模擬戦あの時は無我夢中で……。正直まさなおの気迫に頭が真白になって……。


 ……気がついたらエクスレイガは浄土平の地面に、それはもう見事にめり込んでいた訳で……。


 極限状態の我武者羅が、偶々まぐれ当たっただけだろうと時緒は結論づける……。


 そうだ……まぐれだ……。



「時緒くんはよく頑張ったと思いますよ。当たりは当たりです!旅行中の真琴にも報告しなくちゃ!」

「あ……ありがとう、姉さん……」



 芽依子の賞賛に、今にも泣きそうな苦笑で応えて、時緒はキャットウォーク上で胡座をかき、うんうん唸る。



 正直まさなおの奥義を受けた時の衝撃が、エクスレイガの躯体を通して、時緒の身体を今もなお熱く震わせている……。



 この感覚……。




「ラヴィーのおバカーッ!!なんで起こしてくれなかったうゅーーっ!?」

「ちゃんと起こしましたよ!二回も!!」

「もうちょっとしつこく起こしてもいいじゃんなのョーーーーッ!トキオのバトルみたかったゅーー!!」

「どうでも良いって言ってたじゃないですか!!録画したからそれ観てくださいよ!!」

「ナマでみたかったゅーー!!ガブーーッ!!」

「痛えーーーーーーーー!!ティセリア様に尻尾噛まれたーーーーーーっ!!」



 階下から響くティセリアとラヴィーの喧騒を、時緒は右から左へと受け流す。


 全力の師匠と戦った、この衝撃の感覚を、忘れないように。


 神経を研ぎ澄まし、無理矢理脳髄へと刻み込む……。


 矢張り、矢張り。時緒は改めて痛感した。


 時緒にとって正直まさなおは、いつかは必ず、何としても突破せねばならない師匠かべなのだとーー。




 ****




「団体様来るの、何時だっけ……?」

「十六時よ。アニメ会社の人達」



 大丈夫、時間には間に合う。


 ローレックス製の腕時計で確認しながら、正直まさなおはイナ特基地の駐車場に停めたRX-7愛車に乗り込んだ。



正直ナオさん、時緒ちゃん……どうだった?」



 助手席でシートベルトを締めながら問う文子に、



「……想像以上だった」



 興奮を思い出し、正直まさなおは声を震わせて、笑って答えた。



「想像以上に時緒は強くなっていた……っ!」



 猛々しいな武人の笑みを浮かべる正直まさなおに、文子は苦笑せざるを得ない。


 夫は、二十年前の男の子ままだった。



「どうするおつもり?このまま優しく温かく見守る……?」



 ほんの、悪戯心で夫を煽ってみた文子だが……ほんの少し後悔した。



「さぁ……どうしてやろうかね……?」



 こんなどす黒い笑顔の夫、客の前には出せない、絶対……。





 ****




「………………」



 正直まさなおは、文子にだけは言おうと思ったが、やっぱりやめた。


 模擬戦あの時ーー。


 正直まさなおは確かに見た。


 自らの奥義が炸裂する、その……ほんの一瞬……。



 エクスレイガは、虹色に輝いた。



【思念虹】



 搭乗者時緒の精神とエクスレイガのルリアリウムが、淀み無く完全に結び付いた、超越の光ーー。



 そしてーー。



 その光の中に……正直まさなおが感じたものは、時緒の気迫の他に、もう一人……。


 まさか、この感覚は……。



(マサナオ…………!)



 懐かしい波動に、正直まさなおの目尻から、涙が溢れた。


 まさか、そんな筈は……。


 彼女は……もう……。



(フミコと一緒に……マリィを支えてくれて……ありがとう……)



 あの日……空からやって来た親友。


 もう会えないと思っていた、親友。


 彼女が、虹の光の中で、エクスレイガのシルエットに重なるように、微笑んでいたーー。



「サナちゃん……もうすぐだよ」



 そうだ。


 今、この地球で繰り広げられている星間戦争たたかいは。




 地球を、猪苗代を愛した、一人の少女の願いを叶えるためだけのーー。





 ****






「姉さん?今日の夕飯僕が当番なんだけど、何食べたい?」

「そうですねぇ……暑いからこそ逆に時緒くん特製の激辛カレーが…………あら?」



 夕方。


 格納庫で時緒と芽依子が帰る支度をしていると、エンジン音と共に一台のバイクが、格納庫へと乗り入れて来た。


 乗っていたのは、焦燥顔の正文と、顔面蒼白のシーヴァンだった。



「「なんだなんだ?」」



 エンジン音に吊られて、真理子や嘉男、ラヴィーにティセリアにリースン、整備員達が集まる。



「シーヴァンさん?どうしました?顔色がデスラー総統みたいですよ?」

「御機嫌ようヤマトのしょ……じゃない……!」



 真っ先に尋ねてきた時緒の肩をがしりと掴んで、シーヴァンは切羽詰まった尋ねる。



「カウナが此処に戻って来ていないか……!?」

「カブト虫採りに行く途中……山の中ではぐれたんだ……!」

「「え…………………………!?」」



 カウナが、遭難!?


 シーヴァンと正文の言葉に、時緒達は皆、シーヴァンと同じ顔色になった……。



 ……………………。


 ………………。


 …………。



 もう夕食の献立なぞ、考えている暇は時緒たちには無かった。


 直ぐさま、イナワシロ特防隊全員ーー実家の仕事をしていた律や伊織、宿題そっちのけで昼寝をしていた佳奈美、正文の弟修二やゆきえも呼び出され、カウナ捜索隊が緊急結成された。



「何やってんだカウナモあいつ!心配かけやがって」とは律の弁である。



「カウナさーーーーん!」

「カウナさん何処ですかーー!」

「カウナ〜〜!出てきてゅーー!!」

「カウナ君ーー!いたら返事しろ!いなくても返事してくれたら助かるんだがーー!」

「カウナちん出て来てにゃーー!」

「律……!お前の股の匂いでカウナモを誘き寄せるのだ……!」

「ふざけんな正文ハゲ!!」




 沼尻山を中心としたカウナの捜索は、およそ四時間以上にも及びーー。



「カウナにいちゃん居たよーー!ゆきえちゃんが見つけたってーー!!」



 携帯端末を使った修二の報告通り、自称座敷童子のゆきえによってカウナが無事発見されたのは、午後八時を回った頃だった。


 正文とシーヴァンがカウナを見失った沼尻山の、沢へと続く斜面で、カウナは木の枝に引っかかって失神していた。足場の悪い獣道で踊って、足を滑らせたのだ。



「…………」

「ぐすっ…………もう帰れないかと…………思った…………うっ……うっ……」

「…………」



 疲労困憊の時緒達が目撃したのは、仏頂面のゆきえ幼女に宥められながら手を引かれ、とぼとぼ歩く泣きべそ顔のカウナ長身美少年の姿。


 その様は凄まじく、滑稽な光景だった……。




「リツ……今だけは……我を強く抱き締めて……!」



 虫刺されだらけの腕でひしと抱き付いて跪くカウナを、律は呆れと安堵が入り混じった、引き攣った苦笑で見下ろした……。



「…………お前は今日からカウナモだ…………!」





 続く

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