焔の意志、氷の闘志
「
先手必勝!強化ゴム製のブレードを構えたエクスレイガは再び地を駆ける!
いや、もうその様は、ルリアリウム・エネルギーの稲妻を纏って、地面擦れ擦れを翔んでいるといった風体だ。
【模擬戦】
【エムレイガの実機試験】
そんな語句はもう、時緒の脳内からはすっぱり抜け落ちていた。
何としても、何としても!
余裕の構えで待ち受ける
師匠に、自分が強くなったことを感心させてやらねば!
「一撃やってやりますよ!師匠ッ!!」
時緒の燃え盛る意志が、ルリアリウムによってエネルギーに還元され、大地を驀進するエクスレイガの動きをより力強いものにした!
『時緒?』
「……っ!?」
不意に、
『僕に一太刀入れることが出来たら……ご褒美に好きなものを何でも一つ買ってあげよう』
耳朶を叩く
何でも……?
何でも買うとな……!?
『何が良いかな?ゲームかい?超合金のオモチャかい?プラモデルかい?正文みたいに美少女フィギュア?何でも……、』
正直が言い終えるのも待たず、スラスターを併用し、超加速で肉薄したエクスレイガの斬撃が、エムレイガの頸を捉える。
洗練された刹那の一薙ぎ。
それは、かつて
真っ直ぐな心根の時緒だからこそ放てる、豪胆な刃ーー!
だがーー。
「な……っ!?」
ひとまばたきの合間に、エムレイガは時緒の目前から、その騎影を喪失していた。
エクスレイガ渾身の斬撃は、虚しい
「師匠!?何処に……っ!?」
周囲を確認しようとしてーー、
「い……っ!?」
寒々しい剣気に当てられた時緒は、悪寒に喉を震わす。
『まぁ……当たればの話だけど……』
エクスレイガのゴムブレード、その切っ先にエムレイガが爪先立って居た。
そのバイザーフェイスでエクスレイガを見据えながら……!
資料によればエムレイガの重量は三十八トンもある。それなのに、ブレードの切っ先に立つエムレイガは重さを全く感じさせない。まるでエムレイガの全身が綿か羽毛で出来ているように……。
「師匠は仙人ですかっ!?」
『ルリアリウムの簡単な応用さ』
『さて……受けてばかりもつまらないね』
そして、静かに……だが……激しく。
『僕もそろそろ……本気を出そうか……!』
「師匠……っ!」
静かで、それでいて重苦しい気迫!
それは、時緒の
****
一方、トレーラー内に臨時設置されたパソコンルーム。芽依子が時緒のデータチェックに勤しむ、その奥の奥。
モニターに映る、エクスレイガとエムレイガが繰り広げる剣戟の映像をーー
「………………」
ルーリア騎士、ラヴィー・ヒィ・カロトは、端末のキーボードを叩きながら、その様を見つめていた。
ーー実はこのエムレイガ、ラヴィーの夢である『ルリアリウム搭載騎のエネルギー消費効率化』実現の為の実験騎体でもある。
『もう、兄のような悲劇が起きないように』
その思いを胸に、ラヴィーはアルバイトの傍ら懸命に新システムを構築し、やっとのことで試作型を完成させたのだ。
そんなラヴィーの努力に感銘を受けた真理子が、
『ラヴィー君さぁ!いっそのこと、実際に載せて動かしてみせようぜ!』
と、エムレイガへの搭載を快諾してくれたのだ。
ルーリア本星では、こうもとんとん拍子に話は進まなかったろう。ラヴィーはもう、真理子への、否……猪苗代の人々への感謝の気持ちでいっぱいだった。
猪苗代の皆のお陰で、自分は今、健やかに夢を追いかけていられる。
嬉しく思ったラヴィーは、おもむろに自分のルリアリウムが嵌められたペンダントを弄る。
ペンダントの裏側には、先日撮影した田淵 佳奈美の写真が貼り付けられている。
五色沼を背景に、ソフトクリームを携えた佳奈美が無邪気に笑っていた。
時緒達には間抜け面にしか見えないが、佳奈美が大好きで仕方がないラヴィーには天使の微笑だった。
「嗚呼カナミさん……またお出かけしたい……」
「ラヴィーさん?どうしました?」
「あ!いえ!こっちの話です!」
芽依子の声に我に返ったラヴィーは、改めてモニターを睨む。
かくして、ラヴィーのアイディアが反映されたエムレイガのエネルギー消費は、ラヴィー本人の想像以上に抑えられている。
抑えられては、いるが……。
「凄い…………!」
ラヴィー独りの感嘆の呟きに、背後の芽依子はくすりと微笑んだ。
「メイコさん……この映像の録画は……」
「はい……勿論……!」
「ありがとうございます……!」
朝空を舞う二つの巨影。
エクスレイガとエムレイガ。
それぞれ燐光の外套を翻しながらすれ違い様に、エムレイガが先んじてゴムブレードで斬り込む。
ほんの一瞬で幾重もの烈風が生ずる、神速の斬撃ーー!
それはエクスレイガを弾き飛ばすほどの強力なものだが……ものだが!
その太刀筋は、まるで清らかな川の流れのように淀みなど無く、美しい……!
「これが……あの人が……」
舞踏めいたエムレイガの挙動に魅入られながら、ラヴィーはエムレイガの操縦士を思う。
あの人が、時緒の師匠。
自分を負かした、自分の目を覚ましてくれた、時緒の強さの、その源流ーー!
「………………」
弾かれながらも、エクスレイガは空中で体勢を立て直し、懸命に、エムレイガへと刃を放つ。
諦めない。決して諦めず活路を見出し突き進む。それでこそ時緒!と、ラヴィーは汗の滲む手を握り締めた。
美しく、熱く、
そんな時緒と
睡眠欲に負けてしまったティセリアは置いておいて……。
シーヴァンも、カウナも……。
「……こっちに来て観りゃ良かったんだ」
****
同時刻ーー。中ノ沢温泉、付近山中。
「マサフミ……!本当にカブトムシを捕らえたら……トキオが喜んでくれるのか……!?」
暗い森の中、ティセリア騎士団筆頭騎士、シーヴァン・ワゥン・ドーグスの問いに、
「ああミスター…!時の字は昔からカブトムシ大好きっ子だからな……!」
端正な顔に笑みを浮かべ、平沢 正文は確と頷いた。
「この先に俺様特製の仕掛けがある……!」
「そうか……!それは楽しみだ……!」
シーヴァンは力強く歩を進めた。
カブトムシとかいう地球の原生生物を捕獲すれば、時緒は喜んでくれる。
今頃、時緒は新型騎の模擬戦とやらに精を出している。ならば、時緒が好きなカブトムシを捕まえて、帰って来た時緒をびっくりさせてやろうとシーヴァンは考えたのだ。
本当はラヴィーと一緒に観に行きたかったが、それもまた一興とシーヴァンは思うことにした。
好敵手であり、可愛い弟分である時緒の笑顔が目に浮かび、シーヴァンの足取りは軽くなる。
「楽しみにしていろトキオ……!大きくてかっこいいカブトムシを捕まえてやるからな……!」
「ところで……」
正文がふと、シーヴァンを呼び止めた。
「カウナモ……アイツ何処行った……?」
「……………………え?」
シーヴァンと正文は周囲を見回す。
いない。
同行していた筈のルーリア騎士、カウナ・モ・カンクーザの姿が……。
森に入る時には、夜の森も美しい美しいとくるくる踊り回り、少々鬱陶しいと思っていたカウナが。
いない。
シーヴァンと正文の周りには、鬱蒼とした沼尻の原生林が、山々の隙間から溢れる朝陽に照らされているだけで……。
カウナの姿は、綺麗さっぱり消失していた。
「「………………」」
シーヴァンと正文の背中を、嫌な冷や汗が伝った。
カウナが……遭難?
「「………………ヤバいぞ」」
続く
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