焔の意志、氷の闘志




っ……ああああああああああっっ!!」



 先手必勝!強化ゴム製のブレードを構えたエクスレイガは再び地を駆ける!


 いや、もうその様は、ルリアリウム・エネルギーの稲妻を纏って、地面擦れ擦れを翔んでいるといった風体だ。



【模擬戦】

【エムレイガの実機試験】



 そんな語句はもう、時緒の脳内からはすっぱり抜け落ちていた。



 何としても、何としても!



 余裕の構えで待ち受けるエムレイガ平沢 正直に、師匠に!何としても一太刀入れてやらねば!


師匠に、自分が強くなったことを感心させてやらねば!



「一撃やってやりますよ!師匠ッ!!」



 時緒の燃え盛る意志が、ルリアリウムによってエネルギーに還元され、大地を驀進するエクスレイガの動きをより力強いものにした!



『時緒?』

「……っ!?」



 不意に、正直まさなおからの通信。



『僕に一太刀入れることが出来たら……ご褒美に好きなものを何でも一つ買ってあげよう』




 耳朶を叩く正直まさなおの陽気な声が、時緒の闘志ほのおに、油を注いだ。


 何でも……?


 何でも買うとな……!?



『何が良いかな?ゲームかい?超合金のオモチャかい?プラモデルかい?正文みたいに美少女フィギュア?何でも……、』



 ザンッッッッ!!!!


 正直が言い終えるのも待たず、スラスターを併用し、超加速で肉薄したエクスレイガの斬撃が、エムレイガの頸を捉える。



 洗練された刹那の一薙ぎ。


 それは、かつて正直まさなおが訓えた剣術を、寸分の歪み無く再現された、邪な者には到底成し得ない清廉な太刀筋だった。


 真っ直ぐな心根の時緒だからこそ放てる、豪胆な刃ーー!


 だがーー。




「な……っ!?」



 ひとまばたきの合間に、エムレイガは時緒の目前から、その騎影を喪失していた。


 エクスレイガ渾身の斬撃は、虚しい衝撃波ソニックブームとなって浄土平の朝靄を払い、終わっていた……。



「師匠!?何処に……っ!?」



 周囲を確認しようとしてーー、



「い……っ!?」



 寒々しい剣気に当てられた時緒は、悪寒に喉を震わす。



『まぁ……当たればの話だけど……』



 エクスレイガのゴムブレード、その切っ先にエムレイガが爪先立って居た。


 そのバイザーフェイスでエクスレイガを見据えながら……!


 資料によればエムレイガの重量は三十八トンもある。それなのに、ブレードの切っ先に立つエムレイガは重さを全く感じさせない。まるでエムレイガの全身が綿か羽毛で出来ているように……。



「師匠は仙人ですかっ!?」

『ルリアリウムの簡単な応用さ』



 正直まさなおの含み笑いを伴って、エムレイガはゴムブレードからひらりと飛び降りる。



『さて……受けてばかりもつまらないね』



 そして、静かに……だが……激しく。



『僕もそろそろ……本気を出そうか……!』

「師匠……っ!」



 正直まさなおは眼鏡の奥の瞳をぎらつかせ、元弟子時緒ゴムブレードを向けた。


 静かで、それでいて重苦しい気迫!


 それは、時緒の闘志ものを燃え盛る紅蓮の焔とするならば……。


 正直まさなお闘志それは、触れたもの総てを凍てつかせる、絶対零度の氷刃のようだった……。





 ****







 一方、トレーラー内に臨時設置されたパソコンルーム。芽依子が時緒のデータチェックに勤しむ、その奥の奥。


 モニターに映る、エクスレイガとエムレイガが繰り広げる剣戟の映像をーー



「………………」



 ルーリア騎士、ラヴィー・ヒィ・カロトは、端末のキーボードを叩きながら、その様を見つめていた。



 ーー実はこのエムレイガ、ラヴィーの夢である『ルリアリウム搭載騎のエネルギー消費効率化』実現の為の実験騎体でもある。



『もう、兄のような悲劇が起きないように』



 その思いを胸に、ラヴィーはアルバイトの傍ら懸命に新システムを構築し、やっとのことで試作型を完成させたのだ。


 そんなラヴィーの努力に感銘を受けた真理子が、



『ラヴィー君さぁ!いっそのこと、実際に載せて動かしてみせようぜ!』



 と、エムレイガへの搭載を快諾してくれたのだ。


 ルーリア本星では、こうもとんとん拍子に話は進まなかったろう。ラヴィーはもう、真理子への、否……猪苗代の人々への感謝の気持ちでいっぱいだった。


 猪苗代の皆のお陰で、自分は今、健やかに夢を追いかけていられる。


 嬉しく思ったラヴィーは、おもむろに自分のルリアリウムが嵌められたペンダントを弄る。


 ペンダントの裏側には、先日撮影した田淵 佳奈美の写真が貼り付けられている。


 五色沼を背景に、ソフトクリームを携えた佳奈美が無邪気に笑っていた。


 時緒達には間抜け面にしか見えないが、佳奈美が大好きで仕方がないラヴィーには天使の微笑だった。



「嗚呼カナミさん……またお出かけしたい……」

「ラヴィーさん?どうしました?」

「あ!いえ!こっちの話です!」



 芽依子の声に我に返ったラヴィーは、改めてモニターを睨む。


 かくして、ラヴィーのアイディアが反映されたエムレイガのエネルギー消費は、ラヴィー本人の想像以上に抑えられている。


 抑えられては、いるが……。



「凄い…………!」



 ラヴィー独りの感嘆の呟きに、背後の芽依子はくすりと微笑んだ。



「メイコさん……この映像の録画は……」

「はい……勿論……!」

「ありがとうございます……!」



 朝空を舞う二つの巨影。


 エクスレイガとエムレイガ。


 それぞれ燐光の外套を翻しながらすれ違い様に、エムレイガが先んじてゴムブレードで斬り込む。


 シュウンッッ!!!!


 ほんの一瞬で幾重もの烈風が生ずる、神速の斬撃ーー!


 それはエクスレイガを弾き飛ばすほどの強力なものだが……ものだが!


 その太刀筋は、まるで清らかな川の流れのように淀みなど無く、美しい……!



「これが……あの人が……」



 舞踏めいたエムレイガの挙動に魅入られながら、ラヴィーはエムレイガの操縦士を思う。



 あの人が、時緒の師匠。


 自分を負かした、自分の目を覚ましてくれた、時緒の強さの、その源流ーー!



「………………」



 弾かれながらも、エクスレイガは空中で体勢を立て直し、懸命に、エムレイガへと刃を放つ。


 諦めない。決して諦めず活路を見出し突き進む。それでこそ時緒!と、ラヴィーは汗の滲む手を握り締めた。


 美しく、熱く、観客じぶんを惹き込ませる戦い。


 そんな時緒と正直まさなおに騎士の本髄を垣間見てしまったラヴィーは昂ぶりながらも、ティセリア騎士団で自分一人だけがこの戦いを観ていることに、若干の罪悪を感じてしまう。


 睡眠欲に負けてしまったティセリアは置いておいて……。


 シーヴァンも、カウナも……。



「……こっちに来て観りゃ良かったんだ」





 ****






 同時刻ーー。中ノ沢温泉、付近山中。



「マサフミ……!本当にカブトムシを捕らえたら……トキオが喜んでくれるのか……!?」



 暗い森の中、ティセリア騎士団筆頭騎士、シーヴァン・ワゥン・ドーグスの問いに、



「ああミスター…!時の字は昔からカブトムシ大好きっ子だからな……!」



 端正な顔に笑みを浮かべ、平沢 正文は確と頷いた。



「この先に俺様特製の仕掛けがある……!」

「そうか……!それは楽しみだ……!」



 シーヴァンは力強く歩を進めた。


 カブトムシとかいう地球の原生生物を捕獲すれば、時緒は喜んでくれる。


 今頃、時緒は新型騎の模擬戦とやらに精を出している。ならば、時緒が好きなカブトムシを捕まえて、帰って来た時緒をびっくりさせてやろうとシーヴァンは考えたのだ。


 本当はラヴィーと一緒に観に行きたかったが、それもまた一興とシーヴァンは思うことにした。


 好敵手であり、可愛い弟分である時緒の笑顔が目に浮かび、シーヴァンの足取りは軽くなる。



「楽しみにしていろトキオ……!大きくてかっこいいカブトムシを捕まえてやるからな……!」

「ところで……」



 正文がふと、シーヴァンを呼び止めた。



「カウナモ……アイツ何処行った……?」

「……………………え?」



 シーヴァンと正文は周囲を見回す。


 いない。


 同行していた筈のルーリア騎士、カウナ・モ・カンクーザの姿が……。


 森に入る時には、夜の森も美しい美しいとくるくる踊り回り、少々鬱陶しいと思っていたカウナが。


 いない。


 シーヴァンと正文の周りには、鬱蒼とした沼尻の原生林が、山々の隙間から溢れる朝陽に照らされているだけで……。


 カウナの姿は、綺麗さっぱり消失していた。



「「………………」」



 シーヴァンと正文の背中を、嫌な冷や汗が伝った。



 カウナが……遭難?



「「………………ヤバいぞ」」





 続く

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