夜明けのエムレイガ
「始まった?」
「始まった……」
先程までエムレイガを牽引していた輸送ヘリの中。窓の外を暗視ゴーグルで眺めながら、
「
「だろうなぁ……」
「……時緒ちゃんには言っておいたんでしょうね?」
「いや、今頃知ったろ」真理子が首を横に振って笑った。
真理子の背後の声の主ーー【平沢庵】女将の
「……意地悪
「
真理子がうんざりした口調で
「時緒が動いたぞ!」
ヘリを操縦していた
ようやく東の空が白み始め、薄っすらと闇が純黒から仄暗い群青へと変わりつつある浄土平の荒野をーー。
エクスレイガの白い巨躯が、低く跳んでいた。
****
脚部に充填したルリアリウム・エネルギーを解き放ち、エクスレイガは浄土平を駆ける!
火山灰の成れ果てた岩石群が巨人の走破に巻き上がる。都会とは違い雑多なものを含んでいない清涼な空気が装甲に斬り割かれ、つむじ風となって巨人の軌跡を追うように吹き荒れた。
「…………!」
何故、
疑問が脳味噌から溢れそうだが……時緒は頭を振って目の前の事に集中する。
今、自分の使命はエムレイガと
「征きます!師匠!!」
『はいはい。いつでもおいで』
通信機から聞こえる正直の声はとても溌剌としていた。
スクリーンに映るエムレイガも、背後に手を組んだ、何処までもリラックスしきった風体で微動だにしない。
「胸!借ります!!」
『はいはい』
エクスレイガは模擬戦用のナックルガードを装着し、更に疾走、加速!
凝縮して躯体に纏わりつく空気の層を突き破ってエクスレイガは跳躍、エムレイガの丸腰の顔面目掛け鉄拳を撃ち放つ。
研ぎ澄まされた、エクスレイガの右ストレートが、エムレイガのバイザーフェイスに炸裂……
『……良いね』
……しなかった。
『踏み込みが良く出来てる。パワーの配分も申し分ない』
エクスレイガの拳を、エムレイガはーー
さりげなく、そして力強く。
その証に、拳を掴まれたエクスレイガはーー時緒は押すことも、引くことも出来ない。
『ただ…………』
「……っ!?」
エムレイガがやっと拳を離した。
すかさずエクスレイガは攻撃に転ずる!
打撃!打撃!打撃!打撃!打撃!打撃!
息継ぐ暇の無いパンチの
しかし、エムレイガはその拳の怒涛をいとも容易くいなしていく。
しかも、片手で……!
『相変わらず……』
エクスレイガの連撃を、エムレイガはその終始を相殺する。拳と掌が克ち合う度、稲光にも似た衝撃波が、二騎を中心に浄土平の荒野を奔った。
ーーしかし、次の瞬間。
エクスレイガの拳に、エムレイガの腕が絡み付いた。
「え……っ!?」
気が付けば時緒はーー。
エクスレイガはーー。
いとも簡単に、まるで邪魔な石ころを投げ放るかのように投げ飛ばされ、宙を舞っていた。
『気迫が真っ直ぐ過ぎて見切り易いな……君は……』
****
「
イナワシロ特防隊、専用トレーラー車内。
頭部から地面へ真っ逆さまに落着するエクスレイガをモニター越しに見て、芽依子は思わず顔をしかめた。
痛そうだ。中の時緒はどうなっていることやら……。
「時緒くん!頭大丈夫ですか!?」
芽依子は通信機越しに叫んだ。
もし頭の打ち所が悪くてド
エッチな漫画しか読まない時緒が、とうとうエッチなビデオに手を出したら……。考えてしまうと芽依子は気が気でなくなってしまう。
猪苗代にド
『だ、大丈夫……!ありがとう……っ!』
すぐさま通信機から時緒の声が返って来たので、芽依子はほっと胸を撫で下ろす。
『模擬戦だってのにえげつない……!!』
がらがらと身に被った岩石を振り落とし、エクスレイガは再び立ち上がる。
そして、腰部装甲にマウントしてある、模擬戦用の強化ゴム製
『見てろ師匠!必ず一矢報いてやるからな……!!』
頭に血が昇った時緒の声色に、横に居たオペレーターのキャスリン・バーグから、そしてメディカルチェック担当として同席した医師の
「……無理しないでくださいよ?あくまで模擬戦ですからね」
『たかが模擬戦!されど模擬戦!…………あ!今師匠!笑いましたね!?』
『笑ってないよ…………ははっ!』
『ほーーら笑った!今に見てて下さいよ!?』
時緒の言い方に、もう……芽依子も苦笑せざるを得ない。
エクスレイガが模擬戦用ブレードを大胆不敵に構える。
『師匠!なんで師匠がエムレイガ乗ってるかなんてもうどうでも良い!芽依姉さんにシゴかれ……シーヴァンさん逹相手に戦い抜いて来た僕の熱血……見せてやる!!』
『おお言ったね……?そう来なきゃ……!』
愉快そうに肩部装甲を震わせながら、エムレイガも腰の模擬戦用ブレードを引き抜く。
吾妻山の山際から、顔を覗かせ始めた朝陽が、エクスレイガとエムレイガ、相対する二騎の巨人を、眩い乳白色の光の中へと包んでいくーー。
「………………」
無茶はしないで。
だけど、その心のままに戦って。
朝陽に目を細めながら、芽依子は時緒を想って微笑んだ。
****
「うゅ〜…、すっきり……したのョ〜」
裏磐梯、ペンション【きたかわ】。
現在捕虜生活中のルーリア銀河帝国第二皇女、ティセリア・コゥン・ルーリアは、トイレの水を流しながら大きな欠伸を一つした。
昨日食べたお好み焼きの香りが微かに残るリビング。そのカーテンの隙間から、庭木を透過して淡く和らいだ朝陽が漏れて伸び、ティセリアの足下を僅かに照らしている。
玄関の下駄箱上の置き時計を見ると、朝の四時半ちょうど。
起きるにはまだ早いと思ったティセリアは、リースンが未だ寝ている寝室へ向かおうとして……
「……うゅ?」
ふと、足を止めた。
ティセリアとリースンの部屋とは廊下を挟んで反対側。ラヴィーが使用している部屋が開いていることに気付いたのだ。
室内を覗いてみると、ラヴィーの姿は影も形も無い。ベッド上の布団は綺麗に畳まれている。
はて?ティセリアは寝呆け頭で記憶を辿る。
『ティセリア様!?ティセリア様!?起きてください!』
寝ている間、ラヴィーに起こされたような……?
…………。
……。
『起きてください!トキオが模擬戦するって言ってたでしょ?"トキオ観に行くうゅ〜〜ん!"って言ってたじゃないですか!?』
『…………うぎーー…………ラヴィーうるしゃい〜〜…………ねむいのョ〜〜……トキオなんかどーでもいーのョ……ねるのョ〜〜』
『…………はぁ。じゃあ僕行きますよ?後悔しても知りませんからね?ちゃんと僕起こしましたからね!?』
『………………うぃ〜〜…………いってらうゅ〜〜ん…………』
……。
…………。
…………はて?
どれだけ思い出そうとしても思い出せない。
ラヴィーは何故自分を起こそうとしたのか……?
「…………ふあぅ〜〜〜〜…………」
再び睡魔に見舞われたティセリアは、尻尾の付け根をぼりぼり掻きながら、リースンの歯ぎしりが聞こえる寝室へと入っていった……。
数時間後、思い切り後悔する事なぞ、露知らず……。
続く
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