第6話
3日後。
土曜日。
北が指定してきたのは、公園から15分程北東に向かったところにあるショッピングモールの駐車場だった。
8時30分。
柏と馬橋は既に、駐車場に来ていた。
「北さん。今度はどんな手で来るんでしょうかね。ここを指定してきたってことは、何か仕掛けがあるんじゃないかと僕は思うんですけどね」
「さあ、どうかなあ……」
柏は北がどのような手でくるのか楽しんでいるふしさえあった。
「ところで馬橋君」
「なんです?部長」
「その手に持ってるのは、なんなの?」
馬橋の右手にはアルミケースがぶら下がっていた。
「フフフ。秘密兵器ってやつですよ。部長。今日の僕は一味違いますよ。いつまでもへたれ馬橋じゃないってことを証明してみせますよ」
「ふうん?」
柏はあまり深く追求することはせず、紙パックの牛乳をゴクゴクと飲んだ。
そして午後9時。
駐車場に眩しい光が飛び込んできた。
自転車のライトだった。乗っているのはもちろん、ナインレーサーとしての迷彩服に身を包んだ北だった。正体がばれているためか、もうサングラスはかけていない。
自転車を降りた北は右腕を伸ばすと、人差し指を柏に突きつけた。
「今日こそ、決着をつけるわよ。柏君」
「ま、同じラジコン愛好家として楽しくやろうよ」
「楽しく……?くく、あはは」
柏の言葉を聴いた北が笑いだした。
「なんだ。部長に対して失礼じゃないか」
馬橋が怒りながら言った。
北が馬橋をぎろっと睨んだ。
馬橋は柏の後ろにこそこそと隠れた。
「“楽しく”なんて勝負の世界にありえないわ。勝負の世界には勝つか、負けるか。これしかないわ」
北は自転車のカゴから、黒いケースを降ろすと、愛機の黒いボディのマシンを取り出した。
「さあ、勝負よ」
北と柏が睨みあう。
だが以外な人物が二人の間に割って入った。
「待て!」
声を上げたのは馬橋だった。
「どうした?馬橋クン」
ついさっきまで柏の後ろに隠れていた馬橋が、ここに来ていつになく積極的な態度を示したことに柏は驚いていた。
「部長。僭越ながら先にこの馬橋太郎に行かせて下さい」
柏はこのような馬橋を見るのは初めてだった。
「どうしたんだい?馬橋君。そんな事言うなんて君のキャラじゃないぜ」
「部長。いつもはヘタレキャラな僕ですけど、今日ばかりは違います。桜高校RC研の一員として、北さん…いや!ナインレーサーを倒してみせます」
「馬橋クン……」
馬橋はじっと北を睨んだ。
「部長と勝負したいのなら、まずこの僕に買ってからにしろ」
そして馬橋は持っていたアルミケース開けた。
そのアルミケースの中には、キンキラキンにゴールドの光沢、さらに流行りのアイドルの顔写真がボディにびっしりと貼られた悪趣味極まるものだった。
「馬橋君。それは……」
絶句する柏に対して馬橋がにやりと笑った。
「馬橋“マッハ”3号です部長!」
「完成していたのか……、3号が……」
強烈すぎるインパクトに柏もそれだけ言うのが精一杯だった。
北はそのマシンを見た突端、露骨に顔をしかめた。
「な……なんだ、その痛いマシンは……」
「い、痛いことあるもんか。僕の趣味を全開にしたマシンだ。とにかく部長と戦う前に僕と勝負しろっ。もし僕が負けたら、このマシンを持っていくがいいさ」
馬橋は馬橋“マッハ”3号を高らかに掲げた。
北はやれやれ、と肩をすくめてから首を左右に振った。
「そんな痛いマシン欲しくないから。……それに今度の勝負はマシンを懸けるわけじゃないよ。負けた方は自分の持っているマシンを失うことになるから」
「ど…どういうことだ?」
謎めいた北の発言に馬橋は身構えた。
「ついてきて。そうすれば分かるよ」
北は二人を先導して歩いていった。
それまで風が吹き涼しかった駐車場だったが、北の後に駐車場の角を曲がると、熱気が柏と馬橋を襲った。
おかしいと思っていた二人だが、理由はすぐにわかった。
「う……」
「これは……」
柏も馬橋も声を失った。
二人の前に出てきたのは、火がくべられたドラム缶が10個ずつ向かいあって置いてあるものだった。ドラム缶の間には橋がかけられていた。
「どう?決着を着けるのにふさわしいと思って私が準備したファイアーコースよ」
二人の驚いた反応に満足したのか北は嬉しそうに言った。
「こ……このコースは……」
間違いなく、この橋を通って一周するということだろう。
だが、橋で運転操作を一つ誤ってしまえば、マシンは炎に包まれてしまうことになる。
「馬橋君。やめておけ。君の大事なマッハ号が、黒こげになってしまうぞ」
唇をぎゅっとかんでから言った。
「いえ。部長、行きます」
「それじゃあ、さっそく勝負よ。メガネ見ての通りだけど一応説明しておくわ。あの渡ってスタート地点に戻ってきて、先に5週した方が勝ちよ」
「ああ、わかった」
馬橋“マッハ”3号と北のマシンがスタート位置に並ぶ。
「柏。スタートの合図をしてもらってもいい?」
北に促されて、柏は「スタートッ」と叫んだ。
2台のマシンが疾走する。
以外な事に先に橋に到達したのは、マッハ3号だった。
「よしっ」
馬橋は握りコブシを作り気合が入った。
どうだっとばかりに馬橋は北を見た。
だが、北は余裕の表情だった。
「ふんっ。せいぜい今のうちに余裕ぶっこいていればいいさ。言っとくけど、部長にも負けて、僕にも負けたらもうナインレーサーの名前は封印してもらうからな」
坂を上りきったマッハ3号。
北のマシンはようやく入り口の坂を上ろうとしているところだった。
ようし、序盤にリードしてそのまま逃げ切ってやる。
勢いに乗る馬橋はガンガンマッハ3号を走らせた。
冷静にレースを見ていた柏が声を上げた。
「馬橋君。油断するなっ!その橋は先が短くなっているぞっ」
「えっ?」
柏に言われて、馬橋は橋の先に目をやった。
するとマシン2台分の幅があった橋が、半分を過ぎたところから段々狭まっていき、橋の出口の下り坂の前では一台分の幅しかない事がわかった。
これはまずい。慎重に進めていかないと、落っこちてしまう。
馬橋はスピードを落とし始めた。
北がにやりと笑った。
これこそ北が望んでいた展開だった。
「かかったわね。メガネ」
「え?」
それまでマッハ3号ばかりを見ていた馬橋が、背後に目をやった。
背後からは北のマシンが猛追してきていた。
「く、くそっ」
このまま激突されては…。
馬橋は少しでも早く橋から出ようとした。
「うわあっ」
体勢が崩れたマッハ3号はあわれ、ドラム缶の炎の中に転落してしまった。
「ぼ…僕のマッハ3号があ…」
馬橋にとって命の次に大切なアイドル達が貼られたボディを持つ、マシンがなくなってしまったのだ。ショックは相当なものだった。
馬橋は膝から崩れ落ちた。
「あははっ。」
北は高らかに笑った。
「そんな悪趣味なマシン、燃えて当然だわ。あははっ」
「くそお……」
悔しそうに唇をかみしめる馬橋を見て、柏の態度が変わった。
「北君」
「なによ?」
「真剣に戦った相手を笑い飛ばすのは……失礼だな」
それまで、ひょうひょとしていた柏が北を睨みつけた。
その勢いに一瞬、北は押されそうになった。
「う、うるさいっ。次はお前の番だ。さっさと支度をしろっ」
柏は服ポケットから白縁のゴーグルを取り出した。
「あれは……!」
馬橋の顔色が変わった。
部長が本気になるつもりだ。
柏はゆっくりとゴーグルをはめた。そしてふう、と一回深呼吸をした。
「なんだそれは?今からスキーでも始めるつもりか?」
馬橋に勝ったことで勢いにのる北が軽口を叩いた。だが、柏の口から思いもよらない反応があった。
「やかましいっ」
「え……」
今まで温和だった柏の言葉使いが、ゴーグルをかけた途端突然かわった刺々しく、攻撃的なものになった。
「な……なんだこいつ……」
北はめんくらった。
柏は構わず北に向かって中指を突き立てると叫んだ。
「てめえ、絶対ぶっ潰してやるから、覚悟しろよ。コノヤロー!」
戸惑う北の背後から、馬橋が言った。
「驚いたでしょう?柏先輩はあのゴーグルをかける事によって、完全に自分の世界へとトリップしてしまうんです。最近あまりあの姿を見ることもなかったんですけど、どうやら北さんのせいで本気の部長が見られそうです」
柏の目は完全にいってしまっている。
「ほらほらっ。早くしろよ、おらっ」
「ふんっ。そんな威圧になんか私はのらないぞ。ゴーグルをかけただけで、人格が変わるなんてそんな漫画みたいな展開に……!」
こんなふざけた奴に負けるわけにはいかない。
私は走れるんだ……!
誰よりも早く!
この間負けたのは偶然だ。
今日こそ勝利してリベンジするんだ。
「始めましょう」と北が言った。
スタート地点に2台のマシンが並ぶ。
公園で戦った時と同じように、黒と白の対照的なボディの色の2台のマシンが並んだ。
「スタートッ」
馬橋の合図と共に2台が同時にスタートした。
先をいくのは、北の黒いマシンだった。
坂を上り、橋に差し掛かるとそのすぐ後に柏のマシンが続いた。
「部長!チャンスですよ。橋の出口は狭くなっていますっ!北さんもスピードを落とさないといけませんっ!そこを狙えば……!」
馬橋が興奮しながら言った。
それを聞いた北がふん、と笑った。
「出来るものならやってみればいい。ただ私も簡単には落とされないよ」
だが柏は予想外の反応をみせた。
「馬橋い!」
柏が叫んだ。
「は、はい部長!」
馬橋が直立不動の姿勢になった。
「おめー。俺とどれだけつるんでるんだ!?コラ、タコ!」
「はっ。半年になります部長!」
「そしたら俺がそんなことをする性格かどうか、分かそうなもんだけどなコラ、タコ!」
「はっ!すいませんっ」
馬橋が柏に対して敬礼した。
「……というわけで。お前」
「お前?」
失礼なのはどっちだと北は言いたくなった。
「お前が先をいこうが俺は突き落としたりする真似はしねえ。何故だかわかるか?そんな必要がないからだよ」
「なんですって?」
「それにそんな簡単に終わったら面白くないからな」
「本当によく動く口ね。いつまでその自信が続くか見ものだわ」
ベラベラと柏がしゃべっている間に、2台のマシンの差はどんどん開いていってしまう。
だが、柏は一向にあせる気配がない。
むしろその差を楽しんでいるような気配さえあった。
2週目、3週目と回っても距離は開いたままだった。
「さっきまでの威勢のよさはどうしたんだの?まだメガネの方がやる気があったわよ」
北の言葉に柏は気にする風でもなく、肩をすくめるだけだった。
4週目もそのままで、遂にファイナルラップ、5週目に突入した。
「ねえ柏君。このまま続けるの。もう勝負は決まったようなもんじゃない?」と北が言った。
ここで柏の目がギラリと光った。
「ざっけんな。こっからが本番じゃねえか」
北はそれをただの強がりにしか聞こえなかった。
「あっそ。私、あなたの事をライバルだと思っていたけど、どうやら私の買いかぶりだったみたいね。これでもう終わりにするわ」
北のマシンが最後の橋へと向かった。
「部長~……」
柏を信頼している馬橋だったが、さすがに心配になってきた。
柏が馬橋に向かって、歯を見せながらニカッと笑った。
「見えたぜっ!!」
柏のマシンが急に加速をした。
北のマシンは坂を上り橋に差し掛かったところだった。
北は柏を軽蔑する目で見た。
「ふんっ。えらそうなこと言ってたわりには、やっぱり私のマシンを突き落とそうっていうのね。あなたはそういう男だったのね。どうぞ、やってみたらいい」
北は既に対策を考えていた。
柏がマシンを追突させようとしてきたなら、北もマシンをバックさせて逆に橋から落としてしまうつもりだった。
(来てみるがいい。これで終わりだよ……!)
柏のマシンが次第に距離をつめていく。
北のマシンが橋の中盤まで来た。ここから先はマシン一台分が通れるだけの幅しかない。
柏のマシンが北のマシンに激突しようという時だった。
柏がにやりと笑った。
「勘違いするんじゃねえぜ」と柏が言った。
「この加速はお前のマシンにぶつけて落とすためじゃない。お前のマシンを追い抜くためのものだっ」
「なにっ!?」
柏のマシンは北の予想もしなかった動きを始めた。
北のマシンに追突するのではなく、横にまわりはじめたのだ。
「そ……そんな、まさか」
まさにギリギリのバランスだった。
2台分通れる橋の半分にだけ、ボディをもう半分を中に浮かせたまま走り、遂に北のマシンの前へと周りこんだ。
馬橋が両手をバンザイさせて喜んだ。
「ぶ……部長!これで部長の勝利は決まったようなものですね!」
北の額から汗が流れた。
「こ…こんな、馬鹿な。まぐれ……。偶然だ……!」
「へっ!」
柏が北をにらみつけた。
「まぐれ?偶然?馬鹿かっ!俺は4週目までずっとタイミングを測っていたんだ。そしてようやくチャンスが訪れたってわけさ。一つの方向しか見えていなかったお前の負けさ」
北ががっくりと膝を落とした。
プロポも地面に転がった。
それは北の敗北を意味していた。
「負けた……。私が2度も……」
北はうなだれるばかりだった。
「いくぞ。馬橋」と柏が言った。
「いいんですか?部長。このまま放っておいて」
「あいつは強い女だ。すぐにまた立ち上がってくるさ」
「相変わらず、部長は熱血ですね」
にこっと笑って馬橋が言った。
「へっ。やめろよ」
柏がゴーグルを外した。
途端にそれまでつり上がっていた眉と目がたらんとたれた。
「馬橋君。君のマッハ3号駄目になっちゃってごめんね」
柏はしきりに申し訳なさそうに言った。
馬橋が頭を振った。
「大丈夫ですよ、部長!既にマッハ4号の構想が僕の中になりますから。マッハ4号はすごいですよ、まあ、確実に大会に出れないマシンなんですけどね」
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