第7話 who are you

「お兄ちゃん、クラスの人だよ。しかも、女の子。彼女、彼女?」


「なんだ、プリントか」


「そんなわけないよ。いま、お昼だよ。やっぱり、彼女、彼女なの。献身的な彼女が心配になって」


 そういうのは、マンガの中の世界だけだ。だいたい病気の時は、看病されても困る。移すと悪いし。

 ただ病人は静かに過ごすのみ。


「あ、呼んでくるね。待たせてるから」


 床を歩く音がする。

 妹と違う足音。

 ドアが開く。


「お、お邪魔、しまーす」


 緊張感のあるくぐもった声。


「き、北川。え、えっ?」


 あれ、どうせ、また勇者にしぶしぶ連れられてきた羽鳥が来るものだと。そして、また、文句でも言われるものだと。

 妹、なぜ、北川と伝えてくれなかった。

 それだったら、もっと、せめて髪とか整えておいたのに。


「き、北川が。どうして」


「どうして? 羽鳥さんに、替わりに行ってほしいって頼まれたから。恥ずかしがり屋なのかな」


 羽鳥。

 グッジョブ。だが、先に、こっちに連絡をしておいて欲しかった。

 心臓がバクバクいってる。


「でも、まさか、お昼に行って欲しいと言われるとは思わなかったなぁ。あっ、昼休みが終わる前には戻るからね。これ、ゼリーとバナナとリンゴ。あとは、わたしの弁当」


 トートーバックから、ピンクの弁当包み。いつも北川が使っているもの。

 

「えっ」


 まさか、北川の弁当を——。


「いやいや、わたしの弁当は、わたしの分だよ。食べる時間ないから。ここで、お昼をご一緒しようかと。急がないと、授業始まっちゃうよ。——弁当、少しなら分けてあげてもいいけど」


 椅子借りるね、と言って、北川は、俺の椅子に座り、ハンカチを膝の上にのせる。

 その椅子、もう洗いません。まぁ、洗うことなんてないけど。


「羽鳥は、何か言っていたか」


「バカは風邪をひかない。どうせ仮病なんだろうけど。裸で寝たりしたんじゃない。ふふっ、悪口ばっかり。あれだよね、ケンカするほど仲がいいってやつ」


「その逆説が通用すればいいんだが」


「しないの。あんまりこじれると、元に戻らなくなるよ。からまった糸のようにね。羽鳥さんとは、長いの?」


「いや、高校時代からだよ」


「そうなんだ。なんか、もっと長い付き合いなのかと思った」


 北川は、弁当をあけて食べ始める。


「ごめんね。先に食べるね。そういえば、リンゴは、剥いた方がいい。それとも、妹さんいるし——」


「いいよいいよ。妹が、気の向くときに、剥いてくれるから」


 本当は剥いてもらいたいけど。そのまま、アルコール漬けにして、保存します。記念品として家宝にします。


「——体調、大丈夫そうだね」


「まぁ、少しは」


 本当は、カッコつけているだけだけど。

 ただ、こんなラッキーイベントを、放棄することはできない。熱になんかに負けない。





「っと、終了。早弁だね。さて、それじゃあ、ゼリー食べよっか」


「ああ」


 ん、いつのまにか時間経っていたか。

 待て、オレは至福の時間を味わうはずなのに。

 ああ、北川がゼリーのスプーンを近づけてきている。これは、なんだ、妄想か。


「大丈夫?」


「大丈夫大丈夫。なにも問題ない」


「んー、これは、じつは大丈夫ではないのでは。少しは食べた方がいいよ」


「大丈夫大丈夫、全然問題ない」


「んー、これは、やっぱり、じつは大丈夫ではないのでは。お水飲んで——、あとは、妹さんに任せたほうが良さそうかな。

 羽鳥さん、わたしがいるだけで元気出るとかいってたけど。逆効果じゃない?」


 ああ、幻影が去っていく。

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