第5話 ルック・アウト

 魔王の前世が与えてくれたものが、黒歴史だけのわけがなく、俺の運動神経が上がっていた。

 まぁ、肉体は元のままだし、魔法も使えないわけだけど。


 けど、体育の時間が楽しくはなった。

 それだけのことだけど。


 キャーキャー、女子に声援を送られたりしないメガネの運動神経悪くないクラスメイトレベル。運動できる陰キャ。


「なにそれ、ズルくない」


 バレーボールの試合を終えて、ネット越しに、羽鳥と話す。話しているくらいで、噂はされない程度の仲には、なっている。

 

「お前だって、そうだろう」


「わたしは、もともと、運動神経いいから」


「でも、以前よりキレがいいようだけど」


「成長期だから」


「それは便利な言葉だな。俺も、言い訳に使っておこう」


 げしっ、と足の裏で、蹴られる。

 そのあと、しばらくの沈黙。バレボールのスパイクの音。必死になって、ボールと戯れるクラスメイトたち。


「ねぇ、わたし、勇者の記憶しかないから分からないんだけど。こういうのって、以前の彼女とか、側室とかで、ハーレム的な展開になるんじゃないの。前世の記憶を持った他の女がやってきて。可哀想……、不憫……、最低……」


「知ってるか。魔王は、基本、女性に興味がないって。だから、安心しろ。俺は一途だ。俺の瞳は、ずっとお前だけを映し続けている」


「はっ。キモっ」


 おい、そこで、露骨な素をだすな。オレだって、言いたくはないんだよ。でも、魔王の尊厳のためにも、これぐらいは言っておいてもいいか、という。


「北川さんのこと、好きなの」


「なんだ、いきなり」


「一途で、北川さんにラブなの。ほとんど話したこともないくせに」


「そんなこと言ったら、魔王と勇者も、ほぼ一目惚れじゃないか」


「た、たしかに。男って、やっぱり可愛ければなんでもいいの。異世界も共通?」


「なんだ、お前だって十分に可愛いだろう。二目ふためで幻滅するけど」


「なにが言いたいのかな、かな」


 やめろ。拳を、かためるな。


「てか、恥ずっ。最近、思ったことが、ポロポロ出過ぎだ。この前、妹にも、キザとか言われたし」


 お兄ちゃんが、厨二病を再発したー、とか親に言いに行く始末。


「ふん。そうやって困っていれば——。ああ、あー、なんでわたしなんだろう、ホント。北川さんの前世だったら、いい感じに。いや、北川さんも、こんな男、拒否するか」


「俺の評価が、凄まじいほどに、低いことについて」


 一人でなにを納得して、解決しているんだ。


「ルックスも中、勉強も中、運動神経は並み以下。どこを、どうとれば、評価が高くなるのか、教えてほしいんだけど」


「一途だ。性格も悪くない」


「ついでに、ストーカーかつ思い込みが激しいと。無理ね。無理。逆立ちしても、釣り合わないって。北川さんと付き合うとか、身の程をわきまえてからにして」


 言いたい放題だな。めり込むように、傷つく言葉を言いやがって。全国の結構な男性を敵にしそうな言葉だ。

 たしかに、ラブコメの男とか、ほかに取り柄はないのか、と言いたくなるけども。

 だが、言わなくていいことはあるんだ。


「今は、運動神経、上がってるぞ」


「はいはい。他人の力を借りてね」


「ナンパからも助けた」


「どうせ、魔王の前世に引きられてでしょ」


 言い返せない。困った。

 でも、今更、何かをしても、全部、魔王のおかげと判断されそうだなぁ。

 あれ、なんで、こんなどうでもいいことを。

 こいつの評価なんて、低かろうが高かろうが、どうでもいいのに。


「ねぇ、わたし、フィーナのせいか。あなたに視線がいくのよ。女子の体操服に、変な視線を向けないでくれる」


「被害妄想だ」


「北川さんの方をチラチラと。本当に、どこに目をやっているんだが。バレーボールは、そこじゃないわよ」


「喩えが小学生だな」


「あら、なんの喩えなのかなぁ。教えてほしいなぁ」

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