第4話 カミング・ベントー

 次の日。教室。


「なぜ、弁当を作ってきている」

「仕方ないじゃない。朝起きたら、弁当が、あったのよっ!!」


 そんな現象は聞いたこともない。気づいたら好きなっていたぐらいありえない。

 全く、前世にコントロールされるとは愚かなものだ。


「なんで、あなたはその弁当を離さないの」

「一つは俺のものだろう」

「ち、ちがっーー」


「あれ、お弁当。やっぱり付き合ってーー」


 席に近寄ってきた北川の声。


「断じて違う」

「ありえないこと言わないで」


 即答で、否定した。


「この弁当は、あれだ。そうだ、ナンパを撃退したお礼。それ以上でも以下でもない」


「ええ、そうよ。隠し味に愛情とか入れてないから。お礼純度100パーセント」


「そっかー。そっかー」


 北川が離れていく。邪魔しないように、という気遣いに見える。

 確実に、誤解が解けていない。二人は否定し合いながらも、実は好き同士と思われてそうだ。


 それは困る。

 だいたい、なぜ弁当なんて、恋人アイテムを持ってくる。

 せめて、ちょっとした手作りお菓子程度にしておけばいいものを。いきなり投げるには、強すぎるご褒美だろう。


「まずは胃袋。まずは胃袋。まずは胃袋——」


 おい。聞こえているぞ。

 それはなんだ。

 まさか毒物でも入れているのか。それとも、胃袋から落としにかかれという愛の教訓か。


「おい、羽鳥、しっかりしろ」


「あれ、わたし、何か言ってた」


「お前、乗っ取られてないよな。まだ、正気だよな」


「当たり前でしょ。わたしは、いつだって、わたしよ」


「弁当を気づいたら、作っているのに……」


「……ちょっとだけヤバいかも」


 こっちは魔王をほぼ抑え込んでいるのに。いや、それほど、困難でもないけど。勇者の方が人格への影響がでかいのか。それとも——。


「羽鳥。お前、勇者に共感したり同情したりしているのか」


「え、それはー、まぁ、少しはね。だって、可哀想じゃない。それに可愛いし。勇者って、母性そそられるよね。分かる。分かるよね。だってさ、魔王だって、愛くるしい勇者に落ちたわけだし。ベリーキュートっ。もう最高に可愛いの」


 ダメだ。羽鳥が壊れてる。

 一ヶ月半の間に、勇者への愛着が芽生えてしまっているようだ。まぁ、勇者は同い年ぐらいだからなぁ。

 魔王の場合は、人間や魔族と戦争してばかりで、血生臭いし、長生きしすぎで人生に飽きている感じが多くて。

 なんというか、価値観が違いすぎて。万能イケメン、ふざけるなっ、みたいな反感しか持てない。


「ねぇ、わたし、この子に、人生、あげてもいい……かもみたいな」


「いいわけないだろう。即落ち2コマか、揃いも揃って」


 勇者も羽鳥も、簡単に籠絡されすぎだ。もう少し踏ん張れよ、こっちが心配になる。


「即落ち2コマ?」


「いや、なんでもない」


「うわぁ。ぜったい、ヤバい単語だ。顔赤いし。やっぱり、ちょっとダメかも。わたしの身体が、変態を受け付けない。ぞわぞわする。ごめん、忘れて。わたし、勇者は好きだけど。無理っ。相手が無理っ。生理的に受け付けない。ちょっと、もう一回生まれ変わってくれる?」

 

 悪かったな。変態で。

 ただ、意思はしっかり持っていてくれよ。お前だって、ほかに好きなやつとかいるだろうし。

 そして、もう少しオブラートに包んで拒否をしろ。露骨にすぎるんだよ。

 泣くぞ。酷いこと言われたって、先生に泣きついてくるぞ。



 弁当が美味かったから、許しました。

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