第6話
「それにしても、これならあたしがサクッと階層穴を見つけてくるのが速いね! リーヒアはここで二人を守りながら周囲の警戒してて!」
「わかりました。気をつけてくださいね、ナリア」
「もちろん!」
トンッと地を蹴る音が響いた。シェリフが理解できたのはそこまで。
気がつけば僅かな砂埃だけを残してナリアの姿はなくなっていた。
「たしかに速くなってるんですね。私の目でもナリアを見失いかけました」
感心したようにリーヒアは魔境の奥を見つめる。
そちらにナリアが向かったのだろうかとシェリフは視線を辿り、そこで改めて魔境の姿を確認した。
「洞窟型ですからね。迷ってないといいですが」
シェリフ達が訪れた魔境は岩をあちこちに掘り進めたような洞窟だった。
魔境は魔素によって書き換えられた土地だと言われており、その姿は多種多様だ。
洞窟型や草原型、森林型に砂漠型など自然に似た魔境は比較的多いとされる。特殊な物では見渡す限りの水や足場のない空、そして現在の建築技術では再現不能な建造物群のような魔境も存在していた。
それらの中で洞窟型の特徴と言えば、道の複雑さと視界の悪さだ。
「ナリアなら大丈夫ですよ。方向感覚は抜群ですし、速いですからね。きっと、そろそろ」
「ただいまー! 見つけてきたよ!」
「この通りです」
すこし自慢げな笑みを浮かべてリーヒアはナリアを手で示す。するとぱちくりと瞳を瞬かせてナリアは首を傾げた。
「よくわからないけど、行こ! この調子で一気に七層だ!」
シェリフ達はナリアに連れられて洞窟を進む。たまに落ちている魔物の死体は、馬車に轢かれたようにぐしゃぐしゃになっていた。
「ごめんね。勢いで魔物倒しちゃったから素材回収は無理そう。まぁ、それも七層でのお楽しみってことで!」
無邪気に笑うナリアの後を追い、シェリフ達は階層穴へと辿り着いた。そこは洞窟に掘られた道の最奥だ。本来ならば行き止まりだろうその場所に、入ってきた時の綻びにも似た空間の亀裂が生まれていた。
亀裂からは奥を見ることが可能で、ある程度の安全確認ができる。階層穴は綻びと違い安定しているのだ。
「安全そうだし潜っちゃおうか」
ナリアの声と共に、皆で階層穴を抜ける。確認した通り、二層に開いた階層穴周りも大きな危険はなかった。
「それじゃ、今と同じ感じで七層まで行ってみよー!」
「はい!」
明るく響くナリアの声にシェリフは律儀に相槌を返す。
それから魔境であることも忘れそうなほど安定した探索により、ほどなくしてナリア達は怪我一つなく七層へと辿り着いていた。
***
「さて、ここまで来たらサニャちゃんとシェリフくんの出番だね。リーヒア、魔物の位置は?」
「……右側の通路に一体。左側の通路は少なくとも近くに魔物はいませんね」
周囲の音に耳を傾けたリーヒアは目の前に広がる別れ道の先に伝わる物音を聞き取った。それは狩人が持つ技能の一つ、魔物探知だ。
「それならまずはサニャかな。一体魔物を倒してみて!」
「ん……。わかった」
サニャが小さく頷き、手ぶらのままに前に出た。
魔素の循環により魔術を生み出す術師にとって、装備品は基本的に循環の邪魔になる不純物なのだ。
「おいで……」
右側の通路に進み、魔物の前に無防備な姿を晒す。
サニャは戦いが得意でない自覚はあったが、同時に自分の実力も把握していた。
成長度換算十の魔物ならば問題なく渡り合える自信があったのだ。
『----!』
魔物の咆哮が響く。そこにいたのは黒に塗り潰されたような毛並みの狼だった。
魔物を見つめたサニャは大きく息を吸い、手を差し出す。その手の先に現れたのは本から破ったような数枚の紙。周囲を漂いながら舞う紙は文字で埋め尽くされている。サニャはその一節を指でなぞった。
「《重唱》『謳うは巌の散歩道』」
独特な発声の音がサニャの口から響く。それと同時に指でなぞった一節に魔素が流れこみ、光を灯した。その光が鼓動するように瞬くと、紙から音が響いてサニャの声を繰り返し響かせた。
歌にも似たそれは賢者特有の言語。世界の機構に直接手を加えるための儀式だ。
「『流星夢見る地の足掻き』」
次の一節に新たな光を灯し、サニャの声がもう一つ重なる。続けて紙に指を走らせていくサニャに魔物が飛びかかった。
「ん……。『重みも忘れて空に舞え』」
ひらりと攻撃を避けたサニャは詠唱を途切れさせることなくすれ違いに魔物を蹴り上げる。
「『落ちろ全てを押し潰し』」
詠唱が重なるにつれ音に乗った魔素が編まれるように集約する。
サニャは魔物を視界に捉え、目を細めた。
「……《
機を見計らい放たれた最後の一言。編まれた魔素に方向性が与えられ、儀式は完成する。光が集まり積み重ねられた詠唱は一つの現象へと至った。
何処からともなく空中に現れた巨大な岩が勢いよく落下し、魔物を押し潰したのだ。
「ん……。こんな、感じ」
潰れた魔物を一瞥してナリア達に振り返ったサニャが、指を二本立てて微笑んだ。
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