第7話

「うんうん、問題なく倒せたね! リーヒアから見て、対応成長度はどれぐらいだった?」


 ナリアはにこりと花の咲くような笑顔を浮かべて二本の指をサニャに立て返し、リーヒアにちらと視線を移した。


「これなら二十はいけますね。重唱魔術も過不足なかったですし、なにより種族のおかげもあって身のこなしがいいです。対一で戦うのであれば私より優秀でしょうね」


「おー、リーヒアが言うならそうなんだろうね。よし! じゃあ次はシェリフくんだ!」


 ナリアは感心したようにサニャを見つめて小さく頷いた。そしてその視線は滑るようにシェリフへと移動する。


「本当に僕も戦うんですか? 戦闘用の技能もありませんけど……」


 ナリアの期待の視線を受けてシェリフは苦笑いを浮かべた。戦った経験も方法もないシェリフにとって、戦闘は避けるべき物でしかないのだ。


「もちろん! そもそも戦闘用の技能がないなんてありえないからね。戦職だよ? 戦うための職なんだから、戦闘技能はあって当然!」


 ナリアはビシッとシェリフに指を突きつけて真剣な表情をした。


「だから、それが何かを見つけてあげる! というわけでさっそく、『戦闘態勢について』! 《指令オーダー》!」


 剣を掲げたナリアから明確な指令が発せられる。それは本来ならばただの言葉。だがそれを勇者が放つことで意味は大きく変わる。


 勇者の放つ指令は、対象を指令に適応した状態に強化するのだ。


「これは……。変な感じですね」


 初めて受けた戦闘指令にシェリフは眉を寄せた。


 まず感じたのは純粋な身体の強化。それはまだいい。続いて起きた変化がシェリフにとっては想定外だった。


 それは技能の強化だ。調理のために使用するはずの解体技能が強化されているのをシェリフは感じ取っていた。


「たしかに解体技能なら戦闘に使えなくもないですけど……。素材がダメになりますよ?」


「シェリフくんが倒す分の素材くらい気にしないで大丈夫! とりあえずそれで戦ってみようか!」


「ナリア、この先進んだところに一匹の魔物がいますよ」


「じゃあ、それで!」


 ビシッと洞窟の先を指差してナリアはシェリフを見つめた。


 君なら大丈夫だと言外に伝えるように元気な笑みを浮かべているナリアと視線を交わして、シェリフは深く呼吸をする。


「戦わないと……。戦えないと、ダメなんだ」


 自分が追放された原因を思い出してシェリフは覚悟を固めた。冒険鞄から調理師の唯一の武器となる包丁を取り出し、構える。


 魔物に向かうとシェリフは一歩を踏み出した。

 

 まさにその時のことだ。


「待って……。魔素が、おかし--」


 誰よりも先に異常に気がついたサニャの言葉がそこで途切れた。


 その原因は、唸るような地響きを伴った地面の揺れ。


 あまりに濃い魔素が周囲に満ちる感覚に思わずサニャが口を押さえて倒れこんだ。


「気持ち、悪い……」


「これは、嘘でしょう……? そんな馬鹿は話が! また、また私は!」


 魔素に関する感覚が強いサニャとリーヒアが途端に冷静さを失った。その様子と既視感に、ナリアとシェリフも少し遅れて何が起きているかを把握する。


 魔境の誕生。かつて故郷を奪われた記憶と結びついた感覚が、その発生を確信させた。


「落ち着いて、リーヒア!」


「サニャも、大丈夫だから」


 ナリアはリーヒアに、シェリフはサニャに駆け寄る。異常事態においては冷静さを保つことが何より大切だと二人は知っていたのだ。


「シェリフ、怖い……よ」


「大丈夫。僕も、ナリアさん達もいるから」


 身体を震わせるサニャの背中をシェリフは優しく撫でる。


 顔を上げたサニャは縋るようにシェリフにしがみついた。


「魔境内に魔境が誕生するなんて、ここ数十年もなかったはずなんです! ナリア! どうして私はこんな!」


「うん、そうだね。あたし達は不幸だよ。でも、大丈夫。あたし達、強くなったでしょ?」


 半狂乱のリーヒアに優しく微笑みかけたナリアは剣を掲げる。


 幼く見える姿ながらに揺らがない信念の滲むその風貌は、人々の勇気の源。まさに勇者そのものだった。


「ナリア……。そう、ですね。ごめんなさい。私達が、シェリフさん達を守らないといけないのに」


 動揺はまだ抜けきっていないものの多少の落ち着きを取り戻したリーヒアがナリアと強く手を繋ぎ、シェリフの方へと顔を向ける。


 その間にも辺りに満ちる魔素が集約し、今にも爆発しそうになっていた。


「シェリフさん、おそらく私達は新たな魔境に飲まれます。できるだけ側に寄ってください。その後の話は、飲まれてからです!」


 その声に、シェリフはしがみつくサニャを連れてリーヒアまで向かう。ナリアもまたリーヒアの手を握ったままにシェリフに駆けた。


 揺れる地面に足を取られながら必死に歩き、シェリフはナリアへと手を伸ばす。


 跳んだナリアの手がシェリフの手まで伸び、触れ合った。


 まさにその瞬間、集まった魔素が爆発するように光に変わり洞窟を埋め尽くす。見る間に光に取りこまれたシェリフの視界で、絵を描くように世界が塗り替えられた。

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