第3話

 協会にいた探索者達の視線がシェリフに向けられる。今最も勢いのある探索者のナリアに勧誘された人物に探索者達は興味津々だったのだ。


「凄いじゃないですか、シェリフさん! あの十二夜灯に勧誘されるなんて!」


 レーセがシェリフの背後で興奮した声を響かせる。この街の探索者協会で注目を集めるナリアの一派に入れば、探索者生活もしばらくは安泰だ。


 しかし周囲の興奮とは裏腹に、シェリフは少し困ったように苦笑いを浮かべていた。


「そう、ですね……。その、ナリアさん。僕なんかが貴女の一派に入ってもいいんですか?」


 シェリフが素直に喜べなかった理由は簡単。役立たずと言われて追放されたばかりだからだ。


 このままナリアの一派に入っても結局捨てられるのではないかという思いが拭いきれなかった。


「僕なんか、じゃないよ! 魔境に入るのを躊躇わない調理師がどれだけ貴重なことか!」


「そうかもしれませんけど、活躍できるとは限りませんよ?」


「いいや、活躍できるよ。あたしが勇者として率いるんだもん。あたしが君を活躍させるの」


 揺るぎのない声だった。


 活躍できるかどうかではなく、活躍をさせる。それは統率者としての技能を持つ勇者ならではの言葉だった。


 ここまで言われてしまえば、シェリフに言い返せる言葉はない。


「ひとまず仮であたしの一派に入ってみてよ。一度一緒に魔境に行って、あたし達の方針を見てから残るかどうか決めて欲しいな」


 そこまで言ってナリアは無邪気に笑った。


 シェリフから見て、少なくともナリアは悪い人ではない。入る一派を探していたのも事実だ。


 仮ならば入ってみるのもいいかもしれない。そう思いながら、一つだけシェリフは気にしていることがあった。それは、サニャがナリアの一派に入れるのかどうかだ。


「わかりました。でも入る前に一つ聞きたいんですが、僕と一緒にサニャを入れることはできますか?」


「サニャ……。ええと、一緒にいる猫人のことだよね。サニャちゃんの戦職は何?」


 ナリアは首をこくりと傾げてサニャを見つめる。


 その視線を受け、人見知りのサニャは小さく身体を震わせながらシェリフの後ろに隠れた。


「わたしの戦職は、賢者」


「賢者かー。賢者はもういるけど……」


 少し困ったように眉根を寄せて、ナリアは何か考えるように斜め上を見上げる。


 ナリアを困らせたいとはシェリフも思っていなかった。だが、サニャが入れないならばシェリフが一派に入ることはない。それがシェリフと一緒に一派を抜けてくれたサニャに対する義理というものだ。


 唸りながら考えるナリアを見つめて、これ以上悩ませることもないだろうと考えたシェリフは勧誘を断ることに決めた。


「無理を言ってすみません。やっぱり、この話はなかったことに--」


 そこまで言ったシェリフの口が、サニャの手によって塞がれる。


「シェリフ、だめ」


 口を塞がれながら振り向くと、サニャは小さく首を横に振っていた。細められた目と少し吊り上がった眉。それは、怒ったときの表情だ。


「ナリアの一派、凄いところ……でしょ? わたしのせいで入らないのは、いや」


 薄赤い瞳を潤ませて、サニャはもう一度小さく首を横に振る。


 普段からシェリフにべったりのサニャだ。同じ一派に入りたいのだと、シェリフは聞かずともわかっていた。


 一緒にいたいはずなのに、サニャはシェリフのためを思って身を引こうとしていたのだ。


「うん、君達の仲の良さはよーくわかった! サニャちゃんが入れないとシェリフくんは来てくれないんだね?」


 見つめ合う二人を遮るようにナリアが声を響かせた。少し呆れたようにじとっとした目でシェリフを見ながらナリアは首を傾げる。


「そう、ですね」


 少し恥ずかしさを覚えながらもシェリフは頷く。何を言われようと、シェリフはサニャを放って自分だけが一派に入る気はなかった。その覚悟を胸に、シェリフはナリアを見つめ返す。


 交差するナリアとシェリフの視線。しばらくの見つめ合いの末、ナリアは小さく息を吐き出して優しく微笑んだ。


「なら、いいよ。仮でサニャちゃんも十二夜灯においで。あたしが二人とも活躍させるよ」


「いいんですか? 賢者は既に一人いるんじゃ?」


「大丈夫! あの子は狩人にもなれるから、戦職を変えてもらうよ。そうすれば一気に二人分戦職が埋まるわけだしね!」


 どうだと言わんばかりにナリアは笑顔で自信満々に無い胸を張った。


 こうして、サニャとシェリフは仮で十二夜灯に入ることになったのだ。

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