第2話
「これから、どうする……?」
魔境を抜けて今までの仲間と別れてすぐ、呆然と立ち尽くしていたシェリフにサニャが問いかけた。
シェリフを薄赤く愛らしい瞳が見上げる。その瞳に射抜かれて、シェリフは自分が一人ではないことをようやく思い出した。
「そうだなぁ。まずは探索者を続けるかどうかだけど……」
「続ける、でしょ……? それとも、食堂でも開く? わたしは、シェリフについて行く……よ」
シェリフの腕に、まさに猫のように擦りついてサニャは喉を鳴らす。その普段通りのサニャの仕草にシェリフは心の落ち着きを取り戻していた。
追放されてしまった時は絶望に沈みそうだったが、サニャと一緒ならばどうにかなりそうな気がしたのだ。
「ありがとね、サニャ」
「ん……」
感謝するようにサニャのさらさらとした白髪をシェリフは撫でた。気持ちよさそうにサニャの瞳が細められる。
幼馴染である二人の昔からのじゃれあいが、シェリフに嫌なことを忘れさせてくれた。
だが現実逃避してばかりもいられない。
「サニャもいるなら、やっぱり次の一派を探そうかな。四人の約束は果たしたいしね」
「同感。わたしも約束、守りたい……」
現実問題として生きるためには仕事をしなければならない。となれば探索者を続けるのが一番現実的だった。
調理師としてシェリフは店を開くという道もあったが、その場合のサニャの仕事が思いつかなかったというのも探索者を続ける理由の一つだ。
「でも、それこそサニャまで一緒に抜けなくても大丈夫だったのに。きっと、これから大変だよ?」
「いい、よ? わたしはシェリフと一緒なら、いい。たぶん、シーアもわたしと同じ。だから、二つに別れたのは正解だね……」
シェリフにはサニャの言いたいことがいまいち理解できなかったが、一緒に追放されたことに関しては後悔していないようで安堵した。
自分の味方をしたばかりにサニャが追放されてしまったことを、シェリフはずっと気にしていたのだ。
「それじゃ、ひとまず今回の探索分を換金しに行こうか。しばらく魔境探索できないことを考えれば、まずお金が必要だからね」
「ん……。行こ」
そうして、シェリフらは探索者協会へと向かった。
ガヤガヤとした喧騒。くらくらするような酒の匂い。探索者協会に入ってまず感じるのがそれらだ。それもそのはず、探索者になる者達は荒くれ者が多かった。
「お酒、匂いきつい」
「あはは、そうだね。僕が換金してくるから、サニャは外で待ってる?」
「大丈夫。シェリフと一緒が、いい」
「そう? じゃあ、一緒に行こうか」
一歩詰め寄るサニャに笑いかけ、シェリフは素材取引専門の受付まで向かった。
そこで待っていたのは顔馴染みの受付嬢、レーセだ。
「あ、シェリフさん! どうしたんですか? さきほどレイブ一派の方々の素材買取は終わりましたが……」
「あー。実は僕、一派から抜けたんですよ。なので、素材も今回の探索分は別に貰ってまして」
シェリフは冒険鞄を開けて、素材を取り出した。魔石や魔物の爪など手軽に運べる物だけをシェリフはレイブから分けてもらっていたのだ。
それらの素材を見つめて、レーセはぱちぱちと目を瞬かせる。
「あー! とうとう他の一派から引き抜かれたんですね! てっきりシェリフさんのことですから、仲の良いレイブさんとずっと組み続けるのかと思ってましたよ!」
ぱっと顔を輝かせたレーセはお祝いするようにシェリフの手袋に包まれた左手を取った。輝くレーセの瞳が澱みなくシェリフを見上げ、尊敬が滲む。
それに驚いたシェリフは一歩後退りをすると、大きく首を横に振ってレーセの言葉を否定した。
「いやいや、違いますよ! 追い出されたんです。レイブ一派に僕は要らないって」
「そう。だから、わたしも抜けた。今は新しい一派を探してる……よ」
「え……。冗談ですよね?」
シェリフとサニャの言葉に、レーセが石のようにピシリと固まる。
それ以上何も語らないシェリフ達を見つめるレーセの笑顔が次第に引き攣り、その瞳が泳いだ。
「何か問題が発生した、ということですね。失礼しました。その、まさか調理師を追放する一派があるとは……」
信じられないといった様子でレーセは歪な笑顔を浮かべる。
その瞬間、シェリフ達の後ろから明るい声が響いた。
「話は聞かせてもらったよ!」
少し幼なさを感じさせる高めの声にシェリフとサニャが振り向く。
そこにいたのは、赤い長髪が美しい少女。
その少女をシェリフは知っていた。
「えっと、ナリアさん……。でしたよね?」
「そう! あたしが十二夜灯のリーダー、ナリアだよ! 憶えていてくれてありがとね!」
「いえ、ナリアさんは有名ですから」
元気よく頷いてナリアはぴょんと跳ねる。
幼く可愛らしい少女にしか見えないナリアのその姿を見て、シェリフは緊張に唾を飲んだ。
「探索者教習所を主席で卒業。初めての魔境探索で生まれたばかりの魔境とはいえ初見で制覇。珍しい戦職である勇者なこともあって、ナリアさんの名前を知らない人はここにはいないと思いますよ」
「にゃはーっ、ずいぶん褒めてくれるね! ならあたしの一派についても知ってるかな?」
照れたように頬を緩めたナリアはこくりと首を傾げてシェリフに問いかける。
ナリアの一派、十二夜灯もまた探索者協会では有名だった。
「えっと……。全ての戦職を一人ずつ集めた一派で、全ての魔境を制覇するのが目標だとか」
「そのとーり! 知っているなら話は早いね!」
にこにこと花の咲くような笑顔を浮かべて、ナリアがシェリフの手を取った。翡翠の瞳が輝き、シェリフを見上げる。
「調理師を探してたの! 是非ともあたしの一派に入って欲しいな!」
ナリアの声が探索者協会に大きく響いた。
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