第26話

それは、すでにここにあたしたちがいるとわかって行っているようにも見えて寒気がした。



嗅覚だけで獲物を捕らえる野生動物みたいだ。



ガンガンと乱暴に殴り、蹴られるドア。



衝撃が加わるたびに、ドアは心もとなくゆれる。



「おい、カギ借りて来たぞ!」



その声にあたしたちは目を見交わせた。



誰からこの教室の鍵を持ってきたのだ。



「ど、どうする!?」



花子が声を上ずらせて言う。



その顔は真っ青だ。



「逃げるしかないだろ!」



鍵が開けられる寸前、一は立ち上がり、後方のドアへと駆け出していた。



その時なぜかあたしの手が握られていた。



隣にいたせいか、とっさにつかまれたまま一緒に走り出す。



すぐに他の4人も立ち上がり、走りだしていた。



後方のドアの鍵を開けた瞬間、前方のドアの鍵がひらいた。



そして大きく開かれると同時に廊下へ飛び出す。


「聡介!」



あたし振り向いて叫ぶが、聡介の姿が見えない。



他の生徒たちが団子状態になっているだけだ。



もし、あの中心に聡介がいたら……?



背中がスッと冷たくなって行くのを感じる。



立ち止まろうにも、一が止まらなければ止まれない。



「一先輩、立ち止まってください!」



必死に声をかけるが、一は気づかずに走り続ける。



どうにか手を振り払おうとしても、その力は強すぎてあたしには無理だった。



もう1度振り向くと生徒たちがこちらに向かって走ってくるのが見えた。



「いたぞ! 北上恵美だ!」



「捕まえろ!」



え、あたし……!?



名前を呼ばれたことに驚き、思考が真っ白になってしまう。



「知らないのか? 男子たちはこぞって君のことを狙ってるんだ」



走りながら一が言う。



「どうして?」



「自覚なしか……」



呟いた一が微かに笑った気がした。



階段を駆け下りて廊下を曲がったとき、複数の生徒たちと視線がぶつかった。



休憩時間をただ楽しんでいた生徒もいたと思うけれど、その視線は確実にあたしたちを見ていた。



「まじかよ、いたぞ!」



そこで男子生徒が叫ぶ。



後ろから追いかけてくる足音も聞こえてきている。



後ろにも前にも敵だらけ。



もうどこにも逃げ道がない。

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