第十五話 絵日記
マスターの発言に、最も合点がいったのはジンだった。
7878年の時はジンは偶然にもメンテナンスで凍結しており、気付いた時には人間は誰一人存在していなかった。
しかし、その時は動物は存在していたが、その動物も突然姿を消すと言った謎の現象が起こり、ジンは突き止めようとしたが痕跡が残らない現象だった為判明しなかった。それでもジンが残り続けた理由。
ジンの表面組織で使われていた疑似皮膚は、感触が有機物の用だが、成分は無機物、完全な人工物であった為、ジンは現象に食われる事がなかった。
あくまでもそれからすぐに起動できなくなったのは、メンテナンスが中途半端な状態での再起動だったからである。
「随分上から目線なヤツだなあ、そんなに人間が嫌いか?」
攻撃しないと判断するやジンは構えを解くが、それでも警戒した表情を緩めなかった。
「嫌い?どういう思考だそれは?
我は機械であるから、そんな感情と呼べるような代物は持ち合わせていない」
マスターは悠長に、無表情に答えた。
特異な目がより一層無表情感が増している。
「我は知りたかったのだ。人間を滅ぼしたらこの環境はどう変わるのか。
時間はかかったものの、結果はこの星にとっては再生をもたらすには良いキッカケだったようだ。今知りたいのは、何故人間は思考を止めて、進化を捨てたのか。
ただそれだけだ」
この時、サクラはマスターの目が少し変わったのを見逃さなかった。
余りにも似つかわしくなく、遠くを見るような目。
「アザミよ、貴様も好きなようにするが良い」
突然マスターはアザミに話しかける。
アザミは気まずそうなのか怖いのか、少しびくついてサクラの後ろに再び隠れる。
「どのように行動し合うか、までは我も敢えて予測していない。
今のような状況も良し。そうしないと面白くないからな」
それだけ言うと、マスターは建物の影に吸い込まれるように浮遊し、姿を消した。
「何だったんだアイツは」
ジンは緊張を解いて座り込んだ。
「あれがマスター。サクラを襲撃するように命令して来た。
破壊に関しては好きなようにと言って、ツバキとオト・・・、アレは乗り気だった」
アザミは無表情ながら、少し影を落としたような表情になった。
どうにもオトギリソウの名前を口にしたくないようで、アレとわざわざ訂正した。
「ここに居続けるだけではまずいかもな。
ここは修理だけにして、後はとにかく移動するしかないな」
クエルの提案に、サクラたちはそれぞれ修復を終わらせ、工場棟を出た。
当面のいる場所に、ジンは居住区を提案した。
まだここは訪れていない。居住区に入ってから、工業区とはまた別種の寂しさを感じたサクラは、終始表情が暗かった。
「ここに人間がいっぱいいたのよね?」
サクラの問いに、ジンが答える。
「ああ、人間はこういう建造物を拠点にして生きていた。
色んな事もあっただろうよ、どんな人間が住んでいたかわからないが」
手近にあった民家だったであろう廃墟に足を歩める。
出入口の部品はこの百数十年でも無事だったのだろうか、普通に開ける事が出来た。しかし、内部は荒れに荒れていた。リビングと呼ばれる部屋に入ると、ここにも瓦礫やガラクタが散在している。
休むのには広さとして丁度良いとなったが、
「これ、何?」
アザミが何か紙のようなものを拾い上げた。
稚拙な絵が描かれ、丸みを帯びた文字が書かれている。
「それは絵日記だな。人間の子供が描いたヤツだと思う」
ジンは周囲のガラクタをどかしながら言う。
アザミの手にしたものに気を惹かれて、サクラも覗き込んだ。
人間がもしこれを見たら、とても子供が描いたとは思えない内容がその紙に繰り広げられていた。
母がいなくなり、父も姿を消して独り残された子供の思考、感情が無垢な描き方で刻まれている。
平和な時に見たらこの子供は精神的に不安定なのだろうか、で片付けられそうだが、事件の後に描かれたとなると、随分と意味が変わってくる。
絵の描かれた紙は7枚もあり、父に帰って来てほしい、と切に訴えた内容だった。その最後には、簡単ながら、こう書かれていた。
いつまでも、まってるね
この言葉を目にして、サクラは慟哭した。
何事かとジンとクエルは駆け寄る。
突然の事に、アザミはどうすればいいのかわからず固まっている。
サクラが落ち着き、休眠モードになるまで二時間もかかった。
「随分破壊力があるみたいだな、その絵日記」
ジンは一瞥するが、どうにもその絵日記を直接見る気になれず、全く触れようとしなかった。
「いくら感情豊かとは言え、サクラをここまで狼狽させるんだ、人間が見るにはちと刺激が強すぎるのかもな」
一方アザミはその絵日記をまだ見ていた。特に表情を変える事なく、ペラペラとめくっては紙を進めている。
「お前、よく読めるな・・・」
ジンは少し呆れ気味にアザミに問う。
「サクラが理解したなら、私も理解する」
アザミは相変わらず淡泊に返す。
「読んだらここに置いておけ。持ち出すなよ」
クエルが小言を付け加える。
これにアザミは意味がわからずきょとんとするが、また目線を紙に戻した。
「お前は・・・、これの意味わかったのか?」
ジンはおそるおそる聞いた。
クエルが余りにも人間臭く機械らしい事を言わなくなってきたのは理解していたが、クエルはまた更に、それを上回る事を言って来た。
「何となくなんだが、これを描いたのは人間の子供じゃないか?
ここにはわずかながらだ、成人男性と幼児の死体があった形跡がある。
そのような場所にあったのなら、置いておくべきだと思うが」
クエルは何の気なしに告げた。
ジンは特に何も返さなかったが、内心非常に驚いていた。
“人間の想い”を理解し始めた・・・?
しばらくすると、アザミにも変化が現れた。
サクラほどの反応ではないものの、絵を見ながら静かに泣いていた。
「わかった・・・、元の場所に、戻してあげるね」
声色に震えはないものの、アザミは涙を流しながら絵を元あった床、瓦礫に塞がらないよう、何か手で見えないコーティングを施してから置いた。
「動かなくなってからでも、お父さんに会えたんだから、良かったよね」
アザミはそう言って座っていたソファーに戻り、そのまま休眠モードに入り、目を閉じて寝息を立て始めた。
「・・・一体どんな内容なんだよ」
ジンはやはり気になって来たのか、アザミが置いた紙に近づき、その場で紙をめくり出した。しばらくして読み終えた後、泣く事はなかったがジンはとてつもなく空気が重くなるのを感じた。
周囲の空気ではなく、自分自身の空気にだった。
「・・・確かに、よかったな」
その一言だけ呟いて、ジンは紙を置いた。
「もう見ないのか?」
クエルの質問に、ジンは黙って頷いた。
これ以上は見るのに耐えられないと思ったからだった。
翌朝、サクラ達は廃墟を後にした。
昨晩の出来事にサクラは全員に少し恥ずかし気に謝るが、アザミも同じ気持ちになったからわかると言う事でサクラは少し安心した。
全員の意見一致で、ここにいるのは何か耐えられないものがあるのと、静かにさせようと言う、機械同士らしからぬ会話だった。
誰もいなくなった世界の風に揺られて、この廃墟はいつかなくなっても想いは残るだろう。
サクラは去り際に廃墟に向かって呟く。
「・・・忘れないよ」
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