第一話 再起動

 ただ機械の音が響く無機質な空間が広がっている。

 何かの動力を通す管なのだろうか、ゴム管が血管のように壁中に張り巡らされている中、小さく、空中に浮遊しながら動く物体がいる。

 それは、無機質なブザー音を小さく鳴らしまくり、更に小さな手のような先端物で人には無理な速さで正確にキーボードを叩いている。

 PCで何をしているのか。


『ナノCPU正常に起動、疑似バイタル共に正常、Satellite Active Killing Underfront Runtime Andoroid。OS起動全て正常。DBA-03A、起動します』


 PCから自動音声が発せられる。小さな機械は入力を止め、PCの隣の、2メートル近くある金属製の箱に向き直る。

 同時に、箱の蓋から空気の抜ける音が響き、水蒸気が立ち込める。

 蓋が開くと、人がいる。人にしか見えない。女性にしか見えない。

 誰もがこれを見て人間であるとしか思えない筈である。

 着衣と呼べるものは、胴体や下半身恥部にプロテクターのような薄い鉄板が宛がわれている。


「DBA-03A、起動ぷろせすヲ正常ニ終了シマシタ。目覚メテ下サイ」


 小さな機械が無機質な音声を発する。そして、箱の中にいた“彼女”は目を開けた。


「疑似ばいたる、識別機能異常ナシ。動イテ頂イテ大丈夫デス」


 機械に促され、“彼女”は起き上がり、箱から身を乗り出した。

 動作全てが生きた人間であり、作り出された物という雰囲気が微塵も見受けられない。更に“彼女”の第一声は、こうだった。


「誰もいないの?」


 “彼女”は不安そうに、小さな機械に問う。


「ココニイルノハアナタと私ダケニナリマス。私ハPPS-03G、戦闘用あんどろいど補助端末ニナリマス。アナタヲ補佐スル為ニ開発サレマシタノデ、指示ヲオ願イシマス」


 無機質に抑揚なく、機械は返答した。


「えっと・・・、私は何で、あなたは何でここに?」


 “彼女”はまだ状況を呑み込めずにいた。


「アナタハ戦闘用あんどろいど、OS起動こーどSatellite Active Killing Underfront Runtime Andoroid、型式番号DBA-03Aデス。アナタノ起動スル時期ニナリマシタノデ、起動シマシタ。指示ヲオ願イシマス」


 機械は変わらず抑揚なく回答する。“彼女”は返答に困り、今の自分の立ち姿に不意に意識がいき、体に装着されたプロテクターが邪魔に思えてきた。


「え、指示って・・・、取り敢えず服何処かにない?今つけてるのすごく動きづらい」


「了解シマシタ。装着物ハココニハナイノデ、装備被服室ニゴ案内シマス。コチラデス」


 すると機械はスーッと真っすぐ出口に向かう。



 案内されたのは機械が返答した通り、装備被服室だった。何もない無機質な白い部屋と思いきや、入室した“彼女”の手元に半透明の映像パネルが出現し、パネルの指示通りに着衣を選択すると、候補とばかりに着衣が大量に壁からスライドで現れた。


「念ノ為ニあーまーどすーつモ持参シテ下サイ」


 年頃の少女のように嬉々として服を選ぶ“彼女”に、機械は無機質に提案する。


「え、アーマードスーツって何?何か重そうだからいらないよ」


 “彼女”はムスっとするが、機械は無視して新たにぶ厚めの装甲服を呼び出した。


「装備被服ハ量子情報化出来ルノデ持チ運ビニハ問題アリマセン。コチラデ選ンデオキマス」


 機械は返答、装甲服を五着程選んですぐに消した。


「え、消えちゃったよ?」


 驚く“彼女”。


「コレガ量子情報化デス。イツデモ復元ガ可能ナノデゴ心配ニハ及びません」


 機械は相変わらず無機質に返答した。






 “彼女”は服を選び終え、その中でも特に楽そうな、真紅の服を選んだ。


「さてと、まず知りたいんだけど、私の名前って何?」


 “彼女”が聞く。しかし、機械は返答の為の検索を試みているのか、中々返事を返さない。


「聞いてるの?」


 “彼女”は機械に詰め寄った。


「先程答エタ通リ、OS起動こーどSatellite Active Killing Underfront Runtime Andoroid、型式番号DBA-03Aガアナタノ名前デス」


「それはさっき聞いた!って言うか名前が長すぎる」


 “彼女”はムスッとする。


「ソレハこーどねーむノ事デショウカ?」


 機械が返す。


「もうそれでもいいわ、こんな長いので呼ばれてもピンとこないよ」


 “彼女”はふと部屋にあった姿見の鏡に自分の姿を視認した。


 桃色のセミロングヘアー、切れ長の目に少々小柄な出で立ち、人間で言えばおおよそ20代前半の女性であろうか。


「開発者陣ハこーどねーむトシテ、OS起動こーど各単語ノ頭文字ヲ併セテ”さくら”ト呼ンデイマシタ」


 機械が追って返答した。


「髪色もちょうどピンクだからそれいい!今からサクラって呼んで!」


 “彼女”こと、サクラは嬉々とした。


「了解シマシタ。呼称名、DBA-03Aカラさくらニ修正、変更シマス」


「あ、それと!」


 サクラはまた機械に詰め寄った。今度は宙に浮いた機械を、鳥を捕まえるように鷲掴みにした。


「あなたのその話し方、何とかならない?それとあなたの、えっと、コードネーム?」


「・・・言語自動翻訳変換機能ノ事デショウカ?」

 機械の返答に、サクラは首を傾げた。どういう仕様の機能なのか、自分の記憶にもない。


「うん、それでいいと思う。堅苦しいのよ、その話し方、もっとくだけて」


「了解シマシタ。言語自動翻訳変換ぱたーんヲ検索・・・、これでいいかなー!?」


 機械は話し方を変えたが、急に雰囲気を変えた。先程の無機質一辺倒な声質とは一転、すごく騒がしい喋り方になった。


「・・・びっくりしたー、さすがに落ち着いた話し方がいい」


 サクラは機械の発した声に驚き、機械から勢いよく手を離していた。機械は特に問題なく、右側のスラスターを一瞬噴射して姿勢制御を取った。


「難しいっすね!ではもう一度探しまっす!・・・これでいいか?」


 機械は再度声を変えた。先程と更に変わり、落ち着いた壮年男性の声質になっていた。

「それいい!今後はその話し方ね!」


 サクラがぐっと親指を立てる。


「後コードネームねえ・・・、あなたは何て呼ばれていたの?」


「俺はあくまでも補助端末、ずっと型式番号で呼ばれていたからそんなものはない。機能としては、クエリが強化されていると聞いた」


 機械が流暢に答える。やっと会話らしい会話にサクラは気持ちを高ぶらせていた。


「クエリね・・・、それならクエル!ちょっと単純過ぎるけど、見た目でもちょうど良くない??」


「PPS-03Gしすてむニ新規追加項目、こーどねーむ追加、“くえる”デ登録・・・、わかった、そう呼んでもらおう」


 機械はいつもの無機質音声が出たが、すぐに見た目にそぐわない落ち着いた声で答えた。


「改めてよろしくね!」


 サクラが眩しく微笑んだ。

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