第七嘘 俺だって




「いいよ」


ショピがソファに座る私の目の前に来て、顔を近づけた。私は目を閉じて、ショピのキスを待った。瞼に、柔らかい感触が走る。私は目を開けて、ショピを見た。


「…なっ、なんで口にしないの」

「お前自分が今どんな顔してるかわかってんの?そんな不安そうな顔されて、キスなんかできるわけないだろ。それに…今日俺、嶺に会った後なんだよ。そんな気になれねぇ」


ヒラヒラと手を振り、自分の部屋にショピは戻ってしまった。私はショピの出て行った部屋で1人、ソファに寝転がった。キスがしたかったわけじゃない。ショピの言う通りだ。でも、確かめたかった。自分の気持ちも、ショピの気持ちも。


「…ダメだ」


私はショピの部屋のドアをノックもせず勝手に開けた。ショピはベッドに座ってスマホを見ていた。ノックもせず開けた事を怒っていたが、気にせず私はショピの隣に座った。


「ねぇどうしよう、私プロポーズされたの」

「!」

「でも、ショピとのこの生活を…なんだかんだ楽しんでる自分がいる。恋愛感情とか下心とかじゃなくて!…なんか、安心する。家に頼れる人がいる生活が安心するんだ。」

「…あの彼氏じゃ、そういう安心は得られないのか?」

「…そういうわけじゃ…でも、年上だしどっしり構えてて冷静だし、ショピの方がやっぱり安心する部分は大きい…うち父親が忙しくて、あんまり一緒に過ごしてた期間が無かったんだ。ショピに対して、父親みたいな安心感や信頼を持ってるんだと思う」


ショピは少し考えて、私の目を見て言った。


「不安なら、それでいいと思う。というか、あまりドラマ終わってすぐ結婚ってなると俺から眠くんに乗り換えた感じになるだろうから、世間にいい印象は与えないだろうし…慎重になるべきだと思うよ。そうじゃなくても、結婚は大事な事だよ。俺らみたいな芸能人じゃなくても、お前みたいな若い女が初婚で同じ若い男に嫁ぐ上に2人とも芸能界なんて売れなければ食いっぱぐれの世界で生きてるからな…そりゃ怖いし不安だよ。」

「…そっか…そうだよね」


ショピの言葉は、不思議なくらい安心できた。私は翌日、眠くんに自分の気持ちをちゃんと話した。眠くんは、私の話をちゃんと最後まで聞いて、そしてちゃんと理解してくれた。


「急かすわけじゃないから、それでもいいよ。俺たちのいいタイミングで、結婚しよう。お互いにとっていい時でね。」

「うん、わかってくれてありがとう」


眠くんは優しく微笑んだ。私はその後撮影があったので、現場に向かった。






静香がいなくなった後のカフェで俺は、静香の言葉を思い出していた。いつだって俺は配慮が足りない。それはわかってる。でも…


『ショピに相談したんだ』


あいつの言葉は、随分あっさり聞くんだな。あー、ダメダメ、不貞腐れるな。仕方ない事だ。年上でもなけりゃ配慮の足りない俺…そりゃ不安にだってなるわ。でも、なんで…烈火はどうして、あいつをあんなに信用するんだろう。


「わかんね…」

「悩んでるねー」


突然声がして前を見ると、嶺さんがニヤニヤしながら俺の事を見ていた。全然気がつかなかった。嶺さんはいつの間に頼んだのか、コーヒーを飲みながら俺を見ている。


「君は子供だな」

「は!?」

「狼狽えてばかりだ」


嶺さんはそう言って、コーヒーを皿に置いた。短く揃えられた前髪、太めの眉毛、非の打ち所がない美しい顔立ち…綺麗だ。カフェでコーヒーを飲んでるだけで、まるで映画のワンシーンのように思える。


「この経験を通して女優として彼女はきっと成長できるはずだ。それとも君は、自分の腕の中であの才能を飼い殺して生きたい?」

「なっ「それもまた一興だけどね」


全く話を聞く様子が無い。どこか怖い女性だ。不安な気持ちになる。なのに見透かされてて、自分を覆い隠したくなる…


「嘘と勇気は、女優を強くするんだよ」

「…俺は…俺は、嘘は嫌いだ。」

「あなた、スカウトで入ったでしょ。」


頭にきた。俺は目の前の女に心底腹が立った。スカウトで入ったから、苦労知らずってか?叩き上げだけが、汚いとこ見て来たやつだけが、この世界理解できてるってか?冗談じゃない。俺にだって、プライドと意地がある。俺にだって、人知れず飲み込んだ悔し涙がある。俺にだって、叩き上げに無い良さがある。


「てめ「だから、この世界の大変さを知ってるのよ。叩き上げのあの子と根本が合わなくて仕方ないわよ。」


意外な言葉だった。スカウトが、この世界の大変さを知ってる…?困惑する俺に、彼女は言葉を続けた。


「スカウトで入った人は、旬が過ぎれば飽きられて、生き残る事の難しさを知る。叩き上げは努力すれば結果が実る事に味をしめてしまうから…だから旬という概念が無いの。スカウトは、叩き上げがどんな手段でも生き残ろうとする事を知ってる。だから、スカウトのあなたが叩き上げのあの子を見てて不安になるのよ。でも…あの子がとってる行動は、女優としてある種仕方のない事でもあるわ」


大人だ。この人、意地悪で個性派気取りの大物気分女優とは違う。この世界の事、ちゃんと知ってる…俺は思わず、口を開いた。


「俺が静香にちゃんと戻って来て貰うには、どうしたらいい?あいつに取られたくない」

「簡単な事よ。不誠実には、不誠実を返す。」


彼女は席を立ち、俺を見下ろした。静香以外の女は苦手だった。昔から。ステータスや世間体が何より大事で、他人を蹴散らして、意地悪で嘘つきで不誠実で下品で


「あたしに惚れればいい。」


俺は静香以外に恋をした事が無かった。俺はショピに何もかも負けてる。男として俳優として、俺は成長しないといけない。俺も、手段を選んでる場合ではない。目の前にある毒の沼に片足を突っ込む。嫌いな女の全てを詰め込んだようなこの女に恋をする。 


「私が女を、教えてあげる」


悪魔の契約を、俺はかわす

本当に欲しいものを、手に入れる為に。








「ショピ!!」


私は手に持っていた新聞を、まだ朝食途中のショピの前に広げた。ショピは一瞬迷惑そうに眉を顰めたが、その記事を見て釘付けになった。


「なんだこれ!?」


それは眠くんと嶺さんの、熱愛発覚の記事だった。

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