第四嘘 ギスギスしすぎ!





『張本翔太郎、果菜シーカ熱愛発覚!!兄妹愛で勝ち取った"禁断の恋"の配役!!』


新聞の一面、私とショピの熱愛報道だ。

私は新聞を閉じてコーヒーを流し込んだ

報道を勧めてきたのは、監督だった。私たちに現実の関係がある事で、見る人たちによりリアルな恋愛が観れるのではないか、という提案があったのだ。私とショピは不安だったし、怖かった。でも…「共演者だけを騙すのも国民全員騙すのも同じ事だ」とドラマ制作スタッフに丸め込まれ、今回の報道に至った。


「おー、大々的だな」


後ろからショピがその新聞を手に取った


「SNS、しばらく怖くて見れないや」

「だなー、マネに管理してもらった方が

良さそうだな…うわ、記者から死ぬほど

連絡入ってる…暇じゃねーっつーの」

「ショピごめん。本当迷惑かけてるね」


落ち込む私の頭を、ショピは撫でた。


「気にすんな。それより堂々としてろよ?

偽造恋愛なの、お互いとお互いのパートナー

監督、原作、プロデューサーしか知らんから

ぎこちないとバレるぞ」

「たしかに…恋人っぽくってどういう…」

「とりあえず、まかせろ俺に」


ショピは私の手を引いて玄関を出た。私たちが借りたマンションは、地下を通らないと駐車場には行けず、マンションのセキュリティロックを解除できる人じゃないと車に乗れないシステムになっている。その為、パパラッチの目から逃れて車に乗る事ができる。このマンションのオーナーが昔芸能人だったらしく、芸能人に優しい造りになっているらしい。その為、ご近所さんはみんな芸能人だ。パパラッチが押し寄せて来ても、迷惑はかけるが対処も手慣れていて助かっている。


「いやそれにしても監督ヤバいね」

「本当に、何考えてんだろうな」


車に乗った私とショピは、背もたれに寄りかかってため息を吐いた。私とショピは兄妹で恋愛をする役だが、まぁ当然お邪魔キャラというか、ライバルみたいなのが存在する。それが「妹の塾の講師」と「兄の職場の同僚」だ。監督はこの配役に何と眠くんと嶺さんを起用したのだ。これもよりリアルな演技を追求してとの事だった。私とショピは配役が決定するまで何も知らされておらず、頭を抱えることとなった。


「不安か?」


ショピの言葉に私は困った様な笑を返した。

不安だった。ショピの事は信用してるけど、もしもバレたら?上手くいかなかったらどうしよう。ファンは私に絶望しなかっただろうか?これだけ歳が離れてて、世間にどう思われただろう。私上手に、騙し通せるのかな?


「…シーカ」


ショピは私の頭を自分の胸に押し付けた。予想以上の距離感に頭が真っ白になる。そうか、恋人同士なんだよね。期間限定で縛りがあるといっても、私の恋人なんだ。


「俺たちは今、2人で一つだ。不安も悩みも、2人で半分こだぜ?俺が守るから、大丈夫」


眠くんだったら絶対こんな事言えないだろうな。私は頷き、ショピの胸にもたれかかった。大きい。体鍛えてるんだろうな。筋肉質で硬い体。安心する。好きな人じゃないのに、全然嫌じゃない。ずっとこうしててもいいくらいだ。私はショピの腕の中でまた微睡に落ちていった。


「おはようございます」


私達はとりあえず、ゴシップ紙にすっぱ抜かれてご迷惑をお掛けしたので共演者たちにお詫びとご挨拶に回ることになった。


「お!今日の主役じゃん!」

上尾さんあげお、ご無沙汰してます」


上尾さんは今回のドラマの3組いるカップルの一組として出演する事になった。アイドル時代からの知り合いで、ちょくちょく共演している。チャラチャラした感じの人で、元々は舞台俳優さんだった。歌も踊りも上手くてトークもキレるのでマルチタイプの芸能界で息が長いポジションにいる人。


「張月、久しぶりの共演だね!まさかお前が彼女こさえてくるとは思ってなかったけど」

「色々あったんだよ」


そしてショピの1番仲良しな芸能人で、古くからの友人らしい。まぁ、上尾さんが勝手に言ってるだけでショピがどう思ってるのかはわからないけど。上尾さんは舞台俳優時代から付き合ってる後輩の"光島嵐みつしまらんさんと一緒に『教師と生徒』の禁断の恋にフォーカスを演じていく。彼らも、恋人役は初めてらしい。


「じゃあまた現場で!」


私たち兄妹の友達カップルという設定だ。次に私たちが向かったのは、私もショピも初共演のもう1組のカップル役の人達の楽屋だ。ドアをノックし私とショピが入ると、ピリピリとした空気が流れる。


「こ、この度は私たちの…「マジで迷惑。

プロ意識足りないんじゃないの?」


厳しい言葉をかけてきたのは、芸歴20年目のベテラン俳優葛尾七月くずおななつきさん。前回私たちが出演した「ヘルメスのサイコロ」でもお世話になった俳優さん。ショピと今回のアカデミー賞を競り合ったらしく、ショピが主演男優賞で自分が助演男優賞だった事が気に食わないらしく、私とショピを目の敵にしようとしているらしい。といっても、さっき上尾さんから聞いた話だけど。正直葛尾さんはどうでもいい。問題はその恋人…


「申し訳ありませんでした…「久しぶり、シーカ。解散以来ね?」


お腹に響くような冷たいその声を、私は何度も聞いた事があった。彼女は夢屋衣織ゆめやいおり、私が前にいたアイドルグループのメンバーだった子だ。衣織ちゃんはショピを上から下まで舐めるように見た後、鼻で笑った。


「あんた、こんな汚いおっさんと恋愛して報道出たの?いくらアカデミー賞俳優でも、私絶対無理。いくら貰ったのか知らないけど!プライドないの?元リーダー!」

「イオちゃん!!」

「気安く呼ばないで!!」


衣織ちゃんは鋭い目で私とショピを睨みつけた。ショピをチラッと見ると、何の感情も無い顔でイオちゃんを眺めている。


「私、あんたの事許してないから」

「キャンキャンうっせーガキだな」


ショピの言葉に、一瞬時が止まる。あーあ、言っちゃったよ。言うだろうなとは思ったけど…やっぱとっくの昔にキレてたか。イオちゃんが何か言い返す前にショピは私の腕を掴み、楽屋を後にした。


「時間の無駄だったわ。」

「ごめんね、ショピ…」

「いや、無理言って行かせたの俺だし」


イオちゃんは、アイドルグループを解散した後も父の力で上手いこと芸能人に残った私の事をずっと恨んでいた。過酷なレッスンを積み、私より売れる為にずっと努力していた。その結果が実を結び、今回の『姉の恋人と妹カップル』役に呼ばれたのだ。葛尾さんといつから付き合ってるのかも、何故付き合ってるのかも私は知らなかった。


入り時間が来て、みんな現場に呼ばれる。偽物の恋人、本物の恋人、偽物の恋人の彼女、偽物の恋人の友達、偽物の恋人のライバル、私のライバルがみんな集まった。


「今から読み合わせをしていきます。来週にはリハが入るんで、よろしく」


監督の言葉に、私たちは頷いた。チラリと共演者達を見る。獣のような鋭い視線が、私たちの体に突き刺さるようだった。

いや、ギッスギスのビリビリ職場じゃん!!胃が痛すぎ!!


「もう後には引けねーな」


隣でショピが小さく呟く。机の下で、私はショピと硬く手を繋いだ。これから撮影が終わるまで、頼れて信頼し合うのはお互いだけだ。カメラが回れば、私たちはひとりぼっちだ。長い長い撮影が、始まる。

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