第二嘘 生き残るための嘘





焼肉と芸能界は、切っても切れない関係だ。人気の芸能人や旬の芸能人なんかは、とにかく高級で有名な店に行きがちだ。一度でいいから行ってみたかった場所に行けるから。

しかし、人間の欲というのは尽きない。友達を連れて行くようになり、家族を連れて行くようになり、仕事関係の偉い人と密会をする様になり、そして女を連れて行くようになる。そんな時、ゴシップ紙に取り上げられるのだ。"贅沢三昧!!都内の高級焼肉店にて、女性と密会か!?"と。


「ぅんまぁぁぁいぃぃ…」


だから本当の一流芸能人は、穴場を知っている。美味しくて、いい肉を使ってて、そして店主の口が硬い店。この店はビンゴ。裏口から直接2階へ通してくれて、入店も退店も他の客に悟らせない。男女で来ても、なんの問題もない店。


「まさかお前から飲みに誘われる日が来るとはな。しかもあんな話の後に」

「前からお誘いしたいなーとは思ってたよ!やっぱり男女だと中々難しいけどね」


私たちは時間の許す限り色んな話をした。アカデミー賞の授賞式の話、お互い共演した事のある不倫した芸能人の話、お蔵入りになった企画の話、アイドルの裏事情の話。エグい話もあれば、腹抱えて笑える話も背筋が凍るくらい怖い話もした。


「いいの?」

「いいよ。意外と楽しかったし」


ショピは、さっきまでの不機嫌が嘘みたいに朗らかになっていた。本来は温厚で、口数の少ない人なのだ。共演者の若手が寝坊した時"疲れが溜まってたんだろう、体壊すなよ"と苦笑いして許してしまうような人だ。裏口から出た私たちは、タクシーに乗り込んだ。


「ショピ、あのさ…もう少し、話せない?」

「?…別にいいけど。運転手さん、ミラータワーまでお願いします。」


ミラータワーは、テレビ局がドラマや映画でオフィスを使った撮影をする為に買っているビルのことだ。タワーの前で降りて、私とショピは屋上までエレベーターで上がった。


「わぁ…」


屋上には、キャンプスペースが完備されていた。テントが張られ、キャンプ用の椅子や焚き火の準備やキッチン雑貨、お洒落な電飾で彩られていた。夜景を一望しながら、キャンプをする事ができる仕様になっていた。


「すげーだろ」


ショピはクーラーボックスから瓶のコーラを2本出し、1本私にくれた。私はショピの隣にあった椅子に座り、瓶の蓋を開けた。シュアシュアと、気泡の弾ける音だけが響く。夜景もキャンプ会場も明るくてキラキラしてるのに、あたりは静かだった。まるで、絵を眺めているような不思議な感覚だった。


「シーカ、あのさ…聞きたいことがある」

「んー?」

「今回の話…シーカは受けたそうに見える」


私は、少し離れた場所に見える街頭ビジョンを眺めた。先日撮影したメイク用品のCMが流れる。あの都会的な視覚効果の中に、自分の姿が映し出されるのは、少し前の私なら想像すらしていなかった。目を離さないまま、私はショピの質問に応えた。


「少しの間でも、偽物でも、お兄ちゃんだった人だもんね…そりゃバレるか」

「…聞いてもいい事なら話して欲しい」

「でも、本当に個人的な事なの…」


私の声が少し震えたのを、ショピは聞き逃さなかった。ああ、この人に演技は通じない。個人的な理由なのだ。しかも人に気を遣わせるタイプの。言いたくない。情に訴えるやり方は、あまり好きじゃないから。


「…私のお母さんね」


それでも、この役が欲しい。吐き出してしまいたかった。私の抱える真実を、ショピになら聞いて欲しいと思えた。


「私のお母さん、病気なんだ。」

「!」

「物心ついた時からずっと、病院にいた…」


母は、心臓に病気を抱えていた。私は母に、生まれてから一度も抱っこされた事が無かった。頭を撫でて貰えたことも、母の手料理を食べたことも無かった。当たり前だ。母は、体を起こすことさえできない。ミュージカル女優だった母は、今はその面影もなく痩せ細り、そんな母を見るのがツラくて、父は病院に来なくなった。私は父とは対照的に、毎日母に会いに病院へ通い続けた。しかしそれも、冬が来る頃には終わってしまう。母は先日、余命宣告を受けた。母に残された時間はもう、半年しか無い。


「叶うなら、最後に静香の演技が観たい…」


消える様な母の願いを、私はどうしても叶えたかった。タイミング的に母が見れるのは、今話がきてるこのドラマで最後だった。


「私が女優になるのがお母さんの夢で…私とお母さん、私がヘルメスのサイコロでブレイクした時、泣いて手を取り合って喜んだんだ。」


私は、高校2年生までアイドルとして活動していた。父がプロデュースする、歌唱力もダンスも大した事はない、可愛いだけのアイドルグループ。レッスンも適当で売れる気配もなく、気持ちもバラバラ。結局高2の時、話合った末に解散した。私は下積みも大した経歴もないのに父の事務所のゴリ押しでテレビに出たりアイドル活動をしてた事でメンバーに恨まれながら解散することとなった。高校を卒業し、周りの友達が輝かしい道へ羽ばたいていく中、私は何もない自分に絶望して少し鬱気味になっていた。そんな私に、母は芝居の道を進めた。


「静香は歌やダンスよりも、自分じゃない自分になる事で人の心を掴む方が向いてると思うよ。私もそうだったから」


細い母の手が震えながら私の手を握った。母の手は温かかった。母の手が温かいうちに、デビューしたい…そこからは死に物狂いでレッスンに打ち込んだ。何百何千と作品を観て、その全てを演じてきた。必死のレッスンが功を奏して、私はブレイクすることができた。今の私があるのは、夢を諦めて不貞腐れていた私の人生を、諦めなかった母のおかげだ。そんな母の最後の望みを叶えたかった。


「…ごめんね、本当に個人的な理由で」


話終わった私は視線を下げてショピから目を逸らした。ショピは深くため息を吐いて、目元を抑えた。私はショピにかける言葉が見つからずに、押し黙っていた。しばしの沈黙の後、ショピが口を開いた。


「…本当だよ、お前もプロデューサーも…人の気も知らないで好き勝手言いやがって…」

「…あのさ「そんな話きいて」


ショピは顔を上げて、苦虫を噛み潰した様な顔を私に向けた。複雑そうで苦しそうで、でも確かな意思を感じる表情だった。私は生涯、このショピの顔を忘れることはないだろう。


「断れるほど、冷たい人間にゃなれねーわ」

「!!」

「俺は親に反対されてこの業界入ってな…最後まで分かり合えなくて、親の死に目にも会えなかったんだ。やろうぜシーカ。」


突き出された拳に、私は自分の拳をぶつけた。私たちは、同じ世界を生きてる。同じ世界で同じような悩みや苦しみを味わってきた先輩後輩だ。お互いに、お互いの痛みがわかるから、ショピは協力を選んだ。私はショピの男気に、心が熱く燃える様だった。


翌日、私とショピはプロデューサーに意思確認をして正式に配役が決まった。それと同時に、私とショピの期間限定お試し恋愛が始まることになった。


「ねえショピ」

「ん?」

「…お互いの恋人は、どうする?」


頭を抱えるショピ、苦笑いする私。そう、私とショピにはお互い、付き合ってる相手がいた。

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