夜は嘘つき
静香
第一嘘 知らない手のひら
テレビ局の控室は無機質な作りだ。もう何年見てるだろう。私は後ろにもたれかかってぼんやりこれまた無機質な白いだけの天井を眺めた。
「シーカ、早かったな」
声をかけられ振り向くと、知った顔だった。
「ショピ」
「変なあだ名やめろっつーの」
ショピは隣に座って、コーヒーの缶を開けた。鞄の中からなんかの台本を出し、メガネを掛けてそれを読み始めた。
「プロデューサーの話ってなんだろうね」
「さぁな。急でスケジュール合わせるの
苦労したよ。オフ潰した罪はデカいぞ。」
ショピは目を凝らして、台本を読んでいる。髭を整えた口元、高い鼻、薄い唇、長い黒髪を後ろで束ね、お洒落な服を着ている。今やってる連ドラの告知をする為に出るバラエティ番組の台本だろう。バラエティの台本なんか読み込む人ショピくらいだ。バラエティは台本通りいかないのに。でも不安なんだろうな。わかる。
「シーカ、今やってるシーカの映画見たよ」
「本当?ありがとう!」
「微妙だった。」
ショピの言葉に口を尖らせていると、今回私たちにオファーが来た連ドラの若手プロデューサーが、会議室のドアを開けた。
「ご無沙汰してます張月さん、シーカさん」
「お久しぶりですね杵櫛さん」
「どうも」
杵櫛さんは私とショピの前に座り、今回オファーをくれたドラマの台本を置いた。できる女って感じの大きなピアスの付いた耳に、ショートカットの髪をかけた。使えそうこの仕草。彼女は私たちを見た
「今回のオファーにあたってご相談があり
お呼びしました。申し訳ありませんが、
私からのお話は内密でお願いします」
「内容によりますよ。どうぞお話し下さい」
ショピの毅然とした態度に、緊張感が高まる。意にも介さない様子で、プロデューサーは口を開く。昼下がりのテレビ局の会議室、彼女の言葉はよく部屋に響いた。
「お2人に今回のドラマの撮影に渡って、
よりリアルな演技をしていただくために
疑似恋愛をしていただきたいのです。」
ショピと私の思考が止まる。最初に口を
開いたのは、私だった。
「プロデューサーさんがそれが必要だと、
判断したんですか?」
ショピの性格を考えれば、ショピは今からプロデューサーさんに常識が無いと怒る。ショピが怒る前に、私は理由を知りたい。
「いえ、監督と脚本家と原作者の考えです」
監督、という言葉が出た瞬間ショピの顔が引き攣った。ショピだけではない、私もだ。私とショピは、お互いあるドラマをきっかけに私はブレイクしてショピは再ブレイクする事になった。それが私とショピが以前出演した、"ヘルメスのサイコロ"というドラマだった。奔放な兄に振り回される真面目な妹が、恋人に騙されて多額の借金を負ってしまい兄はその借金を返すために、一攫千金の裏カジノ"Hermes dice"に行くことになる。ドキドキするスリル満点な展開と、兄妹の絆を描いたドラマはたちまち話題となった。私とショピは、そのドラマで兄妹役としてダブル主演を務め、一躍時の人となった。私は女優として名を知られ、テレビ番組やドラマ、映画のオファーが次々に決まりショピはアカデミー賞を受賞した映画への出演が決まった。そのドラマの監督が、今回オファーの来たドラマの監督である「国島剛一郎」監督だった。私たちにとっては恩人であり、そして超恐い監督でもあった。納得のいかない演技をすれば、子役でも檄を飛ばした。
今回撮るドラマは禁断の恋をテーマにした
"夜は嘘つき"という恋愛ドラマで、新しい月9ドラマとなる。つまり、テレビ局が非常に力を入れて制作されるドラマになるのだ。キャストも豪華で主役のキャスティングは実際のカップルであるモデルと俳優が起用されていて、今年のドラマ枠では1番視聴者が着くだろうと予想されているドラマなのだ。国島監督は、カンヌ国際映画祭で何度も受賞しており、海外の映画制作会社も彼の映画やドラマなどの作品を称賛している。
原作の"Crybaby at night"も、カルト的人気を誇る芥川賞作家のHONIが手がけたモノで、そっちからの視聴者も多いと言われている 超話題の作品なのだ。そしてHONIさんは、前回出演したヘルメスのサイコロの原作者でもある。この2人に私達は頭が上がらない。
「なんで俺たちなんだ、意味がわからん」
「2人の配役は禁断の恋に落ちる"兄妹"です」
「こいつはまだ20歳になったばっかりだぞ。
そんな犯罪スレスレの恋愛ごっこ、バレたら
どんだけ批判がくるか…」
ショピの本名は張月翔太郎30歳。今年二度目の日本アカデミー賞主演男優賞を受賞した超実力派俳優で、年間何十本という映画やドラマに出演する、まあまあ安定した芸能界の立ち位置にいる。
私は父の経営する芸能事務所に所属している元・アイドルで現在はアイドルを卒業し、売れっ子若手女優としてお仕事している。芸名は、果菜シーカ。本名は静香だけど。超大スクープではあるけど、リスクが大きい
「そもそも、現実で恋愛する意味はなんだ」
「リアリティの追求です。兄妹役を見て
国島監督がこの話を持ちかけられた時、絶対
この2人じゃないとダメだって言ってて…
でも原作側は大反対。あの兄妹は恋人には
ならない、続編を出すのはかえってファンを
ガッガリさせるだけだって…」
「その妥協案が、これってことですか?」
杵櫛さんが頷き、少し間が空く。私はショピを一瞥した後、口を開いた
「マネとショピさんと少し話したいです。
申し訳ないんですが、返事はまた後日で」
「は?シーカ受ける気かよ」
「いやいや、私はマネと事務所への相談無しに
勝手にオファーを断れないだけです。」
「ああ、そういう…それならまた後日で」
「お二人にお断りされた場合、他の方に
配役をお願いする事になると思います。」
杵櫛さんは立ち上がり、深々と頭を下げた
「どうか、よろしくお願いします。私も実は
監督が2人の名前を出した時…とても心が
踊ったんです。2人ならこのドラマを、
誰も予想できないくらいいいものにできる
私はそう確信しました。どうかどうか、
よろしくお願い致します。」
ショピさんをまた盗み見ると、難しい顔。
私達は杵櫛さんを見送った。
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