230 エピローグ④
更に二日が経ち、クルミとダンがグリーンビュー国へ出発することとなった。
船の到着が遅れ、二人の出立が遅れたお陰で、ロゼスとイーシェアが見送りに来ることが出来た。
「王子は今、スラナ村に遠征されています。ウォーレッド国の攻撃で、村は酷く損壊してしまったので、その復興を手伝っているのです。今日はここへは来られませんが、二人を見送れなくて申し訳ないと言っておられました」
イーシェアはそう言って、クルミとダンに順に視線を送る。
そのすぐ隣にいるロゼスは、やはりまだ怪我が治っていなかったが、それでも、背筋を伸ばして真っすぐに立ち、表情の読み取れない顔を見せていた。
イーシェアとロゼスは、少し距離が近いとクルミたちは感じた。それは勘違いではないだろう。
「別れならもうすませたでしょ。そんなこと気にしないでって、アルに言っておいて」
クルミがあっけらかんと言うと、イーシェアはそっと笑んだ。
「それより、国の周辺にはまだ多くの魔物がいるんだろ? 魔物退治、本当に手伝わなくて良いのか?」
ダンはロゼスに顔を向け、心配そうに問う。
「いや、いい。お前たちはまだ怪我が治っていないし、魔物は残った兵士で片付けられる。心配するな、メイクール国は、必ず復興する」
ロゼスが言ったので、ダンは内心安心した。
自分から言っておいて何だが、クルミが魔物退治に参加するとなれば、神の力を失った彼女を危険に巻き込むことになる。
ちなみに、ウォーレッド国とメイクール国の戦争は、ウォーレッド国王が死去したことが判明すると、二国間の戦争はあっさりと終結された。
魔族がウォーレッド国王、シュナイゼに成り代わっていた訳だが、王妃も王子も、戦争の終結を願った。
その理由は、数か国がメイクール国に助け船を出し、割って入って来たことが大きかっただろう。
「ロゼス、パティの様子はどうなの?」
クルミは気になっていたことを訊いた。
「パティは、大丈夫だ。元気にしている。翼が燃え尽きたのでバランスが悪そうだったが、今は普通に歩けている。背の火傷も、軽いものだ。城の暮らしにも、徐々に慣れるだろう。……以前の記憶は戻っていないがな」
ロゼスは、最後のところは少し寂しそうに言った。
もう以前の記憶は戻らないかも知れない……、ロゼスは何となく、そう思っていた。
ダンは、そうか――、とだけ言い、クルミは、別れの日にもパティが顔を見せないのはやはり寂しかった。
記憶を失ったパティが、関わりのない自分たちに会いに来ないのも仕方のないことだと、密かに下唇を噛んだ。
そうして顔を上向ける。
「ロゼス、記憶を失くしても、パティはパティだよ。きっと、パティの本質は変わっていない。あたしも、いずれまたメイクール国の、あんたたちに会いに来るよ。あたしたち、仲間でしょ?」
クルミがにっと笑んで手を差し出すと、ロゼスとイーシェアは、順にその手を繋いだ。
ダンとクルミが船に乗り込み、船は出立する。
「ロゼス、私たちも戻りましょう」
イーシェアがいうと、ロゼスは、ああ――、と柔らかな返事をした。
イーシェアは、神が消えた今も、そこに存在している。それに、イーシェアは、以前よりも表情が豊かになったようだ。
以前と変わらず……、いや、以前よりも近しい距離に愛しい人がいることが、ロゼスは心から幸福だと思った。
クルミは船の甲板に立ち、頬杖をついて、穏やかな波を見るともなしに見ていた。
「元気ないな、クルミ」
ダンは明るく声をかける。邪魔なネオも国に帰ったので、ダンとしては一安心だ。
しかしクルミの顔は浮かない。
パティの記憶がなくなったのもそうだが、もう一つ、クルミを悩ませていることがあった。
……力がなくなってしまったのだ。
石が消え、元々は、女にしては強い力を持っているが、それでも、楽々と魔物を倒していた、以前の力は失い、満足のいく戦いもできなくなってしまった。
「こんなんじゃ、大して戦えないし、一人で魔物を倒せるかもわからない」
クルミは自らの拳を見つめ、ため息を付く。
「なんだそんなことか」
「そんなことって、大事なことだよ。だってこれじゃ、今まで通り、一人でどこにでも行くなんてできな—―」
と話しの途中でクルミは、不意にダンに抱きすくめられ、ついでに、キスをされた。
「大丈夫、俺が護ってやるよ。これからはずっと……」
茫然とするクルミに、ダンは言った。
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