229 エピローグ③

「じゃあ、また会おう。落ち着いたら手紙を書くよ」


 と言い、ロミオはジルに抱えられ、浮遊術フロートであっという間に飛び去った。

 ついこの間まで、自分たちにもその力があったが、それは随分と昔のことのような気がして、皆ぽかんとした。

 手紙を出すまでも、浮遊術フロートでジルと飛んで来た方が早いのでは?ーと、その場の皆は思った。


 パティだけは、不思議そうな顔をして、ジルたちを見送った。彼女はまだ何も思い出していないが、アルに付いて来ていたのだ。



 続いてネオが、アルが用意した船で北東大陸行きの船に乗ろうとする。

 船はほとんどウォーレッド国の襲撃で壊れてしまったので、美しい帆船という訳にはいかなかったが、古いが、なかなか良い船だった。

 

「みんな、クルミも、見送りありがとうございます」


 と言い、ネオは、クルミの手をぎゅっと両手で握った。

 その様子を、ダンが睨みをきかせてじっと見ている。


「うん、ネオ、元気でね。またいつか会おう」


 クルミは言ったが、ネオは、少し遅れて頷くだけだった。

 ネオは、自分にはもう、クルミに会う勇気は出ないような気がした。

 



 ……ネオは、二日前にクルミから告白の返事を貰うために、彼女を呼び出した。


「クルミ、返事を聞かせてください」


 ネオは、柔らかな顔でクルミの前に立っていた。


 メイクール国で療養中で、まだ体が十分に治っていないが、ネオもクルミも、ゆっくりと歩くことはできた。


 野外にある、メイクール国の城の、兵士訓練場。

 そこもウォーレッド国や魔物との戦いで随分と壊れたが、そこからは壮大な星空が望めた。

「うん、あのね、ネオ……」

 いつもはっきりとしたことしか言わないクルミは少し躊躇ためらい、遠慮がちにネオを見上げた。

 

「ごめん……!」

 言って、クルミは顔を俯けた。


「あたし、ネオのこと好きだけど、それは、仲間としてだから……だから、恋人にはなれない」


 ネオは大きく息を吐いた。

 やはり、というべきだろう。彼女のその答えを予想はしていたが、それでも、息苦しくなるほどネオは辛かった。

 それなのに、どこか、胸がすっとしている気もする。

 気が済んだということか。


 ネオは、バツの悪そうな顔をしているクルミを真っすぐに見つめると、クルミの両肩に手を置いて、笑んで見せた。

「クルミ、顔を上げてください」

 言われて、クルミはネオを見上げる。大きな焦茶色の瞳とぶつかり、ネオはまだ、胸がどきどきした。

 

「クルミ、返事を――、私のことを真剣に考えてくれて、感謝します。あなたの気持ちは分かりました。……一つだけ、教えてください。クルミはダンが好きなのですか?」

 クルミは驚いた顔をし、次いで、ネオの問いに真剣に答えようと、真顔になる。

 

「えっと……多分、そうだと思う」


 少しの沈黙の後、クルミは恥ずかしそうに言った。

 

「ネオ、これも、やっぱり多分としか言えないけど――。ダンはあたしにとって、特別なんだ。これはね、確かなこと」


 クルミは何か吹っ切れたような清々しさで言った。

 真っすぐなクルミの瞳に、ネオは暫し、魅入ってしまった。



 ――ダンはいつもあたしを護ってくれる。



 クルミはダンを思い出す時、始めに頭に浮かぶのはそれだ。



 ――命を懸けて、体を張って、あたしを護ってくれる。

 それはもう揺るぎない、絶対にそうだって言える。

 抱き締められた時、ダンは特別だと感じた。

 恥ずかしかったけど、ネオとは違う。ダンに抱き締められると、心地良くて安心する。多分、きっとそれは、あたしがダンを好きってことだ……。



 

(これは本当に、完璧に振られたな)


 ネオはクルミから一歩離れ、何だか心ここにあらずなクルミを見て、ため息をつく。


「とても残念です。私は恋人だけではなく、あなたの良いパートナーにもなれると思ったのですが」

 ネオは寂しそうに言った。


「ダンに思いを伝えるのですか?」

 とネオは訊いたが、どの道、思いを伝えてくるのはダンの方だな、と内心思った。


「……ん、うーん、言わない、かな」

「なぜですか?」

「だって、伝えたところで、あたしとダンはどうせ一緒にはいられないよ。ダンは、海賊の長だもの。ダンには大勢の子分がいて、長として、仲間を率いて行かなきゃいけない。あたしはあたしで、世の中平和になったし、目標に向かって進みたいから」


 クルミはダンへの思いを自覚した後とは思えないほどあっさりと、恋愛を切り捨てる発言をした。


「それなら、私が一緒に行ってもいいのでは?」

 ネオはずいと身を乗り出す。

「私はあなたのためなら家を捨てても構いませんし、とことんクルミの夢に付き合いますよ」

 あ、パートナーってそういう意味か、と思った後、クルミはどん、とネオを押し、「本気じゃないくせに」、と、ちょっと怒って言った。



(半分は本気ですがね)


 ネオは押されてよろけた状態から踏ん張ろうとしたが、怪我が治っていないので倒れてしまった。


「ネオも、ちゃんと生きて。ネオは凄いよ。あんなに人を魅了する舞いの技術があるんだから、自信を持ちなよ」

 クルミは唇の端を強気に持ち上げて言い、ネオに手を差し出す。

 美しい顔だ、とネオは思った。


「……それから、舞いじゃなくても、目標みたいなもの、見つけなよ。じゃないと、人生勿体ないでしょ」

 ネオはクルミの差し出された手を掴むと、彼女は引っ張って起き上がらせてくれた。しかし以前とは違い、クルミは、普通の女性のような頼りない力だった。


 怪我のせいではないと、ネオは感じた。 



 ――しかしこれから彼女を支えるのは、残念ながら、私の役目ではない。

 ああ、そうだ。これで終わったのだ。

 私の初恋は、もう、完全に終わってしまった。

 けれど鬱々うつうつとした気分ではなく、清々しかった。

 


 そして、今、新たな目標を胸に秘め、ネオは、皆に見送られながら、故郷、北東大陸行の船に乗り込んだ。





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