225 最後の神具

 パティはその光を抱き締めた。

 

 温かくて優しい光。

 それでいて、気高く強く、儚い光。

  

 大好きで愛しい、あなたの光。


「アル、まだ、あなたの体に戻れます。わたしが、あなたを蘇らせてみせる……」

 


 ――それは、天世界から降りようとしていた時。


 ウルスラは、神具の一つ、〝光明の腕輪〟をパティに渡した。パティは不思議そうにその腕輪を見た。


「パティ、この腕輪はお前の神具。人の身でないパティには扱うことはできぬが、これは渡しておこう」

 ウルスラがパティに言った。


「ありがとうございます。ですが、扱えないのに、どうしてわたしに――?」


 パティは、元はネオの家の家宝であった腕輪を受け取り、ウルスラを見上げて問う。


「パティが〝石を持つ者〟である以上、腕輪の力はどうせお前以外には扱えん。……持っておくといい」


 パティは、腕輪の元の持ち主であったネオを振り向くと、ネオは頷いたので、パティは腕輪を腕に嵌めた。


 その時、神具の腕輪は、何の反応も見せなかった。

 石を持つ者であっても、やはりパティには扱えないようだ。

 



 パティは、アルの光に満たされた自分の右腕に嵌められた金の腕輪をふと見る。

 残った最後の神具、〝光明の腕輪〟だ。


 他の神具は、神々が石を持つ者たちの力と成したため消え去ったが、〝光明の腕輪〟は、本来、石を持つ者であるパティの神具なので、使われることはなかった。


 光明の腕輪――、それは、一定の確率で死に逝く者の命を繋ぎ止めることができる、使い捨ての神具だ。

 だがそれは、魂がまだその体に宿っている場合に限る。


 神々の力はほとんど消えたが、腕輪には、神の力が残っていた。

 ウルスラはパティには扱えないと言ったが、そうではない。

 サラは、魔の者でありながら、神具を扱うことができた。

 石を持つものであるパティが扱えない筈はない。

 パティは誰に教わった訳でもないが、確信していた。

 


 ――どうなるかは分からない。

 だけど、きっと、大丈夫。

 わたしは、アルを救う。


 この神具と、わたしの全ての力を懸けて、この願いを叶える。

 それによって、もしわたしがわたしでなくなったとしても、少しも怖くない。

 だって、アルを救うことが、わたしの、何にも代え難い唯一の願いだから。



 パティは魂を抱き締めながら、心から祈る。


 自らの身に宿した魔と神具の力、その全てを、アルの魂に込めていく。

 アルの光が更に激しく光りを増す。

 瞳を開いていられないほどの強い光だ。



 パティは、光を自らの手から地上へと向けて放った。



「アル、戻って、あなたの体に……。あなたの大切な人たちが、待っています」



 強い光を保ったまま、アルの魂は、地上へと降りていく。

 


 地上では、空高く舞い上がってしまったパティはどこへ行ったのか、皆は空を見上げていた。

 アルの亡骸を前にして、彼らは途方に暮れていたが、彼らの目にも、強い光が降りてくるのが目に見え、その眩しい光に、皆は、目を閉じる。


 その間に、光は、アルの体の中へと、すうっと吸い込まれた。



「……が……はっ……」


 アルの口から渇いた咳が漏れ、一同は、再びアルに注目する。


「王子――」


 ロゼスがアルの体に手を触れると、温もりを感じ、急いでその心臓に耳を当てると、どく、どく……、と、規則的な音を立てていた。



「王子……! 生きて、いる……」



 信じられないが、それを聞いた他の仲間も兵士らも、喜びに充満されていく。


「アルタイア王子、本当に、良かった……」


 イーシェアの瞳から涙が零れ、それは他の者たちにも伝染した。アルが瞳を開くと、そこにいる者たちの顔は、神が起こしたような奇跡に、皆、瞳を潤ませていた。



「王子、大丈夫ですか? あなたの心臓は、先ほどまで止まっていて――」

 カイルが早口で捲し立てると、アルは頷き、

「ああ、もう大丈夫だ。傷は負っているが、動けないほどじゃない」

 そう言って、アルは、ゆっくりと立ち上がる。


「まだ横になっていてください。血は止まっていますが、重症には変わりありません」


 カイルは心配そうに言ったが、アルは首を振った。


「みんな、パティは、どこに――?」

 アルは周囲を見回して訊く。

「パティは、急に空を飛んで行って、まだ戻っていないよ」

 クルミが問いに答える。

 アルは空を見上げた。



 頭上高く、遠くに、小さな体が地上へ向かって落ちていくのが見えた。

 アルは、落ちて来るその体に向かって、思うよりも先に、走り出した。

 

 傍にいた者たちは訳が分からないが、カイルと、仲間の内動ける者は、アルの行動を理解して、後を追っていく。


 


 ――アルが蘇ってすぐのこと。

 


 パティの翼に、炎が点いた。

 元々、天使の体に魔の力は相容れない。

 与えられた全ての魔の力を使い、しかも、神具の力も使い、反発する力同士を使ったために、パティの体は耐え切れずショートし、翼が燃えたのだ。

 

 空高く舞い上がり過ぎたイカロスの翼のように、純白の片翼と、もう片方の黒い翼、双翼とも、炎を上げた。

 パティの翼は彼女の背の翼を燃やし尽くし、炎はようやく鎮火した。


 パティは、翼だけではなく、魔と神具の力も使い果たし、意識を失った。

 命が無事なのかは、未だ、分からない。


 パティは、上空から、地上へと落ちていく――。


 落ちて行くパティを、アルは追い駆け続けていた。





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