223 そして……

 デルタロギスとオデッサが命を落とすと、メイクール国を襲っていた魔のものたちは、散っていった。

 主を失い、目的を失ったのか、ただの獣のように、そのほとんどが森や山、海へと入って行った。

 

 いつの間にか、倒れていた石を持つ者たちの体から、石がぽろりと抜け落ちている。神が絶え、魔王との戦いの後、神の力も石の力も消えたようだ。

 

 魔物たちがいなくなったお陰で、生き残った兵は倒れた者を運んだり、周囲を見回ったりし始めた。

 その中に、カイルもいた。

 カイルも怪我が酷かったが、動けないほどではなく、陣頭指揮じんとうしきを取っていた。


 彼の元に、一人の兵士が慌てた様子でやって来て、


「カイル隊長、あの、王子が、あちらに――」


 と、酷く狼狽した様子でまくし立てた。


「王子が……!? 案内してくれ」


 カイルがその兵士に付いて行くと、巨大な獣のような魔王の死体と、その傍に、まるでボロ切れのような姿となった、見覚えのある若者が倒れていた。


「……王子!! アルタイア王子!」


 カイルは倒れたアルの近くに膝を付き、血塗れの彼の体をそっと揺する。


 近くで意識を失っていたイーシェアやロゼスたちが、周囲の騒めきで目覚め、ゆっくりと立ち上がり、アルの方へと歩んで行く。



「王子……?」


 ロゼスもアルの顔を除き込むと、アルは、何とか、瞳を開いた。

 だがその有様は、酷いものだ。

 瞳を開いたのが信じられないくらいだ。

 腹の傷は大きくえぐれ、絶え間なく血を流し続け、アルの顔色は蒼く、いつ、その微かな命の灯を消してもおかしくはない。



「……カイル、ロゼスたちも……無事で良かった……」



 アルはカイルに支えられ、微かな吐息のような声を漏らす。


「アルタイア王子、しっかりしてください。時期に、医者が来ます」


 カイルは、内心では、もうアルは助からない――、と分かっていたが、それでも、一縷いちるの希望を胸に、アルを励ます。



「……カイル、いいんだ……。どうせもう、僕は、助からない……」



 アルの蜂蜜色の瞳からは、光が消えていくようだった。つい先ほどまで、その瞳は生き生きと輝いていたが、今は、徐々にくらい闇に蝕まれていくようだ。


「あなたは、このメイクール国の王となるお方です! お気を確かに!」


 カイルは、言いながら、その青い瞳の双眸そうぼうに、涙を浮かべていた。


 その様子を、イーシェアと、ロゼスも息を飲んで見つめている。



「……カイル、死ぬ前に、あなたに、伝えたい……」


 

 アルは、ぐっと力を込め、カイルの腕を掴み、カイルの目を真っすぐに見つめた。



「僕は……取り返しのつかないことを、した……。あなたの、大切な子を……、僕にとっても大切な友人だったネイトを殺してしまったことを、ずっと、謝りたかった……。本当に、すまな、かった……。……言えなかったんだ。カイルに、罵倒されても構わなかったのに……、怖かった」



 ――きっと、カイルに、本当のことを言われ、その関係が壊れてしまうのが怖かったんだ。



「……聞かせてくれ、カイル。あなたの、本当の気持ちを……」


 

 カイルは、一度目を閉じ、その後、再びアルを見つめた。

 カイルの青い目から、一滴の涙が落ち、それは、カイルを掴んだアルの手に落ちた。



(逃げていたのは、私の方だ……。王子は、ずっと、私にその懺悔ざんげの言葉を伝えようとしていた。それなのに、私はその度に、それを遮った――)



「王子、私は、本当は、あなたを、とっくに許していたのです」

 

 カイルは涙を拭い、ゆっくりと穏やかにアルを見返した。



「……だが、あなたを許したとネイトの墓前にだけは言えなかった……。私もまた、向き合うことを恐れていたのです。息子の命を奪った者を許すような酷い父親だと、認めたくなかった。王子、あなたが苦しんでいると知っていた。しかし、えて、何も言わなかったのです。謝るのは、私の方です」



 カイルは、心が洗われるような気がした。

 ずっと心に蟠りを抱えていた。

 アルを許している自分が、ゆるせなかった。

 最愛の息子の命を奪った者を心から案じ、自分の子供ように思っているなど――。



 ――だがもう、いいだろう、ネイト。

 この方は、もう充分に苦しんだ。

 死ぬ間際でさえも、ネイトのことを忘れることはなかった。

 


「そう、だったのか…」


 アルの顔もまた、憑き物が落ちたようだった。

 アルは、ようやく救われたのだ。



「……きっと、もうすぐ、パティがここへ来る……。カイル、ロゼス……、パティのことを、頼む……。それから、君のことを、いつも、思っていると……」



 ロゼスやイーシェア、カイルが見つめる目の前で、アルは、ゆっくりと瞳を閉じた――。

 

「そ、んな……」

 

 イーシェアがか細い声を発し、口元を手で覆い、ロゼスは、体をがくがくと震わせ、手を固く握り締める。



「そんな……王子が……」



 ロゼスの瞳からはいつの間にか涙が零れ、無意識のうちに前髪をぎゅっと掴んでいた――。





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