222 最後の戦いー決着

 アルは、蜂蜜色の瞳でデルタロギスを見据え、剣を構える。


「いかに神の力を得ようとも、たった一人で何ができる? この俺を倒すなど、不可能だ」


 デルタロギスは薄く笑いながら言った。


「不可能でも何でも、僕はあなたを倒す。そうしなければ、人間の未来は閉ざされてしまう。それに、約束したんだ。この戦いを終わらせると――」

 

「メイクール国の王子よ。いいだろう、遊んでやる。神の力を託された者も、既にお前一人。お前を殺し、この地上を俺のものにする幕開けとしよう」


「阻止して見せる……!」

 

 アルが言い、剣を手に飛び出すと、デルタロギスも同じくアルに向かって飛び出した。


 デルタロギスの大きな獣の眼がかっと見開かれ、青く光る。

 デルタロギスは閃光のような速さで腕を振るった。   

 アルはその速さに反応し、剣とデルタロギスの腕が火花を散らしてぶつかる。

 

 重い攻撃に吹き飛びそうになるが、アルは足を踏ん張り、力を込める。

 そこへもう一方のデルタロギスの腕が伸びてきて、アルの目の前で炎の玉を出現させた。

 炎の玉がアルに触れる直前、アルの剣から黒い煙が出現し、炎の玉をかき消した。


 デルタロギスはその現象に驚き、一度引いた。


「何だ? 闇の魔術に似ているな。俺の魔術を無効化したー?」

 

 確かにそれは闇の力なのだろう。

 ノエルの力の結晶で作られた剣ならば、魔術を秘めていても不思議はない。ブラッククリスタルの力を発揮できるアルだからこそ、使えたのだが。


 アルは何も答えず、再び飛び出した。

 魔術を無効化されたため、デルタロギスは僅かにたじろいだが、一瞬後には再び攻撃を仕掛けてくる。

 デルタロギスとアルは、目に見えないほどの速さで攻防を繰り返し、デルタロギスの腕とアルの剣は、もう数十回は重なり合っていた。

 

(このままじゃ、やられる……)


 アルはデルタロギスが次の攻撃に移る前に上空に逃れた。

 デルタロギスはアルを地上から見つめ、両の手の平を地面に向ける。

 すると地面から巨大な土の刃が出現し、それは空のアル目掛け、あっという間に高く伸びていく。

 

 アルは上空で何とか避けるが、その刃は更に素早く伸び、枝のように分かれ、アルを突き刺そうと追いかけていく。

 突き刺そうとする枝の刃をアルは剣で切るが、切った傍からまた枝は襲ってくる。

その間にデルタロギスが空を飛び、アルが気付かぬ内に、その爪は目前まで迫っていた。


 デルタロギスが嘲笑いながらアルに爪を立てようとする――、が、アルの剣はまた黒い煙を吐き出し、デルタロギスの片腕を包んだ。


「また、この術か……!」


 デルタロギスの腕は焼けるように熱く、酷い痛みを伴った。

 デルタロギスは土の鎧で腕を覆うと、黒い煙は消えた。

 

 デルタロギスは、魔術では埒が明かないと苛つき、アルの間近まで迫り、腕を振り回す。

 アルは避け続けていたが、突如体が重くなり、デルタロギスの爪を肩に受けてしまう。


 刺されている途中にすぐに背後に飛び退いたが、深く抉られ、血が滴った。

 アルは更に上空に浮かび、避難する。

 アルは肩を腕で押さえているが、血は止まっていない。

 その傷の所為ではなく、アルは息が荒く、動きも鈍っていた。

 アルは体に異変を感じ取った。

 

(何だ、急に……体が、思うように動かない……)


 宙に浮かんではいるが、何とか浮いている状態だ。

 アルの体を、酷い痛みが襲っていた。

 元々、アルは重症だった。

 それを、剣の力で多少なりとも動けるようになっていただけだ。時間が経ち、剣の効果が切れたのだ。


(時間切れか? 早く、決着をつけなければ――)


 アルは地上に降り、空に浮かぶデルタロギスを睨む。


「行くぞ、デルタロギス、これで、決める!」

 アルは剣を頭上に構える。


「望むところだ! 王子よ、お前は直接爪で殺してやる!」


 デルタロギスは腕を伸ばし、爪を太く変化させた。


「死ねええええ……!!」

 デルタロギスが耳を劈くような大声を上げて、アルに向かって来る。


「うおおおおお……!!」

 アルも同じく、唸り声を上げた。


 デルタロギスの体は青い光に覆われている。

 アルは神の力を手にし、その体は白く発光していたが、剣には魔の力が宿るため、剣は闇色に染まっている。白と黒の光が、アルを包んでいる。


「あなたを、倒す!」


 アルは体中の全てのエネルギーを絞り出すように剣に込め、剣に、光と闇の力が集まっていく。


 アルは酷く落ち着いていた。

 デルタロギスの爪がアルに届く前にアルはその懐に飛び込む。


 剣から再びエネルギーが伝わり、体が痺れるようなのにそれが心地良く、剣と一体になったと思えるほどごく自然にアルは剣を振った。


 彼の一太刀ひとたちは、まるで木の葉を切るような軽いものなのに、実際には大地を割る如く重い一撃だった。

 

 デルタロギスの体から血飛沫が舞う。

 アルはその血を浴びても動じることなく、再び剣を構える。


「ぐ……、この、にんげん、が……!」


悔しさに顔を歪めるデルタロギス。

アルは剣を脇の辺りで両手に持ち替え、デルタロギスが止めることができない速さで、心臓を突いた。


 光と闇の力を同時に発揮する、それは人が持つ力の範疇はんちゅうを越えた力。魔王でさえも、その力には抗えない。


「ぐ……、ああああ……」


 デルタロギスの胸元から青い血が流れ始める。

 

 デルタロギスは、もう間もなく、命を手放す。

 アルはデルタロギスの懐で、やった……、と、微かな息を漏らす。

 デルタロギスを倒した安堵からか、急に、力が抜けていく。

 体が震え、次いで、痛みが全身を駆け巡る。

 もう立ち上がる力さえ残っていない。

 しかし、魔王を打ち果たした今、国に残った魔のものも、時期に散っていくだろう。


 アルの体からふっと力が抜ける。

 デルタロギスは、だがまだ死んでいない。


「く、そ……だがな、お前も、道連れだ……」


 デルタロギスはまだ動けずにいる、目の前のアルに、爪を突き出した。



 デルタロギスの爪は、アルの体を貫く――。


 アルの腹から流れた大量の血は、ぼたぼた、と、地面に大きな染みを作った。


 デルタロギスはそれを見ると満足気に笑み、倒れた。

 ようやく、魔王が、絶命した――。

 しかし、その代償は大きい。

 アルの腹から止めどなく流れる血は、腹を押さえた腕も、下半身も、血に染めていく。


(パティ……やっと、会える、のに……)


 アルは、ついに視界までぼんやりとし始め、その場に崩れ落ちた――。





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