221 パティの声

 ノエルが、パティに伝えたこと。

 ブラッククリスタルは、ノエル・ジュダムの力の結晶なのだ。


 メイクール国王家の人間――、アルの祖父オルタナと、マディウスとアル、三世代に渡り、その身にブラッククリスタルを耳に穿ち、身に付けてきた。

 特にマディウスとアルは、生まれてすぐに穿ったことで、その身は十年ほどで、ブラッククリスタルの力を受け取る体へと変化をしている。

 ブラッククリスタルの武器を装備するだけでは駄目だ。その身に穿たなければ、本来の力は発揮できない。 

 大人になってからでは、ブラッククリスタルの力を受け切れず、体に毒となる。


 一部の貴族はメイクール王家の者のように耳に穿つ者もいるが、生まれてすぐ行った訳ではない。

 つまり、ブラッククリスタルの力を受け入れる体となったのは、アルとマディウスだけだった。だがマディウスは、王としての才覚はあったが、剣や戦いの技術には恵まれていなかった。


 メイクール国王子アルタイアは、歴代の王族の中でも随一の戦いの才と実力に恵まれ、今まさに、彼の力量は、最高峰の頂へと到達しようとしていた。



 現在――、デルタロギスを倒せる可能性があるのは、アルだけだ。


 ブラッククリスタルがメイクール国にだけあったのは、メイクール国の採掘場が、魔世界のノエルの領地の真裏にあったことが要因である。

 およそ七十年前、魔世界のその場所でノエルが他の魔王と戦い、大きな力がぶつかり、空間に亀裂が生じたことがあった。


 そんなことは、およそ数百年に一度起こるかどうかの稀な出来事であったが、その際に、ノエルの力の結晶が、メイクール国へと流れ込んだのだ。

 


≪アル……お願いです、立ち上がって。あなたに生きていて欲しいから……!≫


 パティの叫びが、アルの心を揺さぶる。


 アルには、まるでパティがすぐ傍にいるかのように思えた。ごく近くに彼女の気配を感じ、その温度さえ伝わってくるような気がした。


「パティ、分かった――」


 アルの体に、少しだけ力が蘇り、倒れた状態から力を振り絞って立ち、剣を握る。

 なぜか、少し体が楽になった気がした。

 剣から力が流れてくる、そんな気がした。

 アルの蜂蜜色の瞳が、一瞬、黒く変化する。


 ひゅん!

 剣を振ると、アルのすぐ目の前にまで迫った土や岩が、ばらばらと、粉々になった。


 剣を振るった時、まるで雲でも切っているように、軽かった。先ほどまでとはまるで違う。きっと、パティがきっかけをくれたのだ、とアルは確信した。

 アルは、確かにブラッククリスタルの剣から力を得ていた。僅かではあるが、生命力のようなエネルギーを。

 

 アルは剣を一度仕舞い、倒れたイーシェアとロゼスを両手に抱え、更に振ってくる細かい岩の破片等を避けながら上に向かって飛ぶ。

 深い穴から、アルたちは抜け出した。


 穴から抜け出し、二人を少し離れた場所へと置く。ロミオも近くに倒れているが、生きている。


 アルは、体は酷く傷むが、何とか戦えるだろうと思った。

 アルは、上空に浮かぶ、青い眼の巨大なものを見据えた。

 

「パティ、頼みがあるんだ……」


 アルは、敵を見据えていたが、発する声は、至極柔らかな声だった。


「この戦いが終わったら、メイクール国へ帰って来て欲しい」


 パティは、アルの声を聞いて、時が止まったような気がした。

 あまりに久しぶりの、自分へのアルの優しい声に、幻ではないかと訝り、黙っていた。

 アルはパティが何も言わないのも当然だと思った。

 自分は、それほどのことをしたのだ。


「君に酷いことを言って、本当に、ごめん……! 

あんなことを言っておいて、今更こんなことをいうなんて、勝手だと自分でも思うよ。でも、あの時の言葉は、僕の本当の気持ちじゃないんだ。信じて欲しい。パティは天世界で暮らす方が、幸福だと思っていたから――」


 アルは、握り締めた拳に力を入れる。

 

 それに、アルは自分にかせをかけてもいた。

 友人を殺めた罪のためにパティを遠ざけようとした。


 アルは神の力により、もう天世界は存在しないと把握していた。パティがどういう存在なのかも。



 ――パティには帰る場所がない。

 放っておくなんてできない。

 ……いいや、それは言い訳だ。


 本当は、パティが幸福になるという保証がないことが、怖くてたまらないんだ。

 僕が、パティの帰る場所になる。

 己に課した枷を取り払ってでも、パティを護っていく。


 パティを、幸せにする。


 

「……もう一度いうよ、パティ。この戦いが終わったら、メイクール国に、帰って来てくれ。今度パティに会う時は、僕の本当の気持ちを伝えるから。

この戦いを、勝って、終わらせてみせる」


(アル……!)


 パティはアルの言葉に魅了され、進むことを忘れ、空に止まっていた。

 パティは何も言えなかった。

 

(夢、みたい――)

 

 あの日、アルに酷い言葉を投げつけられてから、ずっと、嘘であって欲しいと望んでいた。

 けれどいくらそんな妄想をしてみても、それは所詮想像でしかなく、そんな思いは叶う筈がないと思っていた。

 だから、平和になることを心から願っても、その後の未来を考えることはパティにはできなかった。

 


 ――アルに、また会える。会っていい……。

 

 

 パティはそれだけで胸がいっぱいだった。

 


 アルは、もうすぐそこまで迫ってくるデルタロギスを見ながら、パティの次の言葉を辛抱強く待つ。



≪アル……、嬉しいです。わたし、メイクール国へ帰ります。信じています、アルが、この世界を救ってくれると――≫



 パティが心から幸福な思いでアルに伝えると、それを聞いたアルは、一層強い決意を固め、向かって来る魔王に剣を構えた。



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