220 別れ
少し、時を遡る――。
パティは、ほとんど意識のない天使たちを連れ、魔の気配のない空を飛んでいた。
魔のものの目に止まらぬように、海面すれすれを飛んでいた。
そこへ、大きな帆船が、少し遠くに見えた。
(あの船、ダンが乗っていた船に似ている……! 魔のものに襲われてもいない。あの大きな船なら、天使たちを乗せられる)
パティが連れている天使たちは、全員で三十四名いた。そのほとんどが翼を持つ女天使で、守護天使という名の男天使は僅か五名だった。
守護天使は、神々により、セルリアンのように自我を奪われ、神の力が及ばなくなると、そのほとんどの者が消失してしまったのだ。
パティは、思い切って船に降りてみた。
するとその船員たちは、やはりダンの子分たちで、パティが見知った顔もあった。
彼らは、パティの姿が少し変わっていたので、話すまで分からなかったようだが、パティが名を名乗ると、
「おー、グリーンビュー国での、あの時の天使ちゃんか! 随分、感じが変わったなぁ」
と思い出したようだ。
パティは、天使たちを少しの間ここに置いて欲しい、と頼むと、彼らは、二つ返事で快諾してくれた。
「ありがとうございます、天使たちを、どうか、護ってください。わたしはこれから、メイクール国へ戻ります!」
パティはすぐに再び空中へ浮上し、大きな黒と白の翼をはためかせ、飛び立った。
パティは、声を聞いたのだ。
だから、急いでメイクール国へ向かわなければならなかった。
あの方――、ノエル・ジュダムの声が聞こえた。
パティは、翼を思い切り動かし、鷹のように鋭く飛ぶ彼女の瞳には、一粒、涙が散った。
――天使たちを船に預ける少し前のこと。
あの雄々しく、穏やかな声が、パティ、と名を呼び、パティは翼を動かしながら、空中に止まった。
「あなたは、……ノエル・ジュダム……お父さん――」
≪パティ、もう時間がない。これからいうことを、よく聞け。もう一体の魔王を倒すには、あの者の力が必要だろう≫
ノエル・ジュダムが続きを言い終えると、パティは、はい、伝えます、と言った。
≪それから、パティ。前世でも、現世でも、お前を、抱き締めることも出来ず、すまなかった……≫
ノエル・ジュダムは、悲しい、悔いるような声で言う。パティは誰もいない前方に向かい、その澄んだ、真っすぐな瞳を向けた。
「そんなこと……! だって、お父さんは、わたしを、ずっと見守ってくれていました。わたしを愛してくれていました。わたし、嬉しかった……」
パティは心から嬉しそうに、微笑みを浮かべていた。
パティは瞳を閉じると、その暗闇の中に、まるで目の前に父がいるかのような存在感があった。
馬のような姿の、白く輝くような胴と四肢に、黄金色の翼を持つ、美しい獣。
温かな腕に包まれいるような感覚がした。
≪パティ、今度こそ、幸せに……≫
「はい――必ず……」
パティの決意に満ちた返事の後、ノエル・ジュダムの命の火が消えたと、パティには分かった。
「さようなら、お父さん……」
――誰よりも強く気高く、偉大な方。そして、大好きな、大切な、わたしのお父さん……。
頬を流れる涙をそのままに、パティは前を向き、飛び続けた。
天使たちをダンの仲間に預け、メイクール国へと翼を動かす。
飛びながら、アルに向かって、心の内で話しかける。
パティは、そのテレパスの能力をノエルから授かり、その能力のお陰か、アルたちがどういう状況なのかも、分かっていた。
≪アル、剣を取ってください。立ち上がって……!≫
アルは、神の声のように頭に響くパティの声に、心が震えた。
愛しさと、彼女に対する懺悔の思いが芽生え、アルは、パティ、と、口元から声を漏らす。
「パティ、なのか? 本当に……?」
≪そうです、アル。魔王デルタロギスを倒せるのは、あなただけです。だから、早く、剣をその手に取ってください≫
「駄目なんだ。もう、無理だ。体が動かない。意識を保っているのがやっとだ……」
アルは、倒れた格好から上体を僅かに動かすが、傷と痛みで、座ることもままならない。
(アルが、弱音を吐くなんて……。よっぽど辛いんだ)
――大好きな人に、まだ戦えというわたしは、酷いことをしている……。こんなことを言うのは、心苦しい。
けれど、アルしか、いない。
残ったあの魔王、デルタロギスを倒さなければ、世界は終わってしまう。
≪アル、諦めては駄目です。戦ってください。あなたがデルタロギスを倒さなければ、大切な仲間たちも、メイクール国の人たちも、世界も、滅びてしまいます。だから、立ってください。あなたしか、いないのです……!≫
パティは心に鎧を纏い、強い口調で訴えた。
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