219 最後の戦いー劣勢

 デルタロギスが言った途端、その巨大な体は更に速度を上げ、目にも止まらぬほどの速さで、先ずは、爪をイーシェアに向けた。


 イーシェアは一瞬の内に結界を張るが、完璧には間に合わず、デルタロギスの爪が、彼女を裂く。イーシェアの体から、ぴしゃっと、血が周囲に散る。


 完璧ではないものの結界の中にいたため、大量の血ではないが、少なくはなく、裂かれた場所が悪かった。 

 イーシェアは眩暈とショックのために、気を失った。

 

「イーシェア!!」

 ロゼスが怒りに満ち、槍を手に飛び上がると、デルタロギスに足を掴まれ、力任せに投げられ、城壁に叩き付けられた。

 壁に打ち付けられたロゼスは、口の端から血を流し、動かなくなった。


「ロゼス!」

 アルが剣を手に走る前に、ロミオが、無駄かも知れないと思いながら、浮遊術で飛ぶと、両手を前に突き出し、

巨大氷壁ヒュージアイスウォール!」

 と叫ぶ。

 ロミオの手の平が発光し、デルタロギスの両側から、巨大な氷の壁が出現した。

 ロミオが手を合わせると、二つの巨大な氷壁は、デルタロギスを挟もうとする――。

 デルタロギスはにやっと笑い、拳を握り、片方の氷壁に体を向けた。

 デルタロギスが低く唸りながら、勢いを付けて拳で壁を打った。


 ビシビシビシビシ……!

 巨大な氷壁に縦一列に罅が入り、ドゴゴゴゴ、と煩い音を立てて、崩れ落ちた。


 ロミオがそれを見て怯んだ隙に、デルタロギスは、浮かび上がったロミオを、はえでも相手にするように、片手で叩き落とす。


 その動作は、やはり凄まじく早く、アルは、ロミオが飛ばされて叩き落され、地面に落ちて気を失うまで、動くことができなかった。


 既にその場に立っていたのは、アル一人。


 デルタロギスは残ったアルにも襲い掛かって来た。

 アルは剣で応じるが、デルタロギスの桁違いの力に、吹き飛ばされ、ドゴッ、と地面にぶつかり、背中に痛みが走る。


「面白いものを見せてやろう」

 デルタロギスは獣の口を開いて笑う。

 デルタロギスは、両拳を握り、唸り始めた。


 すると、地面がガタガタと揺れ、アルのいた周囲十数メートルが、抜け落ちた――。 

 

 ロミオだけは運良く少し離れていたため無事だったが、アル、イーシェア、ロゼスは深い穴と化したそこに落ちて行く。

 アルが穴に落ちる瞬間、デルタロギスはアルに風の魔術、〝旋風〟を浴びせ、身動きが取れないようにした。


「ロゼス、イーシェア!」

 風圧で息も絶え絶えの中、アルは叫ぶが、二人は目を覚まさなかった。

 穴の周囲が割れ、三人の後ろから、崩れた土や岩もがらがらと落ちて来た。


 

 対策を思いつかない内に、深い穴の底へと到達し、三人は地面に叩き付けられた。

「ぐ……あっ……」

 アルは、喉を引き絞られるように呻く。


 体が割れるような痛みが全身を貫く。

 神の力を得たお陰で命は無事だったが、骨が数本は折れ、内臓も損傷したかも知れない。辛うじてアルは意識を保っていたが、一瞬でも気を抜けば、気を失う。


 すぐに、岩や土壁の破片も落ちて来る。

 避けて、二人を救わなければ……。

 アルはそう思うのに、腰を少し動かしただけで酷く体が痺れ、頭も重く、意識が飛びそうなほどの痛みに襲われる。


(駄目だ、動けない……)


 重症だが、二人も命は無事だと思うが、もう戦えないだろう。


 頭上から岩と土の塊が降って来れば、逃れる術はない。

 待っているのは、死だ――。


 妙にゆっくりと流れる僅かな時の中、アルは、魔王を滅ぼせなかった不甲斐なさと、絶望に支配された。

 

(みんな、ごめん……)



 ――パティ。


 

 全てを諦め、瞳を閉じたアルの脳裏に浮かんだのは、パティだった。



≪……アル、剣を、取ってください≫



 ――幻だろうか。

 

 懐かしいソプラノの声がアルの頭の中に響く。

 愛しさが込み上げ、心が震えるその声を、アルは、ずっと、本当はずっと、聞きたかった……。



 ――パティ、君なのか……?



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