211 神との対話


 異変は、突如、起きた。


 魔物の大部分が散って行ったので、アルや、怪我を負った兵士らは城や城周辺へと戻っていた。そしてようやく一息ついたアルの耳に――、いや、心に、突如、声が響いたのだ。


≪……アルタイア。お前に、力を、授ける。その力で、石を持つ者と共に戦うのだ≫


(何だ、この声は……? 戦う?……どういうことだ?)

 

 アルは周囲を見回すが、そこには、傷を負った兵士やそれを手当てする者くらいしかいない。


「何者だ、あなたは? 戦うとは、どういうことだ? 」


≪メイクール国の王子よ、私は、天に住む神の一人、風の神シーナ≫


「神……風の神、シーナ……?」


 アルは、予想だにしない者の名を聞き、無意識に呟く。


≪時間がない。必要なことだけを伝える。これからお前に力を授ける。その力を以て、石を持つ者たちと共に魔王を倒すのだ。そうしなければ、地上に平和はない」


 アルは、シーナの言ったことに、体が硬直する。

 思いもよらないことを言われ、思考が停止しかけた。


≪石を持たないただの人間のお前には、力が流れ込んだ時、堪えるかも知れない。

だが、上手くすれば、力を自在に操れるだろう。さあ、アルタイア、返事を聞かせてくれ。お前はどうする? 力を、受け取るか?≫


 シーナは、本当に時間がないのだろう、言うべきことだけを告げ、アルに考える間も与えず、答えを求める。


「待ってください、風の神よ! 石を持つ者たちと言ったが、彼らは、無事なのですか?」


 突如、何もない空間に話し始めたアルに、周囲の兵士が気付き、心配そうな顔を向けるが、アルは、それを気にしてはいられなかった。


≪――無事だ。もうすぐ、地上へ降り立つ≫


 シーナの答えに、アルは、ほっと息をつく。


「……では、パティは? あ、あの、風の天使のパティです。天の世界にいるのでしょう?」


 シーナは、アルの問いかけに、黙っていた。

 パティがアルと旅をしていたことは、パティを見張っていたシーナは知っていた。

 しかしその問いに答えるには、一言では説明ができないので、どう答えていいかシーナは迷い、


≪……パティは、再び地上へ降りた。大切な役割のために。魔王を倒した暁には、会うこともできるだろう≫


 と、それだけを言った。


(なぜ、パティは再び地上に? 平和な天世界で生きて欲しかったのに……)


 アルは神の答えに動揺し、パティが気がかりで、神の言ったことが頭から吹き飛びそうになった。

 

≪今は、私の言う通りにしてくれ。魔王を排除しなければ、地上は魔の手に落ちる。今、魔王らは、最も近い大陸であるこの国に向かっている。もう間もなく、やって来る≫


 シーナの言葉で、アルは再び声に意識を向けた。

 ともかくパティは無事でいるようなので、アルは、神のいうことに従うことにした。


 このメイクール国に魔王が襲来するー、放っておけば、国はただではすまない。

 神から力を授かり、戦うことができるのなら、それはアルにとっては、願ってもないことだ。


≪力を与えても、その力を発揮できるかどうかは、己の気持ち次第。お前は、その力を以て、魔王に立ち向かうと誓えるか? ≫


「はい、どうか、力を与えてください。僕も、地上のために、力を尽くします。

――命を、懸けて」


 アルは、姿の見えないシーナに、その場で顔を上向け、はっきりと告げた。


 シーナからの返事はなかったが、数秒後、アルの体に神具の欠片が数個、体内に吸い込まれていき、その後、酷く不快な感覚に襲われた。


 体に何かが入り込む感覚がし、背筋がぞくぞくとして、吐き気がするほど気持ちが悪くなった。

 アルは、それは神から力を授けられたのだと分かったが、今度は息苦しくなって、その場に膝から崩れ落ちた。

 

「お、王子!?」


 突然、独り言を言ったかと思えば、床に膝を付き、ぜいぜいと荒い息を吐くアルに、近くにいた兵士は叫び、隣に膝を付いた。


「大丈夫だ……、少し、眩暈がするだけだ……。すぐに、治る。それより、カイルに伝えてくれ」

 アルは、心配そうな顔をする兵士に、冷や汗を滲ませて言った。


「魔王が、この大陸に、メイクール国に向かっている。外にいる者はすぐに家や建物に避難を仰ぐように――」

 兵士は、なぜアルがそんなことが分かるのだろうかと思ったが、アルの真剣な眼を見て、兵士は問い返すことができなかった。


「は、はい! 分かりました!」

 兵士の一人が返事をすると、すぐに、パタパタと数名が、カイルがいる、城門の方へと駆けて行った。



 アルはその場で座り込み、片膝を立てたまま、動けなくなっていたが、数分後に、ようやく解放された。

 気持ちの悪さと寒気と、息苦しさが収まり、アルは、ゆっくりと立ち上がった。


(……魔王が、今、この国に降り立った……!)

 

 その時アルにはそれが解り、置いていた剣を腰に差す。その動作で、アルは気付いた。

 

(疲労が消えている。回復、したのか?)


 これもきっと、神の力の恩恵を授かったからなのだろう、疲れが消え、むしろ清々しいほど気分が良くなっていた。


 ドンッ……!


 城が、大きく揺れた。

 恐らく、魔王が周辺一帯に何か大きな衝撃を与えたのだ、とアルは思った。


(魔王は、この城のすぐ近くにいる……それも、二体だ)


 アルは目を閉じ、意識を集中する。すると、彼の体を光の膜が覆っていく。


 光の膜に包まれたアルが瞳を開くと、彼の体はその場に浮かび上がり、風が通り抜けるように城の回廊を飛んでいった。




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