209 地上へ……

 神具は、作り出した神の手にそれぞれがふわりと飛んだ。

 ただし、〝光明の腕輪〟は、パティの元へと飛んだのだが――。


「さて、先ずは、天使たちを地上へ降ろすか」

 ウルスラが言い、他の神々は頷くと、神々はそれぞれ腕を伸ばしたり、少し隙間を開けて両手を近づけたりした。

 

 すると、翼を持つ女天使と、武器を持つ男天使全てがその場に集まり、彼らの体は淡い光に包まれた。

 数十名ほどのいる天使たちの顔は、恍惚としており、皆、瞳が半分閉じている。


「……これでもう、次に目覚めた時には、皆記憶を失っている。背の翼も、空を飛ぶ力も、地上に降りた後には消えている。地上で暮らすには、翼も、天世界の記憶も邪魔になるだろうからな」

 

「パティ、では、天使らを連れ、地上へ降りるのだ。魔のものの気配を探り、魔のものがいない地で、天使たちを隠し、やり過ごせ。地上が平和になれば、彼らも人のように生きられるであろう」

 ユリオスが言い、次に、シーナが口を開く。


「パティ、頼んだぞ」

 神々の内の誰かがそう言った。それは神々の皆の頼みだと、パティは分かった。

パティは、はい、とはっきりと言い、半分眠ったような状態の天使たちの前に立つ。


「では、天使の方々、わたしに付いて来てください」

 

 半目を開いてはいるが、意識のない天使たちにパティは言い、地上へ降り立つために、翼を開こうとする――。

 その前に、パティは石を持つ者たちを振り向いた。


「ロゼス、イーシェア様、ツバキ、クルミ、ネオ、ロミオ……、どうか、ご無事で。また、地上でお会いしましょう」

 パティは微笑んでいた。

 その笑顔に応え、皆、頷き、笑みを返した。


 彼らは頷いたり、ああ、と言ったりしたが、それ以上はパティに何も言わなかった。

 

 ――再び、平和になった地上で会おう。


 その約束は、きっと、守られる。

 パティも仲間たちもそれを心から信じているから、今は何も言う必要などなかった。

 パティが飛び立つと、天使たちも彼女の後に続いた。



 パティの姿が見えなくなると、神々は手元にある神具を一撫でする。すると、神具はぱりん、と乾いた音がして砕けた。

 砕けた神具の欠片を、神々はそれぞれの石を持つ者たちの胸に押し当てると、神具の欠片は彼らに吸い込まれていった。


 神具をそのまま石を持つ者が使うのではなく、神具に込められた力を受け取り、一体化させることで、絶大なパワーを得られる。

 

 だが神々は、全ての欠片を石を持つ者たちに押し当てた訳ではなかった。

残った欠片も幾つか存在した。


 その理由は、試練を受けていない者には、神具の全ての力を与えれば、その者は、恐らく死に至るからだ。

 

 試練を越えた人間は、力を受け入れる間口が広がり、耐えられるだろうが、試練を受けていない者は耐え切れず死ぬ確率が高い。石を継いだばかりのロゼスと、試練を受けていないネオは、神具の力全てを受け入れる、言わば容量がないのだった。


 

 欠片を吸い込んだ者たちは、気を失い、その場に倒れた。神々は、残った神具の欠片を見る。


 ロゼスとネオには、およそ半分ほどの神具の欠片しか与えなかったのだ。

そのことで、問題が浮かび上がる。


「……これでは、神具の全ての力を発揮できない。魔王を倒すなど、無理だ」

 バグーラが、ため息交じりに言うと、

「それならオレに良い考えがあるぜ」

 と、ライザが思いついたように言った。


「人間たちの仲間の二人――、ダンとアルタイアは、石を持つ者と同等の力を持っている。才能だけで言えば、奴らの上をいくな。二人に、ロゼスとネオに渡す筈の半分の力を与えるんだ。恐らく、力を受け入れる間口が通常の人よりも広いだろう」

 ライザは掌を上向け、にっと笑んで見せる。


「石を持たぬ人間に?」

「ああ、なるほど。それは良い案だ。もしかすると、彼らは〝繰り返す者〟なのかも知れぬ。そうであれば、石を持つ者と同等の力を持っていても不思議はない」


 ウルスラが言った。

「繰り返す者?」

 神の誰かが問う。


「何度も輪廻を繰り返し、徳を積んだ人の魂は転生した後も強い肉体と精神を宿す。我らの目に止まらなかったのは、彼らは石を必要とせずとも、魔に対抗する手段を得ているためだ。……よし、もうそれしかあるまい」

 

「では残った神具の欠片は、地上のアルタイアとダンの元へと飛ばす。石を持つ者が目覚めるのを待った後、我らは力を注ぎ、天世界を地上から切り離すことに集中する」


 神々の心は、一つになっていた。

 良い顔を見せていなかった月の女神アズールも、神らしく、その決定に従い、従順な態度を示していた。



 神具の力を与えられた人間たちは、すぐに目を覚ました。

 彼らは皆、落ち着いていた。目を覚ましてすぐに、地上の気配を探り、魔王がどこにいるのか、何をしているのか手に取るように分かった。

 どうやって戦えばいいのかも、分かる。だがそれでも、魔王を倒せるかどうかは、はっきりとは分からないが……。


「それじゃ、行きますか。僕たちの故郷――、地上へ」

 ロミオが、緊張している仲間たちに朗らかに言った。


「うん。そうだね、行かなくちゃ……」

 クルミは自分に言い聞かせるように言った。


「きっと、大丈夫です。力を合わせれば、困難は乗り越えられます」

 イーシェアが、希望に満ちた瞳をしているのを見たロゼスは、頷いた。


「よし。さっさと終わらせようぜ」

 ツバキが言い、彼らは互いに顔を見合わせ、空に浮かび、飛び立って行った。

 

 六つの光となった彼らは、メイクール国付近の海域を目指し、地上を目指していた。






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