208 神々の言葉

「では人間たちよ。時間があまりない。お前たちにはこれから魔王と戦えるほどの力を与えるが、一人では勝つことはできまい。皆で協力し、魔王を打ち破るのだ」

 ウルスラは人間たちを見回して言った。

 彼らは互いに顔を見合わせ、頷く。

 

「――それと、戦いの女神セシルが、ノエルに加勢し、地上で魔王を相手に剣を振るっている。セシルはオレたちの力を遥かに凌ぐが、それでも、力の衰えたノエルと魔王二体など倒せないだろう。人間たちよ、お前たちに、神具の力を直接与える。その力を以て、セシルに加勢し、彼女を助けてくれ」

 そう言ったのはライザだ。

 

「神具の力を直接与えるとは、どういうことですか?」 

 ロミオが訊ねる。

「神具を壊し、そのエネルギーをお前たちの体内に取り込む。これで、神具を使わずとも、神具の力を発揮できる」

 ユリオスが、問いに答える。


「パティ、ぬしは――」

 と、地の神バグーラが言いかけると、

「わたしも、彼ら、石を持つ方たちの力になりたいです。わたしも彼らと一緒に、地上に降りて、魔王の元に向かいます」

 パティはそう言い、身を乗り出す。


「焦るでない、パティよ。ぬしには別に使命がある。ノエル・ジュダムの力を僅かに取り込んだが、ぬしには魔王を倒すほどの力はない。パティは天使らを地上に送り、彼らが魔物に襲われぬよう、護ってやってくれ」

 地の神バグーラが、優しい声音で言い、パティの頭を、そっと撫でた。 


「これから天使たちの記憶と翼を奪い、代わりに自我を芽生えさせる。しかし、自我が芽生えるまでは少し時間が要る。天使らは、それまでは生まれたばかりの赤子のような状態になってしまう。彼らを、誰かが地上の安全な地へ導き、魔の手から護ってやらねばなるまい」


 地上で生きていくには、天使であった頃の記憶は邪魔にしかならないからだ。

 

 パティは、魔の力を取り込んでも変わらずに愛情を注いでくれるバグーラに、わかりました、と真摯に言い、頷いた。


 本当はパティは、自分も戦いの場に行き、仲間たちの力になりたかった。それに、魔王の戦いの場には、前世、ネネであった頃の父、ノエルもいる。

 

 しかし、天使を護る――、それも大切な役割だ、とパティは自分に言い聞かせた。


 

「では人間たちよ。お前たちに神具の力を与える。ここへ……」

 ウルスラが言い、石を持つ者たちはそれぞれの神の前に立つ。

 

「肝心なところはいつもお前たちに任せて、悪いな」

 ライザは、目の前に立つツバキに、炎の神らしくなく、謝るように言った。


「気にするなよ、ここまで来れたのは、ライザ様のお陰だ。オレたちに力を渡して、あんたたちは、地上を護るために力を使って、消えるんだろ? ……悔いは、ないのか?」

 ライザに対し、初めて気を遣った言い方をするツバキに、ライザはふっと、笑った。


「オレはもう充分に生きた。天使や地上を護って消えるなら、本望だ。……一つ、願いがあるなら、もし、オレたち神にも生まれ変わりがあるならば、今度は、人間に生まれたい、がな」

 

 ツバキにそう言ったライザの表情は晴れやかだった。

 

「イーシェア、あなたは、私の力を半分渡し、生まれた者です。私があなたに与えた神力は、既にあなたのもの。私が消えても、影響はないでしょう。どうか、地上を平和に導き、幸福に暮らしてください」

 イーシェアの前に立つアクアにはあまり表情はないが、アクアの放った言葉は柔らかだった。


「アクア様、他の神々は人間に石を与えただけなのに、私のことは、あなたが生み出しました。なぜそのようなことを――?」


「石を持つ人間は、無理をして、強い魔物や魔族と戦い、短い一生を終えた者も少なくありません。石を持たなければ、平凡な時を過ごした筈でした……。わたくしは、何世代にも渡り、彼らを利用することが、次第に辛くなっていったのです」

 アクアの感情はほとんど読み取れなかったが、悲しんでいることは、イーシェアには分かった。


「自らの力を半分と、石を託すことで、もう人間の一族を巻き込むのは止めることにしました。わたくしは、もう、とうに、この天世界の終焉を迎える準備をしていたのです」

 

 ――後のことは、頼みます。


 アクアが最後にそう言うと、イーシェアは深く頷いた。

 アクアがイーシェアに語り掛けてきた時から、イーシェアにとってアクアは、まるで家族のような存在に思えていた。


 バグーラは目の前のネオを見て、

「ぬしが、私の選んだ血筋の者か。良い顔つきになったな」

「なった?……地の神バグーラ様ですね。私のことをご覧になったことがあるのですか?」

「――無論だ。なかなか、自由な生き方をしてきたようだな、ぬしは」

「え、ええと……。見苦しいものをお見せしていたのでしたら、すみません」

 ネオは、クルミに出会うまで、遊び人として生きていたが、その有様を地の神に覗き見られていたのかと思うと、恥ずかしさのあまり、俯いてしまった。


 地の神は、はっはっ、と豪快に笑った。

「良い。ほんの少し、ぬしの生活の一部を垣間見たに過ぎん。だがぬしも、随分と変わった。この戦いを経て生き残った暁には、更に成長し、真実の愛を手に入れるであろう」

「バグーラ様……」


 何と温かな神であろうかと、ネオは感動した。


 と、そこで、ひゅんと音がし、奪われていた神具がどこからともなく、神々の前に落ちて来た。

 火炎のクロー、水鏡の盾、神風の杖、飛翔の靴、月光の指輪、解放の剣、光明の腕輪だ。




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