185 戦いの行方
六芒星の中で目を閉じ、人差し指と中指を立てていたジュニアスが動いたのは、クルミがその場に座り込んだのと同時だった。
ダンは足を引き摺りながらクルミの傍により、彼女を護るようにジュニアスの前に立つ。
(そうだ、まだこの男がいる……だがもう、まともに動くこともできねえ)
「よせ。今のお前たちでは俺には敵わない。お前たちが攻撃する前に殺せる。戦う気はない」
警戒する二人に、ジュニアスは言った。
「戦う気がない……?」
ジュニアスは言った通り、殺気というものはなかった。
「お前、クルミが倒れた時、俺たちを殺さなかったな。あの時なら二人とも殺せた筈だ。何で、何もしなかったんだ?」
「……俺もサラも、人間を殺すことが目的じゃない。お前たちが邪魔だと思ったから、攻撃しただけだ。もう時間は稼いだから、攻撃しなくても良くなった」
それに、と、ジュニアスは少し迷いながら続ける。
「それに……、お前が命懸けで女を護っている姿を見て、殺す気が失せた」
ジュニアスはそう言って、少し笑った。
「お前――」
と、ダンはジュニアスに何か言いかけたが、ジュニアスはもう二人を見てはいなかった。
「……我が目的の、その者の姿を示せ」
ジュニアスは両手を合わせ、力を込め、その言葉を唱え始めた。
「そしてその者を操る力を、我が手に――」
ぼう、と、六芒星が光り、頭上が鏡のようになり、どこか別の場所の景色が映し出された。
その景色の中に見覚えのある人物がいる。
始めは倒れたロミオ、次に、傷だらけのジル、最後にその鏡に映ったのは、ネオだった。
「だ、だめ……!」
クルミは慌ててジュニアスを止めようと、短剣を握る。
「クルミ、駄目だ、あいつに近づいたら、今度こそ殺される!」
「で、でも、ダン、魔王が地上に現れたら――、この世界は終わるんだよ! そんなの—―」
「それでも! それでも駄目だ!……例え世界が終わっても、俺がクルミを護るから――」
――だから、行くな。
ダンはクルミの腕を掴んで離さなかった。
サラは〝開放の剣〟を抜くと、ツバキではなく、ジュニアスたちの方角を向く。
「サラ、来い!!」
ジュニアスが離れた場所から叫ぶと、サラは剣を抜いたまま、魔術を使って宙に浮かび、あっという間にそちらへと飛んでいった。
「何で、まだあんなに早く動けるんだ!」
ツバキもサラの後を追う。
サラは六芒星の中に入ると、両手で剣を頭上へ掲げた。
「力を解放するわ……これで、私の役目は終わる」
「止めろ、サラ!!」
ツバキは傷の痛みを我慢し、六芒星の結界に突っ込み、クローで攻撃をする。しかし結界は罅が入ることも壊れることもない。
「ツバキ、ジュニアスの方を攻撃して! 」
クルミがダンの傍から少し離れて叫ぶ。
ツバキはジュニアスに目を向け、走り出した。
ジュニアスの両手が淡い光を発行し、魔術を発動させている。その魔術を中断できないのか、ジュニアスはツバキに気付いても動かなかった。
「雷鳴拳!!」
ツバキは残った力を振り絞り、拳をジュニアスに叩き込む。バシュッ、と光りが瞬き、ジュニアスが吹き飛んだ。
拳はジュニアスの腹にめり込み、ジュニアスは、がはっ、と、血を吐いた。
雷鳴の光に辺りが照らされ、ジュニアスはまともに雷鳴の力を得た拳を受け、気絶した。
だが六芒星は、壊れていない。
(奴を殺さなければ、六芒星は消滅しないのか――)
「くそ、止めだ!」
ツバキは再び、ジュニアスに攻撃しようとした。
「無駄よ、ツバキ!」
六芒星の中で剣を掲げたサラが叫ぶ。
「ジュニアスを殺しても、この六芒星は消えないわ。この結界は、あなたたちには決して破れない」
そう言い、サラの持つ剣の切っ先に、青い光が集まっていく。
青い光は、サラの手の平から流れていく。
ツバキには分かった。
〝開放の剣〟は、サラの生命力を吸い取っているのだ。血液が流れるように、剣は、どんどん、サラのエネルギーを吸い、力を吸う度に、剣は成長し、大きく変化していった。
「サラ、止めろ! 止めてくれ!!」
ツバキの悲痛な叫び声が、辺りに木霊した。
一方、ムーンシー国、バシウ村近くにて。
ロミオは運良く一度木の枝に引っ掛かり、その後、地面へと落ちたが、木の枝はさほど高い位置になかったので、ロミオは無事でいられた。
彼は酷い怪我をしているが、目を覚ますと何とか立ち上がり、ジルに肩を借りてゆっくりと歩いていた。
「ネオ、どうしたんだ?」
ロミオは、少し前を歩いていたネオに、声をかける。
ネオが突然、立ち止まり、膝を付いたからだ。
「う……ああ……」
ネオはあまりの不快さに呻き、今までに感じたことがないほど体に変調をきたしていた。具合が悪く、体が麻痺したように動かず、力が入らない。
(何だ……? まるで、力を吸い取られているようなー)
ネオがそう思った時、何もしていないのに、ネオの首の石が光り始めた。
「ネオ! これは、まさか……」
ロミオは恐れていた事態が起きてしまったと分かり、ネオに駆け寄った。ジルも只事でない事態を悟る。
ネオは体の中から無理やりエネルギーを搾り取られる感覚に、次第に意識が遠のいていく。
(駄目だ、体が、いうことを聞かない……)
ネオはどうにもできず、その場に崩れ落ちた。
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