186 降臨
サラの漆黒の瞳が、白目までも真っ黒に塗りつぶされ、彼女の顔には表情がなかった。
まるで魂をも、〝開放の剣〟に吸い取られてしまったようだった。
剣は更に大きな大剣と化し、六芒星の結界の天井に届くほどに変化した。すると、サラを取り囲んでいた結界と、上空に映された鏡も、その役目を終えたように掻き消えた。
サラは剣を高く頭上に掲げ、すうっと、魔術で空高く飛んだ。
陽は夕暮れに染まり、いつしか、暗雲が立ち込めていた。
ゴロゴロゴロ……、と、サラの真上の空では、雷が鳴り響く。
「〝開放の剣〟よ、お前に命ずる。地上と魔の世界を繋ぐ――、その道を開き賜え」
サラの声が、冷たく、無機質に響く。
夕闇の中でサラが掲げた剣に、雷が降り注いだ。
剣は雷の電気を受け、バチバチと電撃が走り、それが美しく光っていた。
ツバキは、サラを止めようとした。
しかし、どうしたことか。
足が竦んで、動かないのだ。
ツバキは感覚で分かったのだ。
その剣は、魔と聖なる力の両方を極限まで吸い取り、相まって、多大なエネルギーを有している、と。
そしてこの魔素の濃い土地特有な性質のせいで、ツバキたちたちが立つ地面までもが剣のエネルギーを受けて、土が舞い上がったり、盛り上がったりしている。
――サラは、今まさに、魔王を
(何をびびってやがる!)
ツバキは己を奮い立たせ、サラの元まで高くジャンプをする。
――間に、合わない……!
「サラ!」
サラはツバキの声に反応せず、次の瞬間、空から地面までの空間を、一気に、一直線に切り裂いた――。
大剣は力を失ったように、また通常の大きさへと戻る。
切り裂いた空間からは闇の臭気のような重々しい空気がなだれ込んだ。
その闇の空気に触れた途端、ツバキは息苦しく、力が抜けるような感覚に襲われた。
構わず、ツバキはサラから剣を引き離し、気を失った彼女を抱え、その場所から移動を始める。
クルミとダンも、何とか、立ち上がって移動をする。
「駄目だ、お前ら、もっと遠くへ行け!」
ツバキが二人に向かって叫ぶと、クルミは力を振り絞り、飛翔の力を発動し、ダンと共に離れた場所へと飛ぶ。
ツバキもサラを抱き、その後に続いた。
サラが切り裂いた、魔世界と地上を繋ぐ切れ目からは、闇の幕のようなものが地上に流れ、空を覆っていく。
その空間から、一体の獣が、ゆっくりと地上に足を踏み入れた。
現れたのは、白い体毛と金色の翼を持ち、闇色の瞳をした、馬のような姿の獣だった。
およそ二メートルほどの、さほど大きくはない獣だが、恐ろしいほどの威圧感を放っている。しかしその美しい姿のためか、その場にいた者たちは、不思議と恐怖に足が竦むことはなかった。
獣――、いや、それは紛れもなく、三大魔王の内の一体、それも、魔世界の頂点に立つ王であり、その世界を長い年月の間、秩序を保ち、操っていた、最も力のある魔王、ブラックスビネルだった。
闇の帳はあっという間にツバキやクルミたちの頭上に迫り、国全体をも、包み込む。
クルミが力尽き、その場に降りると、ツバキもそのすぐ後に、地上に降りた。
サラは、既に虫の息だった。
彼女は、自らの力の全てを使い切ってしまったようだ。生命力が感じられない。
ツバキはサラが死ぬ――、と分かり、周囲の空気の変化の所為ではなく、胸が苦しく、体中がきしきしと痛んだ。
「サラ……」
ツバキは腕の中のサラに呼びかけた。
彼女はこのまま目を開かないのではないか、とツバキは思ったが、サラはゆっくりと、瞳を開いた。
「サラ、お前、何で、こんなこと――。命を、燃やしてまで……」
ツバキは、ほとんど涙を零しそうな、悲しい顔をしていた。
「……これが私の運命なのよ……。そんな顔をしないで、ツバキ」
サラは、幼い子供にするように、ツバキの頬にそっと触れ、慰めるように言った。
「言ったでしょ。……私は、ツバキには殺されないと……」
サラは自分が傷付けたツバキの腹の傷を見て、ごめん、ともう一度言った。
「だけどね、ツバキ……、我が王、ブラックスビネル様は、人間にとっては、悪い王ではないわ」
サラは最後の力を振り絞り、ツバキに顔を近づけて、消えそうな声で言った。
ツバキは、徐々に瞳を閉じていくサラを見つめ、涙ぐんでいた。
「信じて……。あの方なら、この世界を、護ってくださる……」
(何を言っているんだ、サラは)
――その魔王、ブラックスビネルを地上に呼び込んだから、他の二体の魔王も地上に来て、人間は滅びようとしているんだろう。
それとも、そうまでして、そいつを呼び寄せる意味があるのか?
ツバキはその問いを口にしなかった。
サラは既に事切れ、ツバキの腕の中で、永遠の眠りに落ちていたのだ。
ツバキはどうしようもない虚脱感に襲われた。
クルミはダンを支え、自らもよろけていたが、立ち上がる。黙り込み、サラの亡骸を抱えたツバキの姿を、二人は、見ていた。
彼らの頭上には、サラが切り裂いた、魔世界と地上を繋いだ切れ目から、途切れることなく、魔物が溢れ出している。
それらのものたちは、それぞれ飛び立ったり、翼のないものは地上を歩き、同じ瞳の色同士、どこかへと連れ立って去っていく。
自らの王の元へ辿るのか、それとも街や村を襲うのだろうか。
クルミたちは頭上を見上げ、一言も声を発することができず、次々に溢れ返る魔物たちの群れを瞳に焼き付けていた――。
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