183 高位魔族との戦い・ウォーレッド第二帝国3


 クルミは頭上に、大きく膨れたドールが、自分を押し潰そうとしているのを見た。

 クルミは両腕を曲げて腰に当て、ぐっと拳を握り、

「二段階――」

 と言った。


 その刹那、彼女の体に変化が起きた。

 クルミの体は、正に風の如く、動いたのだ。

 一秒にも満たない時の中、クルミは頭上を覆うドールの影から逃れた。


 クルミはドールから離れる最中に周囲に目を走らせ、ダンが、今にも首を切られようとしている光景を見た。


 彼女は、自らの体にも支障をきたすことを顧みず、

「三段階」

 と、限界まで更にスピードを上げる言葉を口にした。


 ドン!!

 クルミが地面を蹴ると、風、というよりも、光に似た速さで、ダンとジュニアスの間に割って入り、ジュニアスの振り下ろす斧を短剣で食い止めた。

 

「く、クルミ……?」

 どこからいつの間に現れたか分からず、ダンは、呆けた顔になっていた。


 三段階目のスピードは、人の能力を大幅に超えた速さだ。それは、神の試練を終えたクルミの体をも酷使する。

 最後の手段であり、幾度も発動することはできない。

 クルミは短剣でジュニアスの一撃を防ぎ、距離を取る。が、ぜいぜいと、肩で息をしていた。

 

「クルミ、大丈夫か!?」

 ダンが心配そうな顔をすると、クルミは、平気、と息を吐きながら言った。

「それより、あいつを何とかしないと――」

 ダンは、ああ、と言い、二人は再び臨戦態勢に入った。


 ドールはクルミの姿を見つけて背後から迫り、ジュニアスは斧を手に襲って来ようとした。

 クルミは、ジュニアスが斧を掲げる前に、一段階目を発動し、短剣で切りかかった。

 ガキッ!

 ジュニアスの腰を切ろうとした剣は、皮膚に少しだけめり込んだが、皮膚はやはり硬い。


(剣は止まったけど、更にスピードを上げればきっと刺せる!)

 

 クルミは両腕に短剣を持ち、腰で固定し、二段階目を発動しようとしたー。そこへ、ドールが殴りかかってくる。

 ドールの拳がクルミに届く前に、ダンが残った鎖を拾い、両手で広げ、ドールの体に直接、素早く巻き付ける。

 ドールは鎖を解こうともがくが、ダンは渾身の力を込め、ドールを抑え込んでいた。


(ドールは形を変えられる。すぐに攻撃しないと――)


 クルミはすう、と息を吸い、すぐさま二段階目を発動させようとした。

 

 ドスドスドスドスドス……!!

 だが、三十センチほどの幾つかの四角形となったドールが、クルミを取り囲み、彼女の体を四方八方から攻撃した。


 クルミは、幾つかに分かれ、四角形となったドールの体の一つに、きらりと光る、ブラッククリスタルの欠片を視界の隅に捕え、気を失った――。

 


 ――あれだ。あの欠片だ。


クルミは艶やかな漆黒の石、ブラッククリスタルの欠片を掴もうとした。それは恐らく、ドールの動力源――、つまり、心臓部だ。あれを粉々に砕けば、ドールはただの土に戻る。

 

 だがクルミの体は動かない。

 彼女はまだ、意識を取り戻してはいなかった。

 夢の中でさえ、クルミは戦っている。

 

 続け様に神具の力を限界まで発動し、無理をしたので、体が重く、酷く疲れている。


 ――けれど、寝ている訳にはいかない。

 魔王が地上に降臨してしまったら、夢を叶えるどころではなくなる。何もかもお終いだ。

 

(今すぐ、目を、覚まさなくちゃ……)


 クルミは、半分は眠った状態の意識の中で思う。

 


「クルミ」

 ダンは、クルミに呼びかけた。


 クルミは温もりを感じながら、目を覚ます。

 目を覚ましたクルミは、ダンを見て驚いていた。


 中腰でダンに抱えられていたが、彼は、複数に分かれたドールの攻撃により、酷い怪我を負っていた。

 体中、血を流し、赤く腫れ、腕や足も折れているかもしれない。

 クルミを抱えるダンの腕は、普段は力強いのに、今は少し震えている。


 ダンはクルミを抱え、四角形となったドールの攻撃から身を挺して守っていたのだ。

クルミを抱えているのでダンは素早く動くことも、防御も、反撃もできない。


(それでもダンは、ずっと、あたしを護っていた……)

 

「ダン……何で、こんな馬鹿なこと――」

 クルミはダンの腕から降り、泣きそうになりながら、心配そうに顔を近づける。


「目、覚ましたか……。良かった。こんな傷、大したことねえよ」


 クルミに心配をかけまいとして強がりをいうダンに、クルミは、申し訳なさと、心配と、何か、心が震える、不思議な感覚を覚えた。

 クルミはダンの腕から降りる。


「ダン、ジュニアスは?」

 クルミは、今は涙を見せるべきではない、と思い、涙を堪えて問う。


「あいつは、何だか知らねえが、クルミが気絶して、俺がクルミを抱えて避け始めたら、また六芒星の中に入った。とりあえず助かったけどな」

 

「ダン、ごめん。あんたはゆっくりしていて。ドールはあたしが何とかする!」

 

 クルミは言って、ダンの前にすっと進み出た。

 ダンは、ああ、とだけ言った。

 

(ダンはもうドールの素早い攻撃は避けられないし、あたしも神具の力を使って疲れがピークを越えてる……。次の攻撃で、決める!)


 クルミは右手に短剣を持ち、左腕を腰にあて、片足を後ろに少し引いて、体勢を低くする。


(ブラッククリスタルの欠片を持つドールを粉々に砕くには、剣じゃ駄目だ。最も打撃がある方法で――)


 クルミは足首の石を光らせ、目を凝らして、その石の欠片を攻撃するタイミングを見計らう。

 四角形のドールは高く空を飛び、勢い良く、正面のクルミにぶつかってくる。

 クルミは両腕で顔を庇うが、目は大きく開き、足は地面に踏ん張り、避けることなくドールの攻撃を受けていた。

 ダンは歯をぎりぎりと噛み締め、その様子を見ている。ダンは分かっている。クルミには何か考えがあるのだ、と。


(この一回に勝負を賭ける。攻撃のタイミングを逃さないためには、攻撃を受けてでも、ドールの動きを見る)


 クルミはドールが体にぶつかり、体がきしみ、痛みで感覚が麻痺し始める。

 それでもクルミは真っ直ぐにドールを見据えていた。

 幾つかのドールが、向きを変え、再びクルミにぶつかろうとしていたその時。


 ――今だ。


 クルミは石を光らせたまま、地面を蹴り、あの光のような速さで動いた。

 短剣を振り、ドールの四角形の一つに切りかかる。

 ドールが分裂した一つがクルミの短剣に切られたが、切られた傍から再生しようとする。だがクルミはドールが再生する前に、最後の一手に出る。

 

 きらりと光る黒い石の欠片、それを目掛けて、クルミは一度上に足を持ち上げ、

「はあっ!!」

 勢いをつけ、蹴りを繰り出した。極限の、光のような速さの蹴りは、ブラッククリスタルをも、砕ける、と、クルミは分かっていた。

 

 カツッ!

 乾いた音がし、黒い石が割れる。

 更にスピードを増し、クルミはもう一度、石を足蹴りする。ばらばらに砕けた石は、埃と、地面が割れる残骸と共に周囲に飛び散った。


 はあ、はあ……、と、クルミが荒い息を整える頃、欠片は粉々に砕けていた。

 分裂した他のドールの動きがぴたっと止まり、再生できず、空から地上へと落ち、そのまま動かなくなった。 

 クルミは、疲れと、ドールに打たれた痛みでその場にへたり込む。負傷し、よたよたと近づいてくるダンに、クルミは柔らかな笑顔を零した。




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