182 高位魔族との戦い・ウォーレッド第二帝国2


 サラの作り出した土人形――、ドールは、ズンズンと、ゆっくりとした足取りでクルミの前に来ると、腕を振り上げた。


 クルミはばっと飛び上がってその攻撃を避け、石を光らせ、短剣で切りかかった。

 クルミがドールに切りかかると、剣がズブ、と体の奥に入っていったが、手ごたえがなく、ドールは体に剣を刺したまま、拳で攻撃してきた。


 クルミは一瞬反応が遅れ、腰を殴られ、地面を滑った。

 

(全然効いていない……。剣が効かないんじゃ、こいつも、打撃は意味がないのかも――)


 クルミは立ち上がり、ドールを改めて眺める。


(だけど、ジュニアスと違ってドールには触れられる。きっと倒し方がある)


 クルミは今度は武器は持たず、一段階、と口元で呟き、ドールが動き出すよりも早く、ドールの腹に拳を、倒れかけたドールに、体を回転させて頭上に回し蹴りをする。

 だが、やはり、拳はドールの体を手ごたえなく通過し、頭の土をぐにゃ、と潰す。  

 しかし潰した傍からすぐにまた頭は再生され、元の形を形成する。


「やっぱり駄目か」

 

 言ってクルミは今度は、小型爆弾を取り出し、爆発する直前にドールに投げつけた。


 ドン!!

 爆発音が響き、ドールは崩れる。

 ドールは、元の形を形成しない。


(やったの……?)

 

 しかし数秒後、ドールは、散らばった土が集まって固まり、また元の形に戻っていた。

 

 すっかり元に戻ったドールは、先ほどよりも素早い動きで駆け出し、クルミに向かって来る。

 交互に何度も拳を振り上げ、クルミはその攻撃を後ろに飛びのいて避ける。

 ドールの攻撃は早く、クルミは神具や石の力を使いスピードを上げていなければ、攻撃を避け切れなかっただろう。

 一旦攻撃が止み、クルミはドールと距離を取った。

 

(ドールが元に戻るまで数秒かかった。それにはきっと理由がある)


 ドールは、全てが土色一色で、顔はなく、声も発しない。


 サラが生み出した魔術であるのは間違いないが、その動きは滑らかで、こちらの動きも読んでいることから、操っているというより、ドールは自らの意思で動いているように思える。

 クルミは少し遠くにいるサラを見たが、彼女がドールを操っている様子はない。


(自らの意思があって自由に動けるなら、それは生き物と同じだ)


 生き物ならば、必ず、それを動かす心臓―、もしくは、心臓の代わりとなるものが必要だ。例え魔術が動力源であっても、魔術を蓄える入れ物が必要だ。


(きっと体のどこかに心臓を隠している……。さっきは、多分爆発の攻撃が心臓に少し当たって、再生に時間がかかったんだ)


 ――それならば、次は、どこに心臓があるか、探る!


 短剣を手にしたクルミが再び立ち向かうが、ドールは、まるでその攻撃を待っていたかのように、両腕を広げ、その腕を大きく広げて変化させた。

 両腕が、うちわのように円形に広がり、クルミをはたこうとした――。


 クルミは神具を発動させ、避ける代わりに、再びドールを足蹴りする。スピードを上げたので、かなりの破壊力を持つ。


 ドールは、クルミの足蹴りを受け、腰から下が砕け、飛び散った。だが幾つかに飛び散った土の塊は、また一つになり、今度は、周囲の土も大量に吸い上げ、更に大きく、倍以上に膨れ上がった。

 クルミの真上に来たそれは、上から、クルミを押し潰そうとしていた――。



 ダンの目の前にいたジュニアスが、突如、呪文を口ずさむことを止め、切れ長の黒い瞳を開くと、すっと立ち上がった。


「ただの人間か。邪魔だな、排除する」

 

 ジュニアスはそう言ってダンをちらと見ると、六芒星と円形の光の輪から抜け、何も背負っていない背中から、大振りの斧を取り出した。


 ダンは、変化があればクルミが知らせろと言っていたのを思い出すが、クルミは土人形と交戦中、ツバキも、サラと既に戦い始めている。


「クルミ、気を付けろよ。こいつは俺が止める」

 

 ダンはクルミを一瞬見つめ、肩にかけた愛用の武器――、鎖鎌を右腕に持った。


「斧を使うんだな。お前、魔術使いじゃねえのか?」

「……俺は特殊な魔術を使うが、扱えるのはそれだけだ。普段は武器で戦う」


 ジュニアスは既に、一つ、魔術を発動させている。一度魔術を発動させたので、ジュニアスは今、ダンを攻撃するためには魔術を使えなかった。


「へえ、それは、朗報だな。俺はただの人間だから、魔術には対応しきれないんでね」

「ほざけ、人間が。お前がどれだけ腕が立とうが、所詮は人間。俺の相手じゃない」


「そうかもな。……けど、見せてやるよ、ただの人間の意地を――」

 

 ダンはぶんぶんと上空で鎖鎌の鎖を振り、ジュニアスに投げた。

 ジュニアスはそれを避け、うおー、と大声を上げ、高く飛び上がって斧を振り下ろす。

 ダンは、ジュニアスの攻撃に備え、鎌を構えた。

 

 ガキイイ!

 斧と鎌の刃がぶつかり、金属音が響いた。


 上空からのジュニアスの攻撃に、鎌で攻撃を防いだが、ダンの両足が地面に五十センチ以上沈み、腕と足が折れるほどの圧迫がダンを襲う。


(くそ……、押される……!)


 腕と足が折れる前に、ダンは体を捩って、ジュニアスの攻撃から逃れた。

 ジュニアスの斧はそのまま地面に突き刺さり、地面が、バコッ、と割れた。

 ジュニアスは、止められた斧を不思議そうに少しだけ眺め、その後、ダンを視界に入れた。


「なかなかやるな。人間にしてはだが」

「そりゃ、どうも……」

 ダンは荒い息を吐きながら言った。


 ジュニアスは斧を真横に構え、ブン、と斧を投げつけた。ダンは、投げられた斧を反射的に避けたが、次いでジュニアスは素早く駆け出して斧を取り戻す。


 ダンは防御ばかりでは駄目だ、と己を奮い立たせ、鎖を振ると、鎖は、見事にジュニアスの体に巻き付いた。

 へへ、と笑みを零したダンだが、ジュニアスは巻き付いた鎖を眺め、ふん、と力を込めると、鎖は、ばらばらと崩れ落ちた。


「おい、魔物だって捕えたら放さねえ鎖だぞ」

 

 ダンは額に汗を滲ませた。

 

「終わりだ、人間よ」

 

 ジュニアスは言い、背中に腕を回すと、もう一つ斧を取り出し、両腕に斧を持った。

 ダンは体が少し震えていた。

 長年の勘で、次のジュニアスの攻撃は、自分にとって致命傷になる、と分かったからだ。

 

「こっちも行ってやる、やられるだけじゃ終わらねえぞ!」


 ダンは今度は、小さなナイフを腰から抜いた。

 それはいつか、ロゼスから対価として受け取った、ブラッククリスタルのナイフだった。

 

 ジュニアスは一つ目の斧をダンに向かって投げた。

 ぎゅるる、と斧は回転しながらダンに向かって行く。ダンは斧の動きを完全に把握していないが、ほとんど勘で避け、小さなナイフを手に、ジュニアスに向か

って走った。

 ジュニアスは余裕の表情で、もう一つの斧を手に、一瞬の内にダンの前まで行き、斧を胸元からダンの胸元に向かって振る――。


 ダンはそれを避けようとした。

 だがナイフを確実にジュニアスの首に刺すには、避けていては間に合わない。

 ダンは左手に鎌を持って斧を防ぎ、その流れのまま、右手に持つナイフで、ジュニアスの首を刺した――。

 

 ナイフの刃は、ジュニアスの首を三センチほど沈んだが、それ以上は入らなかった。

 ジュニアスは笑っていた。

 

「俺は魔術はほとんど使えないが、体の頑丈さは群を抜いている」


 ジュニアスの懐に飛び込んだダンの真上から、ジュニアスは、斧を、その首に向かって振り下ろそうとした。



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