180 高位魔族との戦い・メイクール国5


 イーシェアは後ろから手鏡を持ち、視線はアルに向けていた。


 イーシェアが作り出したのは、見えない壁――、水の盾だ。水の盾は周囲の景色と同化している。少し弾力があり、カルファのサーベルを弾いたのだ。


「イーシェア、なぜここに……?」


 アルは、イーシェアに救われたことよりも、城を護っていた彼女がどうしてこの場にいるのかと思い、喜べなかった。


「大丈夫です、アルタイア王子。カイルが、警護部隊と共に城の守りに入ってくれました」

 アルの胸中を察して、イーシェアは口を開く。

 カイルと、カイル率いる警護部隊は、メイクール国で最も強力な部隊だった。


「私がいなくても、城の護りは暫くは安心して良いでしょう。それに、高位魔族を倒すことが、国にとって、やはり不可欠なことですから――」

「分かった。イーシェア、魔族を倒し、一刻も早く城へ戻ろう」

 イーシェアはアルの言葉に頷く。

 

「……カイルは、私にあなたを護ってくれと、言っていました」

 イーシェアは少し迷った後に言った。

 アルは、そうか、とだけ言った。


(カイル、この戦いを終えたら、今度こそ、カイルに向き合わなければ――)

 

 アルはそう思い、拳を握った。

 同時に、パティのことが、一瞬、頭を過る。


(何を考えているんだ、僕は……。もう、終わったんだ。パティにはもう会えない。僕がそう仕向けたんだ……)


 すぐにアルはパティのことを頭から取り払い、再び戦いに集中する。

 アルは、目の前で睨みをきかせるカルファが、またも、闇の魔術を発動させるのを見た。


 カルファは両腕を頭の位置で交差させ、呪文を唱える。

「〝闇の亡者アンデッド〟」

 

 アルとイーシェアは目を見張った。

 カルファの切れた足は再生し、膚はどす黒く染まる。カルファの瞳は、恍惚と赤く光る。


「この魔術は、自らの肉体を強化し、最強の亡者となる……。覚悟してください、あなた方を殺します」

 

 変化を遂げ、冷静さを取り戻したカルファが言い、その様子から、勝てる自信があるのだ、とアルは思い、十字剣を握り締めた。

 

 カルファはアルに突進して来て、アルは十字剣で応戦する。カルファの力とスピードは先ほどより上がっており、アルはカルファのサーベルを振り下ろす力に押され、倒れてしまった。


(駄目だ、十字剣を投げる間がない!)


 アルは思ったが、様子を見ていたイーシェアは、手鏡を自分へと向ける。

 手鏡の中に、ずぶ、と手を入れ、そこから、美しい絹でできた帯を取り出した。

それは羽衣だった。

 イーシェアは青い海のような色の羽衣の両端を持つと、それはイーシェアの頭の上にふわふわと浮かんだ。


「羽衣よ、攻撃せよ」

 そういうと、羽衣は意思を持ったように、イーシェアの元から、カルファのところへふわりと飛び、カルファの体を締め付けた。


 カルファはにっと笑い、その羽衣を力任せに引っ張って剥がした。

 羽衣は尚もカルファに張り付こうとするが、カルファの力の方が勝るようで、それは敵わない。

 その隙に、アルは十字剣をカルファに投げつけた。


 ギュイン、と、十字剣は先ほどより速さを増し、カルファに突進する。

 だがカルファは十字剣をサーベルで弾き飛ばした。


(駄目だ、この程度では……もっと力を込めなければ、今のカルファを倒せない!)


「アルタイア王子、今度は、羽衣でカルファの力を吸い取ります。その時、また攻撃をしてください」

「分かった」


 アルは頷き、十字剣を仕舞い、今度は腰に差した剣を手に持った。

 十字剣での攻撃の方が攻撃力は勝るが、アルはなぜかブラッククリスタルの剣を取った。


(なぜだろう、こんなこと今までなかった。不思議な感覚だ……。剣が、呼んでいる、気がする)

 

 アルはそのよく分からないが、その感覚に従い、剣を構えた。

 先ほどとも何か違う。剣を持つと、いつになく、しっくりくる、という気がした。

 

 カルファがサーベルを振り上げ、今度はイーシェアを攻撃するー、イーシェアの羽衣が再び舞い、カルファの体と頭に巻き付く。

 カルファは邪魔はそれを剥がそうとするが、今度は、そう簡単にはそれは剥がれず、羽衣が静かに発光する。

 するとカルファの動きが少し鈍った。

 

(今だ!)


 アルは、最も適しているタイミングで踏み込み、飛び上がると鋭い一撃をカルファに浴びせた。

 剣でカルファの肩から腰まで切りつけたアルは、そのまま、着地をする。

 

 剣は吸い込まれるように、すっと、軽くカルファの体を切り、カルファの硬い体の奥深くまで傷を付けた。

 アルは、その一撃で、致命傷を与えた、と確信をした。

 傍で見ていたイーシェアも、アルの一太刀に、驚きの中にいた。

 いくらカルファの力を吸い取ったとは言え、それは一部の力に過ぎない。変身を遂げたカルファの硬い体が、それほど簡単に切られるなど、イーシェアにとっても予想外の出来事だった。


「馬鹿、な……」

 

 アルの一刀を受けたカルファ当人も、驚いているようで、彼は掠れた声を漏らす。

 カルファは多くの血を流し、立っていられず、どすん、とその場に崩れ落ちた。


「まさか、私が、人間などにやられるとは……。しかし、あなた方の努力など、全て、無駄です……」

 カルファは荒い息の下から、今にも消えそうな声で、言った。その姿は、既に元の肌の色に戻っていた。


「無駄とは、どういうことだ?」

 アルは倒れたカルファを見下ろして訊ねる。

「すぐに、分かりますよ……」

 カルファはにっと笑い、次の瞬間、絶命した。


 アルは、カルファが言い残したことが気になったが、それよりも、今は城がどうなったのか心配だ。

 

「倒れた者たちを馬に運ぶ。すぐに城へ戻ろう、イーシェア」

 

イーシェアは、アルの言葉にええ、と頷いた。

しかし、胸の中にはびこる不安は、アルと同じく、拭えなかった。




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