179 高位魔族との戦い・メイクール国4


 カルファはアルの腕を掴むと、彼を引っ張り、自分の目の前の地面に投げ付けた。

 地面に転がったアルに、カルファは長い爪で攻撃しようとした――。


 アルは素早く身を翻し、十字剣を構えつつ、後ろに下がった。

 カルファはにいっと笑い、二度、三度、腕を振り回して攻撃する。アルは動きについて行くのがやっとで、攻撃できず、逃げることもできなかった。


 ガツッ!

 カルファの爪と、アルの十字剣が激しくぶつかり、火花を散らす。

 アルは十字剣をぐぐっと押され、膝を付く。

「くっ……!」


 やられる、と思い、アルは歯を食い縛ったが、

「王子!」

 という叫び声と共に、立ち上がって飛び出したのは、剣士アーサーだ。

 

「はあっ!」

 気合いを入れ、アーサーは力を込めて剣を振る。


 アーサーは、アルよりも腕力が強く、剣士としても優れている。だが魔物姿のカルファには、その力は通じない。


 カルファは大きな体でずんずんとアーサーに迫り、攻撃を続け、少しバランスを崩したアーサーの正面から、凶器の爪を、彼の体に思い切り食らわせた――。


「アーサー!」

 アルの目の前で、アーサーは、カルファの攻撃に飛ばされ、ドサッ、と、地面に倒れた。

 尋常でないほどの血が流れている。 


 アルはアーサーを見て、恐怖と怒りに体が震える。


「カルファ!!」


 アルは怒りに身を任せ、十字剣を投げ付ける。カルファはそれをあっさりと避けた。

 だがアルは十字剣が返って来るのを待たず、腰に差した剣を抜く。

 

「何だと?」

 カルファはその攻撃にたじろぐ。

 攻撃をしながら、アルはカルファが魔術を使わない理由を考えていた。


(あの姿では魔術は発動できない――、あるいは、魔術を使うには条件があるのかも知れない)


 ――だとすれば、今は攻撃のチャンスだ。


 間を置かずにアルは攻撃を続け、カルファを倒す隙を突こうとした。


 攻撃を続ける内に、アルには、怒りや恐怖という感情はほとんど失せていた。そう言った感情はなぜか消え、ただ目の前の敵を倒そうという、獣のような感情が芽生えていた。

 

 アルは自分でも気づいていなかったが、今までの戦いを経て、その実力は以前よりも増していた。

 怒りや恐怖がきっかけとなり、アルの中で、その力が今、芽吹いたのだ。


 アルは背後から飛んでくる十字剣を把握しつつ、剣を振る。

 カルファも無論、十字剣の動きは目の端に捕えている。だがアルのようにその武器の動きが分かる訳ではないので、戦いに集中ができず、動きが多少、鈍った。

 アルはその機を逃さず、更に攻撃を速め、渾身の力を込めた一刀を打った。


「ただの人間が、調子に乗るな!」

 カルファがアルの一刀を受けると同時に、カルファの足元を、十字剣が襲う。

 

 スパッ、と、カルファの魔物の大きな足が一本切れ、地面に転がった。


「な……!」

 カルファは痛みではなく、驚きで一瞬止まるが、更に攻撃を仕掛けに、アルはもう目の前に迫っていた――。


 カルファは素早く屈み、アルの攻撃を避け、その姿を人型に戻した。カルファは大怪我を負い息を荒くしていたが、まだ、その眼には戦う意思は失せてはいない。


「アルタイア……、よくも、やってくれたな! 今すぐ殺してやる!!」

 

 人型のカルファは叫ぶと、腕を前に突き出し、魔術を発動させる。

 

「〝黒煙の手ダークハンズ〟」

 アルはすぐに距離を取り、再び、十字剣を投げようとした。

 カルファは怒り顔のまま、

「〝闇の目ダークアイ〟」

 手の平をアルへと向ける。

 その魔術は、両目が闇に覆われ、精神を侵食する魔術だ。


 アルは咄嗟に目を瞑り、顔を背けた。

 もやっとした闇がアルの眼前を覆うが、目を閉じたアルには効果はないようだ。

 カルファはサーベルを手に、まだ目を閉じたままのアルに、切りつける――。

 

 アルがそっと瞳を開くと、そこに、サーベルの切っ先が見えた。

 駄目だ、とアルが思ったのと同時に、アルとサーベルとの間に見えない壁があり、その壁は、サーベルを弾いたのだ。


「何だと……!」 

 後一歩のところでアルを仕留めそこない、カルファは苛立って言った。


「良かった、間に合いました……!」

 

 戦いに集中し気付かなかったが、アルの数メートルほど背後に、いつの間にか、巫女イーシェアが立っていた。




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