178 高位魔族との戦い・メイクール国3


 ――もう一度だ。


 ロゼスは、再び、指輪の力を発動させようとした。

 

(幻を作り出すのは、石を光らせる時間を考えればあと一度が限界だ)


 ロゼスはシュナイゼが迫る中、石を光らせ、その光が指輪に移り、幻を作り出す。


 シュナイゼを拘束する鎖を思い描き、シュナイゼの目にはロゼスの作り出した幻が現れた。


 〝月光の指輪〟で作り出す幻は、脳に直接作用する。よって、意思が強い者であっても、それが幻だと理解するのには数秒を要する。

 自分を拘束する鎖に縛られ、シュナイゼの動きが止まった。

 いける、とロゼスは立ち上がり、槍を両手に持ち脇に固定し、シュナイゼの心臓部に槍を突き出す――。


 その時、シュナイゼは何の反応も見せなかった。

 ロゼスの槍は、シュナイゼの体を、深く、刺した。


「や、やった……」

 ロゼスは勝利を確信した。

 なぜなら槍は、確実にシュナイゼの心臓部に穴を開けたのだ。動かなくなったその姿は、カマキリのような姿ではなく、人型の姿になっていた。

 ロゼスはすっかり勝負はついたと思い、槍を持つ手がゆるむ。

 

「が……がはっ……」


 だが次の瞬間、ロゼスは吐血し、肩から血を滴らせ、その場に蹲った。動かなかったシュナイゼが突如動いたのだ。


 ロゼスが顔を上げると、シュナイゼは――、見たこともない黒髪で長髪の人間の男の姿となり、自分を見下ろしていた。

 その男は、ロゼスの腹部を蹴り上げた後、剣で肩を刺し貫いたのだ。


「残念だったな。確かに、通常の魔族ならば、さっきの一撃で倒せただろう。だが俺には、特別な力があるんだ」

「……な、んだと?」

 ロゼスの声は掠れていた。口の端からは、血が流れ落ちていく。

 

「俺が食らったウォーレッド国の歴代の王たち――、奴らの心臓も、俺は手にしたんだ」

 

ロゼスは痛みを堪え、精神力で意識を保っている。


 なおも、男――、シュナイゼは話を続ける。

「俺は食らった人間の姿を記憶し、変身することができる。中でも最も新しく食らった者三匹は、体だけではなく、心臓をも手にできるんだ」


 ロゼスは何とか立ち上がるが、肩を剣で刺され、血を多く流したために頭がくらくらとした。


「つまりこういうことだ。お前はあと二度、俺を殺さねばならない。石を持つ者よ、お前にそれができるか?」


 言いながら、じりじりとシュナイゼは迫って来る。

 

「く、そ……」

 ロゼスは槍を持つ手に力を込め、男を睨む。


(……多く血を流したが、勝算はある。こいつは魔術を使わない。まだあと二つ心臓があるだけで、ただの人間と変わらない)


 そう思った矢先、シュナイゼは剣を手にロゼスにかかって来た。

 シュナイゼの動きは素早く、力も強い。ほんの数度打ち合っただけで、怪我を負い、多く血を流したロゼスは地面に飛ばされた。


 シュナイゼは動きの鈍ったロゼスの体に、剣を刺そうとしたー。


 やられる、とロゼスが思った時、なぜか、シュナイゼ動きが止まった。

 シュナイゼはその場に止まり、腕を微かに震わせている。


(何が起きた?)


「くそ、なぜだ……体が、動かん――」

 

 シュナイゼは痺れる体を何とか動かそうとするが、今度は体全体を震わせ、今にも剣を取り落としそうになっていた。


(毒矢か!)


 ロゼスはその理由を悟った。

 イルマが放った矢に、魔物を殺すほどの大量の毒が塗られていた。

 高位魔族であるシュナイゼには効いていなかったが、今になって、イルマに穿たれた毒矢がシュナイゼの体を蝕み始めたのだ。


「惨めな最後だな。人間の作った毒がきっかけで死に至るとは。魔族を殺すほどの毒でも、高位魔族を殺せるかは定かではない。止めを刺す……!」

 ロゼスは、槍を構え、石を光らせる。

 もう後僅かとなった石の光は、消えかけている。


 ロゼスは、槍を脇に構え、シュナイゼの心臓部に突き刺した。

再び別の男の姿となり、息を吹き返したシュナイゼに、

「しつこい奴だ、これで、終わりだ!」

「馬鹿な……俺が、人間などに……!」


 ロゼスは倒れたシュナイゼの上から、再び槍を突き刺した。

 がはっ、と、シュナイゼは血を吐き、動かなくなった。


 その時、既に石は光を失っていた。

 シュナイゼの体は、もう別の者にはならず、その体はようやく命を手放したのだ。


(早く、王子の元に……)

 

 一体の高位魔族を倒し、ほっとしたのも束の間、ロゼスはすぐにもう一体と戦うアルの元へと向かおうとした。だが体が思うように動かない。

 数歩歩いたところで、ロゼスはその場に倒れ、気を失っていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る