177 高位魔族との戦い・メイクール国2

「逃げろ、イルマ!」


 ロゼスの叫び声が響いた。

 ロゼスは、その攻撃を何とか食い止めようと飛び出した。

 シュナイゼの全長は三メートルはあり、その巨躯で振り下ろされる腕の力は相当なものだろう。イルマはまだ、体勢も整えていない。打ちどころが悪ければ、即死するかも知れない。

 

 ロゼスは石を光らせ、スピードを上げるが、距離が離れていたので、間に合わない――。


「う……ああっ!」

 

 イルマは、防御はしたものの、シュナイゼの巨漢から繰り出される腕を腹に受け、十数メートルは吹き飛んだ。吹き飛ぶと同時に、彼女は口から血を吐いた。

 

「イルマ!!」

 

 ロゼスは駆け出し、部下であるイルマを介助しようとしたが、シュナイゼはそれを許さなかった。

 次の攻撃を仕掛けてきたので、ロゼスは、シュナイゼの腕を、槍で受け止める他なかった。

 

 石を光らせ、何とか堪えるが、あまり持ちこたえられそうにない。試練を受けていないロゼスは、石の力を使う時間制限がある。


 攻撃を受け止めつつ、イルマを横目に見るロゼス。

 彼女は僅かに体を動かしたので、生きている、と知り、少しほっとした。しかしイルマはもう戦えないし、手当もしなければならない。


 ――早く、王子に加勢しなければ。


 だが、目の前の高位魔族を倒さなければ、助けにも行けない。


(倒せるだろうか、石を受け継いだばかりの俺に……。いや、メイリンは、試練も受けず、ほとんど一人で高位魔族と戦い、勝ったんだ。俺だってできる!)


 ロゼスはくるっと槍を回転させ、上段の構えを取る。

 巨漢の敵に向かって行く。


 ロゼスは槍を思い切り突き出すが、その攻撃を読んでいたのか、シュナイゼはさっと避けた。


 ロゼスは息を切らし始めていた。


(まずいな。スピードが落ち始めた)


 石の力は、もう後数分と経たずに使えなくなるだろう。


 シュナイゼは前回戦った時、魔術を使ってはいなかった。はっきりと分かってはいないが、シュナイゼの能力は、何らかの方法でその者の体を乗っ取ることと、魔物のような姿への変身により、身体能力を上げること。今のところは、それだけだ。

 

 一気に攻め込みたいが、決定打に欠ける。


(……あれをやるか)


 ロゼスは、神具の、まだ試す程度にしかやったことのない力を発動しようとした――。


 それは、ロミオから聞いた、〝月光の指輪〟の三つ目の能力だ。


 敵に幻を見せ、欺く。

 見せたい幻を頭に思い描くことで、それを敵の目に映すことが出来るが、口でいうほど簡単ではない。

 姿形、色合い、手触りを巧妙に想像しなければ、敵を欺くことはできないし、戦いながら、想像に集中するのだ。

 正直、この力のことを聞いても、ロゼスは、自分にはできないだろうと思っていた。

 しかし、ロゼスは空いた時間に訓練をし、何とか、形にすることは可能となっていた。


 今のロゼスは、三秒もあれば、簡単な幻なら作り出せる。ロゼスは少し後ろに下がり、槍を背に納めた。


「何の真似だ?」


 シュナイゼが訝るが、ロゼスは構わず、じっとその眼をシュナイゼに注ぐ。

 目を見て、力を使う相手を特定する。

 後ろに下がったのは、後数秒だけ、時が必要だったからだ。


 シュナイゼの目の前に、不意に、炎が現れた。

 小さく灯った炎は、あっという間に、ごうごうと勢い良く、シュナイゼの体を燃やし始める。


「何だ、これは――」

 

 火種などなかった、とシュナイゼは思う。

 だが確かに、熱を感じ、息苦しさを感じ、痛みを伴う。

 シュナイゼは虫のような姿で、うう……、と唸る。 

 

「熱い……! だがな……」

 シュナイゼは、顔を手で覆い、にやっとし、炎の向こうにいる、ロゼスを見ていた。

  

 ロゼスはシュナイゼと目が合い、ぎくりとした。

 もしシュナイゼが幻に捕らわれていれば、炎の向こうにいるロゼスのことなど見える筈がないのだ。


 シュナイゼはくっくと笑い、自らの体に爪を立て、傷を付ける。


(しまった……!)


 それは指輪の能力を解く方法で、自らの手で、自ら血を流すと、幻は消え失せる。


「ふん、残念だったな。俺は神具の指輪の力を知っている。指輪はな、ウォーレッド国で保管されていたんだ」

 言って、シュナイゼは、馬鹿にしたように笑った。


 ロゼスは本当は舌打ちしたかったが、今は、この魔族を倒すことに集中しなければ――。


「石を持つ者よ、邪魔だ。どけ――」

 シュナイゼは、ロゼスに迫っていた。

 


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