175 高位魔族との戦い・ムーンシー国4


「な……何だと……? 私の術を破った……?」

 ミザリーの両の目は驚きに見開かれ、声は掠れていた。


 ミザリーの前には、毒炎の風が消え、黒煙を纏った少年が現れた。

 大部分の体を焼いた筈だが、ジルの体は、火傷を負い重傷だが、動けないほどではないようだ。

 

「あの黒煙は、闇の魔術か……? 闇の魔術を発動させて、私の術を打ち消した……?」

 

 ミザリーは無意識に独りちている。

 有り得ない、と彼女は思った。

 

「まさか、そんな……。生まれてたかだか十数年の子供が、闇の魔術が扱える筈がない! それに、あの子は半分、人の血を宿している……」


 そう言い、ミザリーははっとした。

 半分人間の血ならば、通常の魔族よりも格下だが、人の血を宿しているからこそ、特異な体質になる可能性もある。


(命が消える寸前になり、覚醒したのか? 稀だが、有り得なくはない)

 

 ミザリーは、この子は一刻も早く始末しなければ、と思った。

 ミザリーは杖を前に出し、

「〝揺動火球ジェイクボール〟」

 再び呪文を唱えた。

 手の平ほどの大きさの丸い玉が浮かび、ジルに投げつける。続け様に、ミザリーは幾つもの火球を作り出す。


 ジルは始めに放たれた火球は避けたが、幾つもの火球が追いかけて来ると、避けることを止め、片手を前に突き出す。


「〝闇の刃ダークブレイド〟」

 ジルは何もない空間から小振りな剣を取り出し、火球を避けながら素早く攻撃に移る。

 ジルは両手で剣を持ち、高く飛び、剣を振り下ろす――。


 ガキッ!

 ミザリーが火球の攻撃を止めて、慌てて杖を翳し、不気味な盾を作り出し、ジルの一刀を防いだ。

 ミザリーは一旦上に逃れる。


「生意気な子だ。格の違いを見せてやろう!〝深紅の炎クリムゾンファイア爆破ブラスト〟!!」

 ミザリーが放った巨大な炎はゴウウウウウ……と周囲に黒煙を巻き上げながら真っすぐ、ジルへと向かっていく。


「子供、この魔術は消すことはできない、消えよ!」 

 

 ジルはミザリーが放った魔術を冷静に眺め、きゅっと唇を結び、その傍にいたネオはがくがくと膝を震わせていた。


 ――あれは触れれば大爆発を起こす。

 流石に、もう助からない。


「ジル、逃げましょう!」

 ネオは言ったが、

「大丈夫だ、何とかする。だけど、オレだけじゃ、あいつに致命傷は与えられない。だからネオ……」

 と言い、ジルはネオに耳打ちする。


 そのすぐ後、

 ドン! ドーン!……ガラガラ……ドゴッ!!


 爆発音や、地面が割れる音が周囲に響く。

 黒煙や爆風で周囲が見えない。

 ミザリーは勝利を確信し、薄く笑っている。だが黒煙が晴れてくると、その顔は凍り付く。

 

 ジルはミザリーが作り出したような盾を作り出し、その盾はネオが支え、炎とその爆発を防いでいた。

 ジルはというと、ミザリーの背後に回り、今度は弓矢を作り、それをミザリーに向けて撃つ。

 

 幾つもの矢を、ジルは上空のミザリーに向かって放った。

「くっ……!」

 ミザリーは、ジルが放った一つの矢に足を穿たれ、上空から落ちて行く。


「今だ、ネオ!」

「分かっていますよ!」


 ジルに応えたネオは、素早く剣を構える。

 盾の影に隠れつつ、じっとミザリーの様子を窺い、攻撃のタイミングを計っていた。


 ミザリーが撃たれた矢は、既に消えていた。

 ジルの魔力が限界を迎えたのだ。

 初めて魔力を使い、ジルは加減が分からず、消耗し、魔力を切ってしまった。

 地上に落ちたミザリーの横から、ネオの最速の剣が襲い掛かる。


「剣舞、疾風!!」

 ネオは最速の足運びで飛び出すと、腕を開きながら剣を振った。

 避ける間もなく、ミザリーはネオの剣に切られた――。


「そ、そんな――」

 ネオの剣を避けられなかったが、それでも強い生命力を持つミザリーは、肩から腰まで大きく損傷したが、意識は保っていた。

 ミザリーはよろよろと宙に浮かび上がる。


(上手く飛べない……。そうだ、ドラゴンをこっちに呼ぶ……)


 ミザリーは周囲を見回す。

 ドラゴンは、離れた地上に倒れ、ぴくりとも動かない。


「ドラゴンがやられた、だと……?」

 ミザリーは蒼褪めた。

 バランスを崩し、地上に落ちそうなミザリーに、ジルは、近付く。


「終わりだ、ミザリー」

 ジルは少し哀れむように言った。

 その時、ジルの漆黒の瞳が鈍く光っていた。

 

 ジルは爪を伸ばし、その爪で重症を負ったミザリーを突き刺した。

 倒れたミザリーをジルは悲しそうに見つめ、ごめん、と、一言だけ発した。


 ネオはゆっくりとジルに近づき、ジルの肩をぽんと叩く。


「ジル、あなたのお陰で助かりました。ロミオを探しましょう」


 ネオを見たジルは、その言葉に頷いた。

 



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