172 高位魔族との戦い・ムーンシー国1


 今しがた現れたばかりのドラゴンは、上空で羽ばたき、低音の唸り声を上げ続けていた。

 赤い瞳で、開けた湖畔と、その周囲を取り囲む森をぎょろりと睨み、不意に口を開いたかと思えば、その口内から、赤い光が瞬く。

 

 ゴオオオオオ……!

 ドラゴンの口からは、火炎放射のように勢い良く、赤い炎が飛び出した。


「ほ、炎……!」

 ネオは、ドラゴンのいる上空から数十メートルは離れた地上から恐怖の声をもらす。


 周囲の木々を焼き、それらは僅か数秒の内に燃えかすとなり、見晴らしが良くなったためか、銀色のドラゴンは満足そうに笑っているようにも見えた。


「ふふ、驚いたか? 面白い生き物だろう。魔世界でも珍しい種族でね。通常の魔族ではとても対応できない」


 ミザリーは自分が召喚したドラゴンを眺め、近くまでふわりと飛び、ドラゴンの腹をとんとんと軽く叩いた。まるで、自分のペットを可愛がるような仕草だ。


「……ロミオ、どうやってあれを倒しますか?」

「ドラゴンは僕が相手をしよう。あいつの方が、空での動きは速そうだからね。ネオは、ジルと一緒に、魔族の方を頼む」

 ネオは、わかりました、と言い、ジルは、空に浮かぶドラゴンをじっと眺めていたが、振り返って頷いた。


「まずは引き離さないとな」

 

 ロミオは独り言ち、神風の杖を掲げる。するとロミオの周囲に風が巻き起こり、その体を上空へと運んだ。


 あまり近すぎても危険だ。ドラゴンから多少の距離を保った状態で、ロミオは、

「風の刃」

 上空に浮かんだまま、杖を突き出して言った。

杖から鋭い刃のような風が生み出され、それは真っ直ぐ、ドラゴンの若干脆そうな部分――、首元へと飛んでいく。

 

 ドラゴンは空をうねり、難なく、ロミオが生み出した風の刃を避ける。

 

「そんなにわか仕込みの攻撃では、これには傷一つ付けられない」

 ミザリーはふふ、とまた薄い笑みを刻んで、ふわりと空中を移動し、地上へと降り立った。


「気に入らないが、お前たちの望む通りに動いてやろう」

 ミザリーは言い、ドラゴンの様子を窺っていたネオと近くにいたジルの傍へと来ていた。


 彼女は杖を真横に伸ばすと、

「〝深紅の炎クリムゾンファイア〟」

 と呪文を唱える。杖から真っ赤な炎が舞い、それは一か所に集まって大きく育ち、ジルを目掛けていく!


 ジルは目をみはり、咄嗟に後ろに飛びのき、追いかけてくる赤い炎から素早く体を動かし、避ける。

 

 普通の炎とは違い、一メートルほど離れていたのに、ジルは体が焼けるようだと思った。


「〝揺動火球ジェイクボール〟」

 避けているジルの背後から、ミザリーは別の呪文を唱えた。


 ミザリーの手の平には、手の平と同じほどの大きさの、丸い玉が浮かんだ。

 ミザリーはその玉が浮かんだ手を前に振り、玉をジル目掛けて打った!

 背後に殺気を感じ、ジルは咄嗟にその丸い赤い玉を避けようとするが、玉はジルが避けるよりもずっと素早く飛び、少年ジルの肩に触れた。

 

 ジュワッ!

 と、ジルの服と肩が焼ける臭いがした。


「ううっ……」

 ジルはその熱と痛みに呻いた。何とか炎を消そうと動き回ったり、体を地面に擦ったりするが、炎は一向に消えない。

ジルは炎の熱と痛みを堪えるように地面に突っ伏した。


「ジル!!」

 ロミオとネオが、同時に叫ぶ。しかしロミオはドラゴンの相手をしていて、手を貸すことはできない。


(この火は普通の火とは違うんだ。だから、簡単には消えない……!)


 ジルは痛みの中で思った。

 ジルは、まだ炎に炙られていたが、頭の一部では冷静に、その火を消すことを考えていた。


 ――変身、するんだ。それで火を消せるかもしれない。


 ジルは訓練し、今は、この体から、狼のような獣の姿に自由に変化することが可能だった。あの獣の姿になれば、少年の体よりも身体能力が上がることも分かっていた。

 地面に突っ伏したジルに、ミザリーは止めとばかりに、更に、火球を投げつける。


 そこへ、ネオが剣を手に飛び出し、石を光らせた。ネオは間を開けず、剣でミザリーが作り出した火球を切った。しかし切った箇所から炎は飛び出し、ネオ

の周囲に炎が散った。


「う……オオオオオオン!」

 

 狼の遠吠えのようなジルの声が響き渡り、ジルの瞳が光った。

ジルの姿はむくむくと一回り大きくなり、あの鈍色の毛を持つ、狼のような姿へと変化していた。


 ジルは冷静だった。

 以前は変身すると記憶が飛んだり、考えることができなかったが、今は冷静に対処することが可能だった。


「ウォオン!」

 ジルは天を仰ぎ、一声鳴き、体をブルッと震わすと、ジルの力に飲まれるように、炎が消えた。


 炎に周囲を囲まれ、翻弄されているネオの元までジルが行き、前足で炎を蹴るー、すると、炎はまたも、立ち消えた。


「なかなか面白い。ではこれはどうだ? 〝風の障壁ウインドベーリア〟」

 ビュオオオ、と、ミザリーの掲げた杖の周辺から凄まじい風が沸き起こり、それは渦を巻き、大きな壁となってジルの元へと向かう。


 それを見ていたネオは、ミザリーは様々なタイプの魔術が使えるのか、とその顔は驚きと恐怖に引き攣った。が、頭上から地上へ降りて来たその魔術に、ネオは石を光らせ、収めた剣の柄を握り、呼吸を整える。


「剣舞、〝全霊〟」

 ネオは足で激しく地面を打ち付け、障壁に向かい、剣を持つ腕を後方へやり、風の障壁にぶつかる直前、切りつけた――。

 



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