173 高位魔族との戦い・ムーンシー国2
〝全霊〟は、ネオの技の中で、最も攻撃力が高い技だ。全身全霊を懸け、力の限り、対象物――、風の障壁に、技を当てた。
インパクトの瞬間、ばちばち、と火花が散った。
剣が障壁に切れ目を入れる――、ネオは吹き飛びそうになるが、踏ん張った。しかし、剣はそれ以上奥に進まず、弾かれて吹き飛んだ。
ドンッ!!
ネオは弾かれながら受け身の体勢を取るが、完全には間に合わずに、背中を地面に打った。
「ウウ……ガウウウウウ!!」
獣姿のジルは歯を剥き出し、ネオが途中まで切っていた〝風の障壁〟に向かって行く。障壁の奥には、ミザリーが余裕の表情を見せていた。
「ウウアウウウ!!」
ジルは勢い良く障壁に突っ込み、口を大きく開くと、何と、途中まで切れていた〝風の障壁〟を、噛み切ったのだ。
バシュウウ……
風の障壁が、消滅する。
そのままジルはスタッ、と地面に着地する。
狼のようなジルはギロッとミザリーを睨み、前足で数度地面を打ち付けていると、地面に埃が舞った。
その埃を
「これは、見事なものだ」
ミザリーは感心したように言った。
「闇色の瞳の魔族の子、お前があと数年長く生きていれば、死なずに済んだかも知れないな—―」
彼女は柔らかく言って地上に降り、杖を持つ腕を前に伸ばした。
ジルの胸が騒めく。
それはジルの野生の勘ともいうべき予感だ。
獣の体のジルは、その姿で、小さく震える。
「
そう言ったミザリーの杖の周辺で炎の風が生まれ、始め小さかったその風は、徐々に大きく膨れ上がっていく。
ミザリーとジルは五メートルほど距離があったが、炎の熱が凄まじく、その距離ですら、ジルは体が熱く、汗が噴き出す。
「この風は、炎を纏ったただの風ではない。例え魔族と言えども、僅か数秒で死に至る、強力な毒を含んだ死の風だ」
(どうすれば……?)
炎の熱がこれほど熱いのに、ジルの獣の背中を、寒気が通り過ぎる。
ジルは背中の方にいる、剣を構えたネオを瞳に一瞬映したが、ネオもまた、同じように、恐怖という寒気に襲われていた。
ロミオは、ドラゴンに翻弄されていた。
銀のドラゴンは空を飛び回り、ロミオの背後に回ったり火を吹いたりするが、ロミオは風を操り、何とかその攻撃を避け続けている。
だがドラゴンはまるで遊んでいるようで、スピードは徐々に上がっている。
(くっ……素早いな! これじゃ、風の術を発動しても当たらない)
ロミオは一度杖を腰に戻し、フォルスターから銃を取り出した。
ドラゴンが再び火を吹き、ロミオはそれを左に避け、避けながら、銃をドラゴンの首元に向けて撃った。
銃での攻撃が慣れているので、杖よりも早く対応で
きるためだ。
ズガッ!
玉は確かに、ドラゴンの首元に当たったが、何と弾かれた。
「この玉はブラッククリスタル製だぞ。有り得ない……!」
この世の最も硬い鉱物でできたブラッククリスタルで傷を付けられない皮膚など、もう何をしても無駄だという事実を意味している。
ロミオは突如突き付けられた事実に、絶望が降って湧く。当然ながら集中力が途切れ、神具の風の力が消え、ロミオはバランスを崩しそうになり、慌てて地上へと着地した。
その後を追い、ドラゴンが地上に降りたロミオの真上に来て、体を潰そうとする――。
「……!」
ロミオは急いで杖を掲げると、びゅうびゅうと杖から上昇する風が起こり、その風は渦を巻いて、ドラゴンへとぶつかった。
ドラゴンはその竜巻に煽られ身動きが取れなくなり、ぐるぐると回りながら吹き飛んだ。
(近かったから、あいつは避けられなかったのか)
だが当然、吹き飛ばすだけではドラゴンには勝てない。ロミオはドラゴンがバランスを崩したその機を逃さず、すぐに後を追い、自らも再び飛ぶ――。
竜巻は徐々に止みかけているが、まだ自分で飛べずにいるドラゴンの前に来ると、ロミオは、
「ダイヤモンドダスト」
呪文のように口を開き、神具の別の力を発動させた。
今度は杖から、冷たい風が吹いてくる。始めは静かに、しかしすぐに、それは激しい風となり、ロミオと、ドラゴンの周囲に吹き荒れる。
――ダイヤモンドダスト、それは全てを凍り付かせる風を作り出し、標的を凍らせる力だ。
ドラゴンの体は、凍った風に触れ、冷え、固まりかけた――。しかしドラゴンは崩れた体勢から首を持ち上げ、ロミオの方へ顔を向けると、ぐるる、と唸り、怒りを表わし、火を吹いた。
その炎は凍りかけたドラゴンの周囲の空気を溶かし、ドラゴンの体も、炎を吹いたことにより、温まったようだ。
ロミオはドラゴンの至近距離にいたため、急いで銃を構え、一発、夢中で撃った。
ドウン!!
銃弾の乾いた音が響く。
どこへ撃ったのか、狙いが定まらなかった。
距離が近いため、すぐに攻撃しなければドラゴンの炎にやられる、とロミオは咄嗟に判断した。
例えドラゴンの体に傷を付けられなくても、銃の衝撃はある筈だ。
外した、と思った。
しかし銃弾はドラゴンの顔を掠め、空へと飛んだ。ドラゴンの顔から微かに緑色の血が流れ落ちる。
グルルル、とドラゴンが怒った鳴き声を出す。
(血が流れた――、銃弾が傷をつけた!)
ドラゴンの皮膚は確かに硬いが、全ての部分が同じ強度を保っている訳ではないのか、とロミオは悟った。
ほんの二、三秒、ロミオが考えている間に、ドラゴンは素早く飛んでロミオの傍に寄り、ごうごうと、火を吹く。
ドラゴンの速さに対応するため、ロミオは石を光らせて逃げる。何度も火を吹き、ロミオが空で避けてもすぐに追ってきて、ドラゴンは火を浴びせようとした。
ロミオは徐々に体力を削がれ、逃げ疲れ、ドラゴンの炎を左半身に浴びてしまった。
「ぐっ……うあああ!」
焼けつく痛みと熱がロミオを襲う。
ロミオは炎に巻かれ、空中から、地面へと落ちていった――。
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