171 アルとロゼス


 元々、メイクール国王家には十字剣は二つあった。

 一つをアルは旅に持ち出していたが、もう一つは、城の宝物庫に保管されていた。

 アルが旅に持って行った十字剣は、幼い頃、ネイトの命を奪った物とは別物だった。

 そして今、カイルがアルに手渡そうとしている十字剣こそが、ネイトの命を一瞬で奪った剣だ。カイルはそれを、アルの前に差し出す。


「王子が、もし、この争いの前に私の前に現れ、戦う決意をされていたら、これを渡そうと思っていました。王子、これをお使いください」


「――カイル」


「人質となった時、武器を取られていると思いました。これは、高位魔族と戦うのに、役立つでしょう」

 アルは、震える腕で十字剣をカイルから受け取る。


 カイルがどのような思いで、この剣を馬に括ったのか考え、アルはカイルに対して、更に懺悔の思いが溢れた。


「カイル、その、ネイトのことは……」


 自分の息子の命を奪ったその武器を、息子を殺した人間に手渡したカイルに、アルは、懺悔の思いを口にしようとした。


「……王子、くれぐれも、お気をつけて。無事を願っています」

 カイルはアルの言うことを遮り、何となく悲し気に、口の端を持ち上げた。


「ああ。カイルも、死なないでくれ」


 アルは、戸惑いと、申し訳なさに揺れる心のままに言った。


 

 カイルは深く礼をし、部隊に向き直り、再び指示を出す。

 ロゼスは精鋭の兵を呼ぶため、一旦、その場から離れることになった。


 アルは先に、採掘場へと馬を走らせる。

 馬を走らせながら、アルは、自分の命は、ここで終わるかも知れないと思った。


 高位魔族という、得体の知れない生き物と戦う恐怖なのか。それとも、予感なの か。

 死に急ぐ訳ではないし、何としても、高位魔族だけは倒さねばならないと誓っているが、アルは、胸の内では覚悟を決めていた。


(……死ぬかも知れないのに、カイルに言えなかった)

 

 ――本当はカイルに謝りたかった。

 ネイトを殺してしまったことを、心から詫び、それを言葉にしたかった。

 


 アルは馬を走らせ、王都を抜け、そこから遠くない山道に辿り着く。幾つか小さめの山が並び、その下は崖となっている。

 崖下には石を掘る器具や、土や石を運ぶタイヤ付きのキャリーが転がり、土や石を集め、盛り上がった箇所が幾つか地面にあった。


 人はおらず、しんと静まっていた。

 アルの心も不思議と鎮まっていた。


 それから二十分と経たず、二名の兵を連れたロゼスが馬に乗って現れ、アルに礼をする。

 一人は弓を肩にかけた、肩までのウェーブ髪の女性兵士と、もう一人は、口髭を少し生やした、剣士の男だ。

 ロゼスの他に、兵士は二名だけだったが、アルは内心、ほっとしていた。

 二人とも腕が立つだろうが、正直、高位魔族には敵わないだろうと思っていた。


 兵が馬を降りたと同時に、遠くの方で、叫び声や、何かが爆発したような大きな音、剣と剣がぶつかる音、等が耳に届いたー。悲鳴や、怒号も響いてくる。


 アルたちはそちらの方を向く。

 その方角は、ついさっきまで彼らがいた場所――、城と、王都があるメイクール国の中心地だ。

 ついにウォーレッド国の軍勢が攻めて来たのだ。


「始まったのか、戦いが……」

 口髭の剣士が、呟いた。


 次の瞬間には、ひゅん、と音がし、上空から、カルファとシュナイゼ、ウォーレッド国の二体の魔族が、彼らの目の前に降り立った。

 

 二体の魔族は、人型ではあったが、魔術の一種なのだろうか、背に黒い翼が生えていた。

 

 二人の兵士――、剣士はアーサー、弓使いはイルマと言った。

 彼らは翼の生えた人間に見えるものたちに、狼狽した。しかし、魔族との戦いになると聞いていた二人は、すぐに平生を取り戻し、素早く武器を構えた。

 

「また会えましたね、アルタイア様」


 カルファは相変わらず、人の警戒心を解く、柔らかな物腰と口調で言った。


「カルファ……」

「アルタイア様、私はあなたを買っているのですよ。なぜこんなところにいるのですか? 無駄だと分かっているでしょう。諦めて投降したらどうですか? あなたの命だけは、助けてあげてもいいですよ」


「命を助ける、だと?……では他の者たちはどうなる? 民たちも殺さないと約束できるのか?」

 

 ふははは、と、カルファは声を上げて笑った。


「助ける筈がないでしょう!? この地上は我が魔王様の棲み処となるのです。人間がうじゃうじゃ住んでいるのは目障りだ。せいぜい、食料として、半数程度は保管しておきますけれどね。あなたとて、同じです。今私が助けたとしても、結局は死ぬのです。魔世界からやってくる多くの魔のものたちの手にかかって、ね。それに魔王ビクスバイト様は、邪魔なものは容赦なく排除しますよ」

 カルファは掌を上向け、誇らしく言った。


「ふん、カルファめ……。この地上に君臨するのは、アウイナイト様だがな。―ところで、あの炎の使い手の男はいないのか?」

 隣に降りたシュナイゼが、言って長いマントを脱ぎ棄てた。


 シュナイゼは青い瞳をきょろきょろと周囲に走らせている。どうやら、ツバキを探しているようだ。


「ここには私たちだけだ! 魔族ども、覚悟しろ!」

 

 イルマは威勢良く言い、弓矢を引いた。

 彼女の放った矢は、シュナイゼの眉間に飛んだが、シュナイゼは何とそれを手で掴み、イルマの方に投げつけた。そんな反撃に遭うとは思ってもみなかった彼女は、反応が遅れ、自らの矢が迫ってくる――、と、ロゼスがイルマを庇って前に出て、盾を構え、矢を防ぐ。

 

「す、すみません、ラジャエル隊長……」

「奴らは高位魔族だ、普通の魔族だと思うな! 隙を見せれば殺される」

「は、はい」

 ロゼスは厳しい顔つきでイルマを叱咤する。その間、カルファは再び翼で飛んでいた。


 アルは横目にそれを見たが、二体の魔族を再び注視する。アルが魔族を見ながら、攻撃態勢に入る。


「王子、待ってください! カルファという魔族は闇の魔術を扱います。近寄るのは危険です」


 ロゼスは、アルが、再び腰に携えた剣に手を伸ばしたと思い、叫んだが、アルは背中の十字剣を手に取った。

「――ああ、知っている。経験済みだ」

 アルは、まだ残る、カルファに絞められた首の痣に左手で少し触れた。



「大丈夫だ。この十字剣ならば、近寄らずに攻撃ができる」

 アルは冷静に十字剣を一度前方に構え、その後、腕を後ろに回して、その武器を投げた。


 ガガガッ!

 十字剣は地面の土を一メートルほど削り、その後はぐんぐんと上空を駆け上がって前に進み、カルファの背中に回って、彼の背の翼を切り落とした。

 更に背中を傷付けようとする十字剣を振り切り、カルファは翼を一つがれ、バランスを崩して、上空から地面へと降りた。


「おのれ……」

 カルファは、ギッとアルを睨み、もう片方の黒い翼を引き千切って捨てた。

 手元に戻ってきた十字剣を、アルは、その剣を見ずに、魔族カルファに焦点をあて、右手で掴み取った。





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