168 クルミとダンとツバキ
――南西大陸、ウォーレッド第二帝国の、〝消えた街〟にて。
〝消えた街〟とは、ファントン国時代、ウォーレッド国との戦乱の最中、そこかしこで火事が起こり、街が、炎と、ウォーレッド国の軍の攻撃により、崩壊した。
第二帝国の幾つかの街は、そう呼ばれていた。
そこには既に人はなく、動物も暮らせず、崩壊した家々や、焼けた牧場や畑があるだけだった。
クルミとダンは、その一つ、〝消えた街〟に降り立った。
着地すると、クルミはすぐにダンから離れ、周囲を警戒する。
ダンがぎゅっと抱き締めていたので、クルミは変に意識して、何だか気まずい。
「クルミ、あっちに誰かいるぞ」
人気はないが、ダンは、少し離れた場所に、二つの影があるのを目にした。
クルミは頷く。
その二つの影も、すぐにクルミたちに気付き、駆け出すと、あっという間に二人の傍へと来た。
ダンとクルミは武器を手にし、二つの影―、恐らくは、魔のものたちを警戒する。
現れたのは、長いストレートの黒髪に、漆黒の瞳を持つ女と、もう一人は、やはり普通の男に見える、黒髪をオールバックにした男だった。
「あんた、もしかして、サラって魔族?」
クルミが黒髪の女に訊ねる。
サラは自分の腕を両腕で摩り、僅かに首を傾けた。
「……ええ、そう。あなた、クルミね。ネオっていう石を持つ男は一緒じゃないの?」
「ここには来ていないし、来る予定もないよ」
サラの狙いがやはりネオだと知り、クルミは警戒しながら答える。
「それは残念ね。――じゃあ、ジュニアス、予定通りに準備をして。きっと彼らの仲間のネオも、魔素の濃い場所にもう着いている筈。それなら石を持つ者の感覚は探り易いでしょう?」
サラは、少し後ろの方にいた、オールバックの男に言った。
「――ああ、問題ない」
ジュニアスは端的に言い、クルミとダンを一瞥する。
「こいつらはどうするんだ、サラ。邪魔されないように、先に始末するか?」
ジュニアスが言うと、ダンは目つきを鋭くし、愛用の鎖鎌を背中に抱え、クルミの前に立った。
「そうね、可哀そうだけど、殺すしかないわ。途中で邪魔されたら、全てが台無しだもの」
言ってサラは、神具、〝開放の剣〟ではなく、何も武器を持たず、二人を見た。
サラは右腕を前に伸ばし、五本の指から伸びた爪は一つに纏まり、鋭く太くなった。彼女の五本爪はあっという間に、長剣のような刃へと変化した。
「こっちは私が何とかするわ。ジュニアスは、計画通りに」
ジュニアスは、返事はせずに、頷いた。
「ねえ、ツバキの知り合いなんでしょ? あいつが探してるよ。あたしが言うのも何だけど、こんなこと止めれば? 神具を使えば、魔族のあんたは死ぬんでしょ?」
クルミは自らも武器を手にし、無駄だとは思いつつも、サラに助言する。
ツバキはまだ来ていないので、時間稼ぎをしようとした――、というのが本音だが。
「……ツバキ、ね。どうせあの子には私は止められない」
「あいつは強いよ。高位魔族だからって、舐めてかからない方がいいよ」
「そうじゃないわ。ツバキは、私を殺せないから――」
サラは、くすっと笑みを零して言った。
その顔は優しく美しく、けれど、悲しそうでもあった。
サラは爪の剣をビュッと一度横に振り、二人を見据える。
クルミはドキッとした。
サラは臨戦態勢に入った。
人を救ったと聞いているサラと戦うのは正直気が進まないが、仕方がない。
「覚悟はいい?」
「覚悟なら、とっくにできてる」
クルミが答えたその一瞬後、サラは地面を蹴り上げ飛び上がり、剣を振った。
クルミは咄嗟に後ろに引き、背中の方から地面に手を付く。しかしサラはその動きを読んでいたのか、また剣を至近距離から振ってくる。
(やっぱり高位魔族は早い)
サラの攻撃は試練を終えてスピードが増したクルミが捕えられる、ギリギリの速さだ。
(くっ……避け切れない!)
ダンが横から鎖鎌の鎌をサラに向かって投げつけた。
それを気配で察したサラは冷静に鎌を避け、クルミへの攻撃は一度止めた。
「ダン、助かったよ」
「ああ。けどもうツバキを待つ余裕はねえぞ。油断したらやられる!」
「――分かってる」
クルミは頷いた。
サラはすぐに態勢を整え、二人を見た。
「いいわよ、二人で攻撃してきて。その方がこっちも遠慮せずに戦えるもの」
サラが長い黒髪をかき上げたその時、炎の灯りが三人のすぐ近くで揺れていた。
〝揺らめく炎〟に包まれたツバキがいつの間にか数メートル上空にいて、彼は炎を消すと、サラの目の前に降り立った。
「ツバキ、良かった、早かったんだ!」
クルミが言ったが、ツバキは反応しなかった。
ツバキの緋色の眼は、じっとサラに注がれていた。
彼の眼はいつものように鋭くはなく、悲し気で、どこか傷付いたような感情が窺えた。
「サラ……、やっと会えたな」
「やはり、ここへ来たのね、ツバキ」
サラの瞳は包み込むように優しく、母親のような口調で言った。
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